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執筆者の写真makcolli

松方弘樹よ!永遠なれ!

〝男の突撃列車・松方弘樹〟の死が全世界に波紋を投げ掛けてから、しばらく経つ。

松方さんに対する思いは、人一倍ある。

だが何故か、その思いの丈をいつものように、文章としてぶつけようという気にはならなかった。

単純に疲れていたのか。それともあまりにも書きたいことがありすぎて、どこから手をつけていいのか分からなかったのか、自分でもどうしてなのか理解できなかったが、いたずらに時間だけが流れていった。

だがである。

それがあの世という場所なのか、冥界なのか、それとも地獄なのか知らないが、号砲のような声が聞こえてきた。

「書けーっ!書けーっ!がげーっ!かへーっ!」

その号砲は頭の中で号令に変わり、とにかく何でもいいから、松方さんに関することを書いてみよう、いや、書かなければ治りがつかなくなってきた。

松方さんは離婚歴がある。

その離婚直後、どこのホテルの宴会場なのか知らないが、「松方弘樹君を励ます会」なるものが盛大にぶち上げられたことは、事実なのである。

そこには東映三角マークの猛者たちが、こぞったことは間違いないし、離婚に際してご祝儀が用意されたのも間違いない。

そんな松方さんも最初から〝男の突撃列車〟であった訳ではない。

松方さんの父親は近衛十四郎であるが、父と同じ俳優は目指さず、当初は歌手志望であり、が故に作曲家上原げんとの門を叩いたが、後から入ってきたのが五木ひろしで、松方さんいわく、歌がうますぎて「いやな奴が入ってきたなあー」という訳で、歌手を諦め俳優を目指すも、単に近衛十四郎の息子であるというだけで、芽が出るはずもなく、一時期は大映にレンタル移籍という形で放り出され、似合うはずもないのに、死んだ市川雷蔵の代わりに「眠り狂四郎」なんかやっていた日々が続いた。

そんな中でもアーリー松方ワークスとして注目すべきは、中島貞夫監督による『893愚連隊』への出演か。

とにかく自分の中でも書きたいことが多すぎるので、思いついたことを未整理のまま書いてゆくが、この頃まだ初々しさを残していた松方さんも、『野生の証明』に出演して、ヘリから機関銃をぶっ放すシーンでは、ヘリが急降下したことからGに耐え切れず失神し、ションベンを垂れ流したそうである。

その時、監督はモニターを見ながら、

「はい。弘樹ちゃん、そこで撃って。弘樹?弘樹撃てーっ!」

と叫んだそうである。

だが、なんといっても松方さんに転機が訪れたのは、「仁義なき戦い」への出演だろう。

一作目での坂井鉄也としての出演は出色のものがある。なんといっても自らの組長である山守義雄(金子信雄)に向かって、

「神輿が勝手に歩けるいうなら歩いてみないや!おう!」

と映画百年史に残る名台詞を、それこそ怒号した。かと思うと、文太さん演じる広能とホテルの部屋で二人きりになり、文太さんがスーツの懐に手を入れ、拳銃で撃たれると思った坂井の鉄ちゃんは、

「ひゃー!待て!まひぇ!わしはなにも。ひゃーっ!◯×▲まひぇーっ!」

と、とんでもないパニックぶりを発揮したが、山守はただの神輿ではなく、鉄ちゃんはおもちゃ屋で、子供のためにおもちゃを物色しているところを襲撃され死んだ。

それこそ記憶の彼方から聞こえてくる松方さんの声によれば、

この時見えた。俺が突き進んでゆくレールが。あとはこのレールの上を爆走すればいい

ということで、以後の松方さんは〝男の突撃列車〟として、男たちのドリームとフリーダムを満載して、フルスピードで突進してゆくことになる。

「仁義なき戦い」での松方さんが凄いのは、五部作の中でゾンビのごとく、違う人物として登場してくることだ。

続いての登場は「頂上作戦」での肺病やみのヤクザ、藤田正一。この作品での松方さん。肺病やみということを演出するためか、顔を黒いドーランで塗りまくっている。

ちなみにこの頃の松方さんは、自分の顔が幼すぎるとして、鶴田浩二のようなシワが欲しいとして、氷水の中に顔を突っ込んでは出し、突っ込んでは出ししていたそうである。

今の俳優でそんなことする奴がいるだろうか。

最後の登場が「完結編」の市岡輝吉。

こいつがまた凄まじい。絶えずパイプたばこを口にくわえ、とにかく抗争に火をつけんと誰彼構わずけしかける。

その市岡は子分たちに言った。

「おまえら構わんけ。そこらの店、ササラモサラにしちゃれい」

めちゃくちゃという意味なのだろうが、そもそもササラモサラって何と言いたくなる。その市岡は完全に目がいっちゃっている。

この市岡役にも松方さんは腐心したそうで、ワンカット、ワンカット歌舞伎で使う朱というものを目の中に入れ、目をわざと充血させていたとのことなのである。

「仁義なき戦い」によって突撃を開始した松方さんは、本格的に勢いを増してきた実録やくざ路線の波に乗り、さらにその突撃の姿勢を強めていった。

「仁義なき戦い」と同じ深作欣二監督、笠原和夫脚本による傑作『県警対組織暴力』、本土やくざの進出に対しレジスタンスを展開する『沖縄やくざ戦争』、総会屋を演じた『暴力金脈』など枚挙にいとまがないのであるが、俺が絶対見るべきと主張するのは、再び東映のアナーキスト中島貞夫監督と組んだ、貞夫&松方の脱獄DAYSを綴った『暴動島根刑務所』であり、『脱獄 広島殺人囚』なのである。

とにかく『脱獄 広島殺人囚』の惹句が、このシリーズのなんたるかを物語っている。

犬か猫になってもいい、俺はシャバに出たい!脱獄七回、最後の犯行殺人で捕まった時、刑期は実に41年7か月になっていた!日本最長有期刑の男の記録

このシリーズでは、ひたすら松方さんが殺し、犯し、逃げ、捕まり、再び逃げては殺し犯し、捕まり、今度はムショの中で殺し、刑が重なり、また逃げては捕まるという学習能力ゼロ、本能欲望のままにすべてを貪り尽くす男を演じる。

終戦直後の嵐の夜、ヤクの売人、つまりプッシャーマンを殺害した松方さんは、遁走を決め込んだが、サツに捕まり、ムショに直送された。

そこでムショ名物のカンカン踊りを、踊らされるという洗礼を受けたが、

「こないな場所に九年もおられるほど、わしのケツの皮は厚ないんぞー!」

と決め込み、肥溜めから糞尿を頭にどっさり被りながら現れた。

しかし肥溜めの木枠に腰がつっかえ、下半身が出てこない。

「あれっ!えっ!」

という表情を浮かべる松方さん。糞尿の上で足をばたつかせる松方さん。タコチュウのように顔を紅潮させる松方さん。

「もうええ!もうええんじゃ!腰から下がなくなってもええんじゃー!」

心の中でそう叫んだ時、松方さんは肥溜めから脱出することができた。

その後、また松方さんは心の中で言った。

「精神一統すればなにごとかならず!」

脱獄に成功し大阪に潜伏していた松方さんは、なんの弾みか川で溺れている子供を助け、警察で表彰されることに。

「金一封でもつくんけ」

とか思っていたら、そのまま逮捕され、またもや塀の中の人となった。

が、ムショで暴動が勃発した時、松方さんは刑務官たちにこう言った。

「わしは大阪の警察署長さんから表彰された人間やぞーっ!そのわしに鉄砲向けて、それであんたらただで済むと思うちょるんかーっ!」

その暴動が起こったきっかけは、無期懲役囚の田中邦衛が豚を飼うことを禁止されたことから始まった。

無期懲役の邦衛にとっては豚を飼い育てることだけが、唯一の生き甲斐だった。実際、所長の佐藤慶から豚飼育禁止を言い渡された邦衛は、

「所長はん。どうかそれだけは堪忍してくれまへんか。わし豚飼うことができなくなると思うと、気が狂いそうで気が狂いそうで」

と言ったが、佐藤慶は次のように言う。 「ダメだ!ここは養豚場じゃないんだ!」

次の瞬間、邦衛は窓からダイブして自殺した。豚飼えない=死ぬという図式が素晴らしすぎる。

その後、受刑者には素っ裸のうえ兎跳びをさせられたうえに、飯抜きという綱紀粛正が待っていたが、ムショの片隅で一人の男が声を上げた。

「飯よこせ。飯よこせ。飯よこせ!飯よこせーっ!飯よごぜーっ!飯—っ!」

それはまごう事なき我らが松方さんの怒号であり、本能が発する原始の声、プライマルクスリームであった。

その声がムショ全体に伝播してゆき、ムショ全体が一つの生命体であり、その生命体が叫び声を上げた時、暴動は始まった。

走り出したら止まらない男たちのフラストレイションが、あっという間にムショを占拠していった。

ムショの庭で何もかもを燃やしたあの夜。

医療用のアルコールを、がぶ飲みしたヤツ。邦衛の残した豚を抱きながら躍り狂うヤツ。オカマ掘るヤツ。とにかく笑いまくるヤツ。治外法権の中、自由を満喫するヤツらがいた。

その光景を見ながら松方さんは、心の中でつぶやいた。

「あの晩だけは妙な夜じゃった。みんな訳のわからん夢を見ているようじゃった」

このシーンのサントラが、初期ファンカデリックのようなしびれるサウンドだったことは言うまでもない。

そんな男のフリーダムファイターである松方さんの戦いは続く。

ムショの中で極道の伊吹吾郎に対決を申し込まれた松方さんは、

「今時、正々堂々と勝負なんかあるけーっ!勝ったら勝ちじゃー!」

と、またしてもアナーキー過ぎる言葉をつぶやき、入浴の時間に伊吹の背後に近づき、

「やるんか。やらんのか」

と質問を繰り出し、伊吹が、

「だからそれは今度の」

と答える暇もなく、伊吹のけい動脈を隠し持っていた凶器で切り裂き、そのまま風呂場を血の海で染めた。

かように松方さんは、クラッシャーでありデストロイヤーであり、フリーダムファイターであることから、皆はその姿に共感し、拍手を送り、賛辞を送った。

だがクラッシャーである松方さんの存在は、為政者や体制にとっては脅威意外の何者でもないために、その存在をドブネズミが這いずり回る地下牢に拘束帯をはめたまま、閉じ込めた。

それはこの世界の秩序を脅かす悪魔を、地獄に閉じ込めるのに似ていたが、その地獄からまたもや松方さんは、這いずり上がってくるのだった。

囚人が作ったタンスが刑務所長の家に運ばれてきた時、そのタンスから松方さんが飛び出してきて、所長の奥さんを犯そうとしたこともある。

または山奥に住んでいる犬のブリーダー、川地民夫の家に転がり込み、とにかく腹が減っちゃって、減っちゃって気が狂いそうだったので、目の前にあるものを手当たり次第食べたら、川地民夫に、

「おまえそれ犬の餌やぞ!」

と言われ、ゲロッたこともある。

このシーンは忘れもしない。

この『暴動島根刑務所』を見たのは、まだ学生時代で、今はなき新宿昭和館の三本立てで偶然見たのだった。

そして、このシーンを見たあるおっさんは、

「ぎゃーはははは!犬の餌だってよ!」

と爆笑していた。完全におっさんの心を鷲掴みにしていた。

そして俺は思った。松方弘樹という存在は、ただごとではないと、掛け値なしの本物だと。突撃列車だと。

さらにこの犬のブリーダーの件りでは、犬が交尾する模様がバッチリ捉えられている。

その様を眺めていた松方さんは、自身も発奮してしまい川地民夫の妹、「女川谷拓三」の異名を持つ賀川雪絵に、バックからきつい一発を食らわした。しかも、

「どーっ!どーっ!どっー!」

という掛け声と共に。そうかと思うと、賀川雪絵がフェラに及ぶシーンでは、

「痛いっ!そう。そう。もっと優しく」

と、意外にデリケートな側面を現した。

今書いていて思い出したのだが、『暴動島根刑務所』には金子信雄も出演していて、何かにつけて松方さんに嫌がらせをしてくる。

安全装置が外れやすい松方さんは、便所で思いっきり糞を垂れている信雄の頭に棍棒を振り落とし、血だるまにしてぶち殺した。

それはまるで「仁義なき戦い」での積年の恨みを晴らしているかのごとくであったことは記しておこう。

このように貞夫&松方の脱獄DAYSシリーズは、デストロイヤーとしての松方さんの才能が200%満載された「男の教科書」なのであるが、もう一作、将軍こと山下耕作監督による『強盗放火殺人囚』なる松方さんと、若山富三郎がランナウェイを決め込むというストロング過ぎる作品があるので、この作品もいつの日かレビューとしてまとめてみたい。

ちなみにこの作品の惹句は、

今の世の中、真っ赤な地獄!そこで育った天下の悪が強盗・放火・殺人のあげく実刑蹴って娑婆へ出た!

確かに脱獄DAYSは暴力とウンコとションベンに溢れている。

今、こんな映画製作されることはないだろう。むしろ敬遠されるだろう。今の世の中、冷めている。斜に構えカッコつけている。そんな時代だからこそ逆に、暴力とウンコとションベンと、犬の交尾と「飯よこせーっ!」の怒号、つまり人間の本能が錯乱反射する脱獄DAYSは、見てしかるべき作品なのだ。

スクリーンの中で男の夢を展開した、いや鬼神のごとく暴れに暴れた松方さんは、次第に大海原の中に夢を求め、クルーザーで海に乗り出し、マグロとの格闘を開始した。

もしくは夜の世界で女という獲物を釣っていた松方さんは女に飽きてしまい、海の世界で大魚を釣り上げることにスリルを感じ始めたのかもしれない。

その模様は「松方弘樹世界を釣る」というテレビ番組にて、定期的に報告された。

番組ではだいたい料理人として、梅宮の辰兄が随行していて、松方さんが釣り上げた魚をクルーザーのキッチンでさばいていた。

ところがである。ある時、クルーザーのトイレが壊れ使えなくなった時、辰兄は波間を走る船の最後尾にケツを出してつかまり、ウンコを海に撒き散らしていた。

やはりただ事ではないと思った。「不良番長」のまんまじゃんと思った。

東映三角マークの男たちは、いつでも〝夢〟を体現してくれている、それは間違いなかった。

しかもそれは、東京ディズニーランドに行けば味わえる夢とは正反対の〝漢の夢〟である。

その夢のために〝男の突撃列車・松方弘樹〟が全力疾走したことは間違いない。松方弘樹という肉体は滅んでも、その全力疾走した上に軌跡が、わだちが残ったことは言うまでもない。

また晩年の松方さんは、貴重な芸能界の生き証人的側面もあった。

往年の時代劇スターと共演した時のことなどを、インタビューでよく証言していた。

その中でも印象に残っているのは、萬屋錦之介のことで、ある時、松方さんがスタジオに入ってゆくとセットの屋根の上で、錦之介が酒を飲んでいるという。松方さんが、

「錦にい。そんなところで何やっているんですかあ」

と聞くと、

「俺かあ。おりゃここでみんなが遅刻してこねえか、見張っているのよ」

というクレージー過ぎる答えが返ってきたという。

とりあえず萬屋錦之介は凶暴だと書いておこう。

とにかく松方さんには、感謝、感謝の言葉、思いしかない。たくさんの夢をありがとうと言いたい。

日本映画史上、あれだけのクラッシャー、デストロイヤーを演じられたのは松方さんしかいないと思う。

それでいて人から愛されるひょうきんさや、茶目っ気のようなものを持っている人でもあった。

冥福を祈るということはやめておこう。

なぜならまだ松方弘樹は、あの軌跡の上を、わだちの上を全力疾走しているのだから。

ただ松方弘樹よ。永遠なれ!

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