あなたと私の合言葉 さようなら、今日は
- 高橋宏幸
- 3月6日
- 読了時間: 12分
更新日:3月7日
簡単に言えばラブストーリーであり、ファミリードラマである。それを大映オールスターとも言えるキャストで、市川崑が描いている。
大映期の市川崑の作品はかなり見た方であると思えるが、何かそのタッチにしっくりくる物を感じたことはなく、この作品もやはりそうだった。
物語の要は三人の女、若尾文子、京マチ子、野添ひとみなのであるが、主演は若尾文子であるにも関わらず、タイトルバックのキャストの順は、京マチ子が先で、やはりそれは先輩後輩の力関係なのかと思った。
それで、若尾文子はカーデザイナー、その妹の野添ひとみは現在で言うキャビンアテンダント(昔の言い方ならスチュワーデス)、京マチ子は日本料理屋の女将という、その当時の言葉で言うのなら手に職を持つ職業夫人といったところであったのだろうか。
ファーストシーンは、確か田宮二郎も含む三人の男が社内の廊下で、結婚観とか恋愛観だとかを喋っている。そこへ颯爽と若尾文子が通り、
「いいねえ。彼女、いけてるねえ」
「うん。うん」
「ダメだね。彼女は硬いからね」
と勝手なことを言っている。
自動車の図面が壁に印刷されているその部屋で、和子(若尾文子)は電話を受け取る。その相手は梅子(京マチ子)で、大阪から上京してきたので会わないかというものであった。
自動車の設計図が描かれている部屋もそうなのだが、総じてこの作品の美術は素晴らしいと言える。
それは銀座の街のネオンまたたく夜景であったのだろうか。そこにマヒナスターズが歌うところのムード歌謡である、この映画と同じタイトルの「あなたと私の合言葉 さようなら、今日は」が流れる。
そこは喫茶店だったか甘味処だったか忘れたが、和子と梅子は相対してテーブルを挟んで座っていた。
「和ちゃんと会うの久しぶりやなあ。あんた。そんなメガネかけておったかな」
「昔からかけていたわよ」
「いや。女子大の時はかけていなかったわ」
「で、今回は何をしに東京に来たの」
「あのな。今度、東京の百貨店にうちの支店を出そうと思って。そんでな」
ここの和子と梅子のセリフは、セリフ数が多いし、カット割が短くてなかなか内容を把握するのが困難である。さらに二人は若くして死んでしまった同級生の墓参りをしながら、同じ話を続けていく。
ここらあたりの描き方が市川崑の独特さなのかもしれないが、東映の任侠映画なんかで育った単細胞な自分としては、なにかそぐわないものを感じてしまう。
脚本は久里子亭(くりすてい)名義で、これは市川崑とその妻、和田夏十の共同名義のものであるそう。
ついでに記しておくと、この作品の若尾文子は随所でメガネをかけていて、それがこの作品の物語に彩りを添えることになる。さらに蛇足になるが、メガネをかけている若尾文子というのもなかなか様になっていていい。
話を要約すると、和子には婚約者がいるのだが、今は仕事の方が面白く、自分は口下手だし、文才もなく手紙も書けないので、ちょうどその婚約者も大阪にいることだし、梅子に話を伝えて、大阪に帰った際にその婚約者に会って、縁談を断って欲しいと言うものだった。
和子と梅子は親友と言った感じで、家族ぐるみで付き合いをしていた。であるから、梅子は百貨店との商談が済んだら、和子の家に泊まりに行くことにした。
和子が仕事を終え家に帰ると、おたふく風邪の時のように、顎に氷枕を当て、それを包帯でグルグル巻きにした通子(野添ひとみ)が現れた。
「あんた。どうしたの。それ」
「親知らずが痛くって」
「じゃあ。夕ご飯は食べられないわね」
「それは。それでいただきますよー」
「あんた。それでよくスチュワーデスが務まるわね」
そこに玄関を開けて梅子が現れた。
「あら。意外に早かったのね」
「うん。話がええほうにいきそうなんや。なんやのみっちゃん。その格好は」
通子はちゃっかり、梅子がお土産で買ってきた寿司をいただくのであった。そこへ姉妹の父である伍介(佐分利信)が帰ってきたのだが、彼はひどく酔っているようで、玄関に倒れ込む始末であった。
「お父さん。どうしたの。こんなに飲んで」
「お父さんはきょう、会社を辞めたんだよ」
「えっ。また急に」
「まあ。まあ。おじさん。どうなさりましたんですの」
「あっ。梅ちゃんか」
「おじさんは、あんなつまらない会社は辞めたんだよ」
伍介はもともと、海外航路の船乗りだった。それが都合から会社勤めをしてみたのだが、性に合わなくて辞めてしまったのだと言う。この日から伍介は雇用保険を貰って暮らすようになった。
大阪に帰った梅子は、和子の婚約者、半次郎(菅原健二)が務める会社に赴き、件の話を彼に伝えることとなった。通されたのは会議室。そこへ半次郎がやってきた。
「あなたが半次郎はんでっか。わて大阪で鯛料理の店やらしてもらはります。梅子言うもんで、和子はんとは女子大の同期でおましてな」
「それで話と言うのはなんなんです」
「ま。手短に言いますとな。和子はんとの縁談おまっしゃろ。あれ。白紙に戻して欲しいんですわ」
「そんな急に。それは和子さんの考えなんですか」
「ええ。そうどす。わて、和子はんが自分ではよう言えん言うもんで。それで和子はんの気持ちを伝えにきたんどす。ああ。別にあれとちゃいまっせ。和子はんがあなたのことを嫌いになったとか。そんなんとちゃうて、今は仕事をやりたい。仕事の方が楽しい言うてましたわ」
「そうですか。わかりました・・・」
御用聞き。現在では完全になくなった職業形態である。だが、この作品が公開された1959年。それは酒屋にしても、米屋にしても各家庭を周り必要な物を聞いて、また配達するという今から考えれば、逆に便利な人たちがいた。
哲(川口浩)はクリーニング屋のアルバイトで、伍介の家の御用を聞いていたが、今ではすっかり家族と打ち解けて、家に上がってお茶を入れたりしていたが、夜間大学に通うと言う苦学生でもあった。
そんな哲なのであったが実は和子に恋心を抱いていた。しかし、そんな哲の気持ちとはよそに、妹の通子が哲に恋心を抱くという複雑な様相を呈する事態が進行しつつあった。
この作品を見ながら思ったことは、1959年の日本人の生活様式というものであった。街には車が行き交い、夜の街にはネオンがまたたく、通子がスチュワーデスなように、空には飛行機が飛んでいる。
一見すると現代日本と変わりはないようであるが、和子は部屋の火鉢に炭を入れ、梅子の大阪の家ではこたつではなく、行火(あんか)に当たっている。さらに御用聞きが、頻繁に家に顔を出す。
もちろんインターネットもスマホも、SNSもエアコンもない時代の恋愛模様というものを描いているという点において、この作品は貴重なのかもしれない。
梅子は大阪にある鯛料理屋を切り盛りしていた。その板さんが船越英二(役名・虎雄)で、和食の板さんなのに洋食のコックが被る帽子を被るという、面白い出立ちをしていた。
和子は出張で大阪支社に行くことになり、やはり自分の気持ちを直接、半次郎に告げると梅子に伝えて大阪にやってきた。その電車(まだ新幹線は開通していなかったようだ)には、就職試験を受けるために、哲も同乗していた。
和子が半次郎に会うために、彼の会社に行くと梅子に言うと、梅子も同道すると言う。半次郎の会社の会議室に座る半次郎。和子。梅子。
しかし梅子はあの和子の気持ちを伝えた日から、折りを見ては半次郎のもとを訪ね、彼から煙たがられているようであった。
半次郎は会議室を抜け出すと、女性社員に頼んで梅子に電話が入ったと彼女を会議室から連れ出してほしいと頼んだ。梅子がいなくなった隙に、半次郎と和子は社屋の裏手にやってきた。
「なんでこんなことするの」
「なんでって。あの人しつこいんだよ。やっぱりこういう話は二人きりでしないと」
「半ちゃん。怒っているの」
「ホテルに行こうよ」
「わたし。嫌よ」
「勘違いするなよ。ホテルって言ったって商人宿なんだよ。ここじゃ落ち着いて話せないから」
「わたし、半ちゃんを嫌いになったわけじゃないのよ」
「なら。なぜ」
半次郎はそう言うと、和子の肩を大きく揺さぶった。その拍子に和子のかけていたメガネが外れ、地面に落ちレンズにヒビが入る。
「わたし。お父さんがかわいそうなのよ。もう歳だし。料理をやらせたりするのも嫌なの。わたしが今、仕事を辞めてしまったらお父さんを困らせることになるわ」
「ごめんよ。君の本当の気持ちはそういうことだったんだね」
「わたし。メガネをかけていないから半ちゃんの顔も、ボッーとしか見えないの」
「それでいいんだよ」
そう言うと半次郎は和子の額にキスをした。
「うち結婚しようと思っとんのや」
「わいとか」
「なに言うとんの。和子さんが振った半次郎さんとや」
「そんな。むちゃくちゃや。あんたの才覚とわいの腕、これが合わされば鬼に金棒やないけ。それにあんた、男なんてくだらない言うてたのに」
「半次郎さんに出会うて、その考えが変わったんや」
「今まで兄さん。兄さん。言うてたやないか」
「そら兄さん言うたかて、血の繋がってない兄さんや。うちが誰と結婚しようと勝手やないの」
「そんな殺生な」
と梅子と虎雄。
とにかく梅子は半次郎を押して、押して、押しまくった。そして、彼女たちは婚約というところまでやってきた。
和子は大阪にくる前に通子から頼まれていることがあった。
「そんなこと自分で言えばいいじゃないの」
「だって。なんだか自分で言うの得意じゃないんだもの」
「てっちゃんはいいけどね。あの子はまだ就職もしていないのよ」
「それで今度、試験を受けに大阪に行くそうよ。その時にお姉ちゃんの口から言ってくれないかな」
通子は飛行機に搭乗中。具合の悪くなった客の様子を見て、自分も具合が悪くなり機内のトイレで気吐いてしまうと言った具合のスチュワーデスであった。通子がスチュワーデスとして働いているシーンはこれだけである。
生意気なことを書くようかもしれないが、この作品のキャラクターメークのディティールは深くないような気がする。和子にしても夢中で、自動車を設計している姿があったり、梅子にしてもてんてこ舞いで、店を切り盛りしている模様があったり、通子は通子で同じ航空会社で言い寄ってくる男がいたりしたら、話は俄然面白くなっていたかもしれない。
それに男の菅原健二だって、あまりにも物分かりが良すぎる。
哲は和子が務める会社の大阪にあるディーラールームに呼び出された。
「あのね。てっちゃん。こう言う話は大事なことだからね」
「は、はい」
「前から、このことは話そう話そうと思っていたのよ」
「遠慮しないで言ってくださいよ。僕なら前から気持ちは決まっていたんです」
「そう。それなら言うけどね。通子があなたと結婚したいって言うの」
「えっ」
「あの子がどうしても、あなたじゃないと嫌だなんて言うもんだからね」
「僕・・・」
そこへ梅子と半次郎がやってくる。
「やあ」
「あら。半ちゃん。梅ちゃん」
「いや。あのな。東京の百貨店にうちの支店出す言う話があったやろ。あれ決まったんや」
「まあ。そうなの。よかったじゃない」
「うん。それで半次郎さんにもお店手伝どうてもらうことになってな」
「いや。僕みたいな会社勤めしかしらない男には、商いなんかできるかどうか」
「半ちゃんなら大丈夫よ」
「式も東京で挙げることになったんや」
「絶対に行くわ」
その間、哲は店の外にいてしょぼくれた様子であった。
夜の大阪の飲み屋。
「他で飲む酒もおいしおまっしゃろ」
「アホぬかせ。こっちはやけ酒じゃ。何がうまいことなんかあるけえ」
その虎雄の隣に座ったのが半次郎だった。
「まあ。聞いておくれやっしゃ。こっちは本当の兄妹のようにして、育ってきた間柄でっせ。それがどこから湧いてきたボウフラみたいな男のことを急に好きになって、そのまま婚約ですわ。開いた口が塞がりまへんて」
「ええ。女と言うものはえてしてそんなもんなんですよ。わたしもね。婚約者がいたんです。そうしたら一方的に破棄されましてね。それどころか、その親友って女が今度はわたしと結婚したいってきたもんですからね」
二人の真ん中に座る哲。
「僕の話も聞いてくださいよ。憧れだった人を、今度から姉さんって呼ばなくちゃならなくなったんですよ。それに会社の試験も夜間大学だからダメだって落とされるし。本当についてないなあ」
「それは気の毒や。そんなおかしな話はないでえ」
大阪の夜は更けていった。
東京。和子の家。
そこには結婚式の準備のため、梅子が滞在していた。部屋には結納品の数々が積み上げられている。伍介の来客。
「ほお。娘さんのご結婚が決まったんですか」
「いや。これはこの方のもので」
「ああ。そうでしたか。これは失礼」
来客は帰って行った。
「おじさん。和ちゃんに結婚する言うてみたら」
「わしがかい。わしはそんな気はないし、第一相手がいないよ」
「おじさんが、そんなことを言うたら和ちゃん安心して、案外すんなりと結婚する言うかもしれまへんよ」
「すると何かい。和子はわしに気を遣って結婚しないとでも言うのかね。あれは仕事が面白いと言うから」
「おじさんも娘心が分からんお人やなあ」
梅子と半次郎の結婚式当日。大阪からやってきた虎雄は、半次郎の顔を見て怪訝な表情をしていた。
「おっかしいな。あの顔、どこぞで見たことあるんやけどな・・・。そや!あの居酒屋や!酔った勢いでボウフラ言ってしもうたわ!」
駆けつけた和子は角隠しを被った梅子の化粧を直してやる。
「なあ。和ちゃん。本当に半次郎さんと結婚してもええんか」
「なにを今更言っているのよ。きょうは結婚式でしょ」
半次郎が注文したモーニングが間に合わなくて、虎雄の着ていたモーニングを半次郎に貸してやるというバタバタなどはあったが、式は滞りなく終わった。
和子の家の茶の間。
「式はどうだった」
「ええ。立派な式だったわよ。半次郎さんも立派だったわ」
「お父さん。結婚しようと思うんだ」
「えっ」
「結婚しようと思うんだよ」
「また。そんなことを言って。和子をからかっているんでしょ」
「やっぱり和子を騙そうとしても無理だな」
「どうして。そんなことを言うの」
「梅ちゃんの入れ知恵でね。わしが結婚すると言えば、お前が安心して結婚すると言うんだ」
「梅ちゃんったら」
「お前はなにがしたんだ。仕事か。結婚か」
「わたし、分からないわ」
「わしのことなら気にしなくてもいいんだよ。通子とてっちゃんが婚約した。あの二人がなんとか面倒を見てくれるよ」
「お父さん。一つだけ聞いて欲しいことがあるのよ」
「言ってごらん」
「わたし、アメリカへ行って自動車の設計を本格的に学びたいのよ」
「いいじゃないか。素晴らしいじゃないか。行っておいで」
こうして和子はアメリカへ渡ることとなった。だが、1959年の洋行である。和子は船上の人となり、港に集まった梅子夫婦、通子夫婦、そして伍介と別れのテープを交わす。
「元気でやるんでっせー」
「体に気をつけてねー」
「さようならー」
静かに船は沖を目指して行った。そこに被さる「完」の文字。
大映オールスター、分けても若尾文子と京マチ子の共演を見るには、うってつけの作品かもしれない。しかも女同士の愛憎劇を得意とする大映作品としては珍しく、女同士の友情を描いていると言うのも悪くないかもしれない。
そこもまた市川崑の意図したところであったのだろうか。
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