百貨店屋上のペットコーナーで泳いでいる金魚を見て、子どもが父に問う。
「ねえ。なんで金魚さんは泳いでいるの?」
「だって金魚さんは、泳がないと沈んでしまうだろ」
金魚は泳がないと、沈んでしまう・・・
その屋上のベンチで脂の乗り切った藤岡琢也と、渥美清は謀議を練っていた。
すべては北九州駅で生田悦子が坂上二郎の内ポケットから財布をすり、その騒動にヒッピーみたいな格好した萩本欽一が巻き込まれ、とにかく55号はアドリブをかまし、つかみはオッケーとなったのだが、その生田悦子を連行したのが藤岡琢也だった。
そのままふたりは汽車に乗った。
「あんたデカなの?」
「デカ?そんなに見えるかい?わしはこれから、おまえのボスのところに行くんじゃい」
「じゃあ。あんたは?」
「まあ。そんなもんじゃ」
作品中、生田悦子が主要人物として登場するのだが、これがなかなかの好演をしている。
まだ10代後半か20代前半といったところだったのだろうか?
冒頭のシーンでもTシャツにジージャン姿という、68年においては不良少女の定番であったであろう姿で決めている。
シーン替わってボタ山、そしてそのふもとに時代に取り残されスラム化している廃鉱部落がある。
松竹のこの手の作品を見て思うことは、美術さんがスラムとか廃墟とか飯場などの再現に関しては異常な執念を燃やしていて、他社の追随を許していないという点だ。
さらにその部落の入り口には、これまたさびれた劇場があり、そこにはいかなる時も田中邦衛が常駐していて、部落に怪しいもの(主に警察関係者)が侵入してくると、部落全体に聞こえるくらいの大音量で「軍艦マーチ」を流すのである。
それを合図に住人たちは迷路のように入り組んでいる坑道のなかへと逃げ込む。さらに邦衛、セーラー服を着ている。かと言ってブルセラオタクではなく、下半身はズボン。「軍艦マーチ」をかけることから、かつて海軍にいたのではないかという連想が働く。
だが、さらにさらに邦衛。ボタ山の爆破事故で頭をやられてしまい白痴になってしまったという強烈なキャラ。
その邦衛がかける爆音「軍艦マーチ」が部落に轟く中、藤岡琢也と生田悦子は部落に入ってゆく。
生田悦子は自らのボスの家に藤岡琢也を連れてゆく。
そこにいたのは赤い鉢巻きを頭にしめ、どてらを着て酒を飲んでいるワタ勝こと渥美清であった。
「なんだよ。銀さんじゃねえか。懐かしいなー」
「懐かしいやあらへんで。この娘、北九州駅でへまやらかしおって、もう少しで危ないとこやったで」
「で、銀さん今何やっているんだよ?」
「わしなあ。足あろうて、百貨店の保安員やっとるんや」
「えっ!大阪に銀さんありって言われたスリの名人が。なるほど蛇の道は蛇って訳か」
そこにそのスジでは名の通っているワタ勝に弟子入りしたいと、佐藤蛾次郎も登場。 しかし、なぜかワタ勝こと渥美清は冷蔵庫をむしろで隠している。防犯の為か?
ワタ勝、銀さんのふたりが部落を歩いていると、住民たちが泣きついてくる。
「哀号!ポクラノセイカツドウニモナラナイヨ!」
この在日朝鮮人と思われる人物も、物語の端々に登場してくる。
ボタ山を背景にワタ勝は銀さんにこぼす。
「この40人の貧困部落。誰も助けてくれるもんなんていねえ。モサ(万引きのこと)だけじゃかかあの内職にもなんねえよ」
「なあ。ワタ勝よ。でっかい仕事してみいひんか?しけた万引きやなしに百貨店の高級品ごっそりいただくのよ」
こうしてワタ勝は集団万引きを実行するため上京する。
その主なメンバーはワタ勝、邦衛、在日、ハゲ虎、よし子、婆さんなど。その黒幕として保安員をしている藤岡琢也という布陣。
しかしこの廃れた炭坑町を舞台にしたシーンを見て、やはり松竹のしかも同じ68年の作品にして田坂具隆監督の大傑作『スクラップ集団』を思い出した。
『スクラップ集団』でも廃れた炭坑町出身の渥美清が主人公であったが、この野村芳太郎監督作品でもそれは共通している。
なぜこうも松竹の監督は、ボタ山、そして廃墟となった炭坑町にこだわるのかと思うのだが、ほぼ同時期の東宝の喜劇、例えばクレイジーの「無責任」シリーズとか、森繁の「社長」シリーズなどが高度経済成長の歩調に合わせて、調子良く生きてゆく人間の話であるのに対し、松竹の喜劇はそこから取り残されてしまった人間。どん底にいる人間の話が多い。
それは他の監督、森崎東にしても前田陽一にしても渡辺祐介にしてもそうだ。
だが彼らはそのどん底にいる人間のバイタリティーをこそ描く。現実に絶望しているのではなく、どっこい生きているしぶとい人間をこそ描く。それも喜劇というフォーマットで。
と、藤岡は東京にて、腕利きの女万引き師・倍賞千恵子をスカウトし一団に加える。
最初藤岡に万引きを見破られ窮地に陥る倍賞千恵子だが、珍しく色仕掛けで男を陥落させようとする。その艶っぽさもなかなかのものなのだが、先に書いたように、この作品では生田悦子に光るものを感じた。
女優陣で言えば三原葉子が出演していて、三原葉子といえば新東宝か東映の作品でしか見たことがなかったので、意外なところで意外な人にばったり出くわしたような気がした。
三原葉子の役どころは藤岡琢也の妻で、洋品店をやっているが、夫の前歴は知っていて、多感な時期の娘もいるため、あまり渥美一派とはつき合わないほうがいいと言っている。
三原葉子と言えば元祖ヴァンプ女優。相手は脂の乗っている藤岡琢也。夜、娘が寝たところでキツい一発に及ぶのかと思ったが、そうはならなかった。それが松竹の限界か?
ワタ勝こと渥美清と、銀さんこと藤岡琢也はある刑事が退職するということで訪ねるのだが、それが有島一郎。
「なんだ。ワタ勝に銀次じゃないか?久しぶりだな」
「いや。なにね。旦那が退職するっていうもんだから顔拝んでおかなくちゃと思ってね」
前科者が刑事のことを旦那と呼んでいた時代。有島一郎は万引き担当の刑事として、そのスジでは名の通った男だった。
ワタ勝と銀さんは有島が引退するというので、これで仕事も楽勝と思っていた。酒が入り興が乗ってくる。
「まったく33年間。万引き担当の刑事としてやってきたが、同期の中には警部補や部長なった者もおる。それがわしはヒラ刑事で肩を叩かれる有様だ」
「いや。旦那は立派だよ。なあ銀さん。俺たちの間では旦那に捕まれば本望だ、なんて言っていたんだから」
「そうか。ワタ勝も足を洗ってくれたしな。銀次も保安員になってくれたし」
ワタ勝と銀さんが酒の勢いに任せて有島一郎を褒めちぎっていたら、どうも様子が変わってきた。
そして辞職を撤回すると言い出し、万引きを摘発することこそ天職と俄然はりきりだした。
ワタ勝をリーダーとする万引き集団は、浅草の旅館をアジトにし、銀さん手引きのもと百貨店で荒稼ぎをする。
プロックサインを送るワタ勝。それをもとに巧にブツをくすねる邦衛や蛾次さん、そして倍賞千恵子。
だが倍賞千恵子だけは集団と契約制度を取っており、これが九州の田舎から出てきた渥美などとの対比になっていて面白い。
そして集団は次第に全国をまたにかけて百貨店を荒らしていくことになる。
やはり渥美清は天才だと思わざるを得ない。
渥美清と言えば当然「男はつらいよ」の車寅次郎なのであるが、寅さん以外の出演作を見るにつけ、その意外な側面を見る思いがする。
表現力がゆたかなのは当たり前なのだが、表情にバリエーションが多い訳ではない。
つまりあの渥美清の表情というのは、能面なのではないかと思った。あの能面が決まった一つの表情であるにも関わらず、喜怒哀楽をすべて表現してみせるのに近い。
そして能面といえばあの顔。渥美清といえばあの顔というように、ひとつのスタンダードを作り出してしまったのではないか?
そこに渥美清の天才性を感じる。
そうこうしている間に、ワタ勝は倍賞千恵子に惚れてしまい極度にナーバスな状態に陥り、鉢巻きをまぶかに巻いて、布団の中で死んでいた。そんなワタ勝の状態を見かねて銀さんは思い切ってコクってきちゃえばええやん、とハッパをかけた。
「あら。ワタ勝さん。どうしたの?」
顔面蒼白なワタ勝。
「結婚してくれ・・・ 」
「えっ?」
「結婚してくれよ・・・」
「はっ?」
「結婚してくれよっ!!!」
そう言って倍賞千恵子を力づくでなんとかしようとするワタ勝。万引きの腕は一流であったが、女に関してはまったく免疫がなかったようで完全にレッドカード級の行為に出て、倍賞千恵子にぶん殴られたが、そこに銀さんが現れ、一年契約なら結婚してもいいということになった。
一方、有島一郎が指導をしている新人刑事・新克利と生田悦子の間にも恋心が芽生え始めていた。
一枚の北九州の地図。それを見つめている有島一郎。情報によってある元炭坑町がドロボー部落と呼ばれている万引き集団の根拠地ということを割り出した。克利と共に一路、ドロポー部落へ向かう。
ふたりは部落に行く前にそばにある駐在所に寄るのだが、そこの駐在に聞くと、部落の実態は分らず、そこに暮らす者の住民票さえ把握していないという。
こういう場所は文化人類学的に言えば、アジール、つまり治外法権になるのだが、アジール論について書き出すと、気の遠くなるほど長くなるのでやめておく。
一派は、ワタ勝と倍賞千恵子の結婚式のために部落に帰って来ていた。その酒宴の最中に、有島一郎と克利のふたりが部落に近づいてくる。速攻で旭日旗を飾ってある部屋から「軍艦マーチ」をかける邦衛。蜘蛛の子を散らすように逃げる住民たち。
だがワタ勝は有島一郎に見つかってしまう。
「ワタ勝?貴様、足を洗ったんじゃなかったのか?貴様が万引き集団のリーダーだったのか?」
「へへへへへ」
「絶対貴様のしっぽをつかんでパクってやるぞ!」
そう言った有島一郎だったが、部落の肥だめにずっぽし落っこちた。
東京に戻ったワタ勝は銀さんと連絡を取り、次の一手を考えていたが、ひとりパクられ、ふたりパクられし、ついに邦衛もワッパをかけられた。
「♫ 守るも攻めるも くろがねの〜。だから僕はなんにも覚えてないんでしゅ。♫ 守るも攻めるも くろがねの〜」
「貴様!警察をバカにするのもいい加減にしろ!自分の名前も知らないやつがいるか!」
「♫ 守るも攻めるも くろがねの〜」
取調室内においてなおも「軍艦マーチ」を歌う邦衛であった。
「もういい!連れて行け!」
「やっこさん相当な大物か、でなきゃ相当なアホですね」
しかし邦衛の持っていた旅館のマッチから一派のアジトが割れ、壊滅的なダメージを喰らった。
三原葉子が経営する洋品店も有島一郎に目を付けられていた。
隅田川の水面をゆくウンコ船。そこから横パンすると、遊覧船に乗っているワタ勝と銀さんの姿が。
「ワタ勝よ。ここらが潮時ちゃうんか?」
「このままじゃ部落の40人、飢え死にしちまうよ。銀さん俺、万引きじゃなくて百貨店の売り上げ、ごっそりいただくこと思いついたんだよ」
「そんなアホな」
「これには銀さんの力が必要なんだよ」
「はっきり言う。俺はもうヤバい橋、渡りたないで」
「もう。これっきりだよ」
「娘もおるんや。将来が心配なんや」
「迷惑はかけねえよ。ちょっとした段取りしてくれればいいんだよ」
金魚は泳がないと、沈んでしまう・・・
消防署員に変装して百貨店に潜入するワタ勝。そして生田悦子、蛾次さん。目を光らせる有島一郎。それに気づく銀さん!
しかして勝負は有島一郎に上がった・・・
少し手の込んだやり口で売上金を奪取しようとしたのだが、このシーンは岡本喜八や石井輝男とまでは言わないまでも、映像のシャープさやリズミカルなテンポが欲しかった。
東京拘置所へ送られ、面会に来た娘の前で号泣する銀さん。その後浜松刑務所でワタ勝と再会すると、刑務官からヤニをパクり、屋上で吹かすのだった。
一方、有島一郎は退職し百貨店の保安員になっていた。そこへ銀さんの娘が訪ねてきて、
「おじさん。越中ふんどしない?」
と聞くのだが、その娘が有島一郎から財布をパクってしまえば、さらに秀逸な作品になったと思ったのだが、そうはならなかった。
Another Side Of 渥美清。さらに探求して行きたい。