歌謡曲で言えば、中条きよしの「嘘」、もしくは殿様キングスの「女の操」が街角にガンガン流れている時代だった。
それは松山辺りの場末の劇場であったのだろう。自殺騒ぎを聞きつけた救急車が現場に到着すると、二人の女剣戟師が自殺未遂を図っていた。
その救急隊員の一人がThis Is Geinoukai 湯原昌幸(元GSバンド・スイングウェストのボーカル。代表曲「雨のバラード」)で、湯原は一生懸命救命措置を取ろうとするが、他の劇団員は二人の自殺騒ぎは毎度のこと、と取り合わず、当の二人も泣きまねしながら救急車で搬送されるのであった。
そして、その二人こそ誰あろう、この物語の主人公、太地喜和子(春風駒大夫)と中川梨絵(モンロー)なのである。
二人が自殺を図った理由は、二人してドサ芸人の中から唯一這い上がった二郎さん(天光軒満月)に振られたことにあった。
一年後。
二人はレスビアンショー(レズビアンではなく)のストリッパーとしてコンビを組み、ストリップ小屋を転々としていた。
眩しいライトに照らされて、徐々にその姿態をあらわにしてゆく二人。日活ロマンポルノから招聘された中川梨絵は当然のこととして、惜しげもなく、その美しいパイオツ、臀部を披露する太地喜和子も素晴らしい。
二人は人気のストリッパーとして、男たちの下半身をキンキンにしていったが、太地喜和子は男にはルーズなほうというか、甘えん坊というか、とにかく男が側にいないとダメなたちで、同じ小屋のストリッパーのヒモに手を出し、トラブルが続出。
中川梨絵は、太地喜和子のことを「おっしょはん」と呼んでいて、他のストリッパーになんとかとりなそうとするが、結局キャットファイトに発展。二人してまた荷物を抱え、小屋を転々とするしかなかった。
連絡船に乗っている二人。お互いの身の上を話している。
「ほんと、あたしらって生まれつき根無し草なんだね」
「だいだい。おっしょはんが男にだらしないから、こんなことになるんや」
船の進行方向に、にじむ夕映え。だいだい色から濃い紺のスカイライン。そして進んでゆく水面。美しいカット。
そこにすでにトップスターに上り詰めている二郎さんのシングル曲がかかる。
「あっ。あの人の曲やわー。めっちゃいいわー」
懐からシングルのジャケットを取り出し、そこに写っている二郎さんの顔をまじまじと眺める太地喜和子。
「もう。くやしー!」
そのジャケットを奪い取り、ビリビリに破く中川梨絵。
その頃、小沢昭一は失われつつある、消えつつある日本の放浪芸能を訪ねて出雲地方を訪れていた。
なにか神楽の取材だったのだろうか。
「そもそもストリップの起源は、アメノウズメノミコトが天の岩戸の前で裸になって踊ったことがいわれと伝えられています。また歌舞伎の創始者である出雲の阿国も京の四条河原で踊ったとされていますが、それもストリップに近いものだったようです」
そんなことを言っていたら、山口百恵の曲をガンガンにかけているストリップの宣伝カーが現れる。
作品の端々に小沢昭一が芸能の取材のため現れ、それがすごく大事なポイントになっている。この作品が公開された75年当時、小沢昭一は実際に放浪芸などの取材、記録を行っていたし、当時はまだぎりぎりそういった芸能が存在していた。
救命士を退職した湯原は、退職金を持って大阪へと向かい蕎麦屋でもやる気でいた。
しかし駅で突然、財津一郎刑事に呼び止められ、署まで連れて行かれた。
聞けば太地喜和子と中川梨絵が公然猥褻罪、およびに器物破損の罪で拘留されており、湯原を身元引き受け人としているというのだ。
「なんなんですか。それは。僕はただあの二人の救命措置をしただけで、そんなアホな。身元引き受け人なんて」
そこへ悪びれた様子もなく現れる二人。ついでに器物破損の弁償代も湯原に払ってくれという。逆上寸前、いやすでに逆上していて、発狂寸前までになっていた湯原であったが、泣く泣く退職金を弁償代として充てた。
だが湯原はその代わり、俺が取ってくる仕事で働いて、稼ぎに稼ぎまくるんだと命ずる。
ストリップはもちろん、お座敷ショー、政治家の講演の花束贈呈、ホテルの宴会式場でのモデル(?)など、その度に、バレリーナなど衣装を変えて登場する二人が面白いし、また太地喜和子はなにを着てもかっこいい。
ここのところをロードムービー風に、天橋立や日本海側の観光名所を、ワンカットやツーカットぐらい映し込むことで、テンポの軽快さも生んでいる。
楽屋では湯原がそろばんを弾いている。
そこへステージから二人が帰ってくる。二人とも、もうくたくたといった感じで、ふてくされてたばこを吹かしている。
この時の太地喜和子がまたいい。たばこを吹かしている太地喜和子がまたいい。いかにもズベタという感じ。男にはだらしないし、ちょっとオツムも弱い感じ、でも気は強くてストリッパー仲間とはすぐ喧嘩をしでかす。
しかし、自分のことをおっしょはんと慕ってくれる中川梨絵には、めっちゃ優しい。
そして、惜しげもなく姿態をスクリーンにさらす。
今、こんな感じの女優っていないのでは。今だったら、パイオツさらすカットなんかスタント使うんだと思うけど、太地喜和子は、当たり前でしょって感じでさらしてくれている。
居酒屋で酒を飲みながら二人は愚痴をこぼしていた。
「このまんま、あいつの言いなりになっていたら、体ボロボロになっちまうよ」
「おっしょはん。あいつうまいことやってギャラも相当ポッポッしてまんねんで」
そこへ湯原が現れる。
「おっ。なんだ。二人ともこんなところで飲んでたのか。じゃあそろそろ金を清算しようかな」
「清算って?」
「今月は30万稼いだんだ。そのうち俺が立て替えていた23万は俺のもの。あとは二人のもんだよ」
湯原は暴利のためでなく、あくまで23万を返済してくれるために二人に働かせていたのだった。
「じゃあ。俺とあんたらの縁もこれまでだな。元気でな」
「ちょっと。ちょっと待ってえな」
と、中川梨絵。
「あんた。うちらのマネージャーになってくれへん」
「マネージャーって、あんたらがいいなら、それでいいけど」
中川梨絵と湯原との間では、そう話がまとまっていたが、太地喜和子は店内にいるある男を見つけ、その瞳を輝かせていた。
「村上さん?」
「駒太夫?」
村上とは太地喜和子が、昔振られたやくざ風な男であったが、久しぶりの再会に二人は興に乗り、ついには結婚しようとか言って、店から出て行ってしまった。
「大丈夫かい。駒太夫さん。結婚するなんて、言ってるぜ」
「気にすることないわ。また、いつもの悪い病気が始まったんや」
しかし、太地喜和子が帰ってくることはなく、以後、中川梨絵はピンのストリッパー、そして湯原はそのマネージャーとして活動していくことになった。
大阪のあるバラック。
小沢昭一はある浪曲師のもとに取材にきていた。するとそこへ、もういかにも70年代、皮のパンタロンにロンドンブーツ、皮のチョッキを着たハーフっぽい女が現れ、
「モンローさん。いるかい?」
ってな感じで告げて、構わずに二階に上がっていった。二階には中川梨絵と湯原がいて、それはレスビアンショーのオーディションであった。
段取りをする中川梨絵と女。しかし女が本気でレズっ気を出すと、中川梨絵はそれを拒絶した。すると女は荷物をまとめ、悪態をつきながら、階下に下りていった。
「なんだい!こっちはレズを募集しているからって、わざわざ出向いてやったのによう!レズっ気出してなにが悪いってんだよ!」
玄関から出ていく女。
「へえ。あの飛ぶ取りを落とす勢いだったモンローがねえ。あの子の母親は剣戟界では名の通った人でねえ。こう、小股が切れ上がったっていうか。ここは落ちぶれた芸人の吹きだまりなんだなあ」
そう小沢昭一は呟くのであった。
夜のしじまの中、湯原は中川梨絵をある場所に誘った。
「どこいくねん。わたしヤバい橋は渡りたくないよ」
「心配するな。ついてこい」
ある建物に着くと、中からミヤコ蝶々が出てきて鍵を渡す。さらに階段を登ってゆく二人。心配そうにあたりをうかがう中川梨絵。
「入れや」
湯原がドアを開け、電気をつけると、そこはアパートの一室だった。
「ここは?」
「いつまでも楽屋やドヤで寝起きしてるんじゃつらいだろ。あんたの稼ぎを貯めておいて、この部屋を契約したんだ。好きなように使っていいんだぜ」
「本当!」
「ああ」
はしゃぎまくる中川梨絵。
「この窓にどんなカーテンつけようかな」
「おい。おい。えらい喜びようだな」
「だって、わたし。生まれてこのかた自分の部屋なんて、持ったことがなかったんやもん」
しばし見つめ合う二人。
「もう。もう。わたしを一人にせんとって!」
「モンロー!」
激しく抱きしめ合う二人。そして二人は、ねんごろの仲になっていった。
だが中川梨絵は体調を崩し入院。
その間も湯原は、中川梨絵の公演先にスケジュールキャンセルの詫びに回ったり、病院に看病に訪れたりとかいがいしく、彼女を支えていた。
さらにアパートの大家であるミヤコ蝶々も病室を訪れ、中川梨絵にストリップのハンテンを着せてやるという、さすがミヤコ蝶々というところも見せてくれた。
夜の屋台。
「なあ。駒太夫よ。男と女は楽しいうちに別れるのが身のためよ。分るだろ」
「大丈夫よー。わたしこういうのには慣れているから。おじさん。ジャガイモとがんもどきとちくわとハンペンちょうだい」
「あーあ。それがこれから惚れた男と別れる時の態度かよ。じゃあな元気でな」
そう村上は言って、太地喜和子の肩をポンと叩くと、闇にまぎれていった。
「わーん!」
顔をくちゃくちゃにしながらおでんを食べ、酒を飲み号泣する太地喜和子。こういうコメディエンヌとしての顔ものぞかせる。
その後、夜の大阪の街を彷徨っていた太地喜和子は、ある光景を目撃する。
それは女番長(スケバン)以下、そのグループが男たちをボコボコにし、ざまあみやがれと息巻いている姿だった。そして、その女番長は、かつて剣戟一座にいた娘で、再会した二人は喜び合い太地喜和子は、以後、グループが根城にしているマンションに転がり込むのであった。
と、長々とここまで書いてきたが、この作品は松竹の作品である。
しかし、この女番長たちがゴロを巻くシーンを見ていて、東映におけるシリーズ作品「女番長」を思い出してしまった。
そこでは池玲子や杉本美樹がグループを率い、パイオツをさらしながら男たちをバッタバッタと倒していった。75年といえばちょうど東映で、池や杉本が活躍していた時代で影響とはいかないまでも、共振性のようなものは感じる。
それにこの作品の監督、瀬川昌治はもともとは東映出身の人。そこにもなにかしらあるような。さらに中川梨絵を当時ロマンポルノがメインだった日活から招いていて、なにか松竹の作品なんだけど、それを感じさせない不思議な雰囲気が漂っている。
女番長グループと意気投合した太地喜和子は、リーダーとレスビアンショーのコンビを組み、モンロー&バルドーとして売り出したが、それはかつての盟友・中川梨絵の名を騙るものであった。
しかもステージの上では、バルドーであるリーダーに声援が集まるばかり、先輩としての威厳も損ない太地喜和子は、次第にグループの中でもとうの立ったオバはんとしてお荷物扱いにされてゆく。
さらに湯原は太地喜和子が、自分の内縁の妻である中川梨絵の名を騙っているのを見つけ、黙ってられないとグループのマンションにやってくるが、それが湯原にとってイービルへの道の始まりだった。
リーダーは言う。
「うちらぴちぴちしてる若いのが、ぎょうさんおんねん。どないだ。集団レスビアンショーいうのは」
「集団レスビアンショー?」
「そうや。一人、二人やのうて一度でぎょうさん見せんねん。こりゃ受けるでー」
リーダーに完全にたらし込まれた湯原は、あっけなく陥落し、以後、ロバート・ジョンソンがメンフィスの十字路で悪魔に出会い魂を売り渡し、代わりに天才的なギターのテクを手に入れたのと同様に、金と地位を手に入れた。
その湯原の前に現れた悪魔を京唄子・鳳啓介という史上最強夫婦万歳コンビと例えることもできよう。
芸能プロダクションを営む二人はマンションを訪れ、リーダー以下、レスビアンショーのタレントを見定めていた。その踊りにみとれる鳳啓介。
「なにをじろじろじろじろ見とんねん!このエロガッパ!いい歳さらしてからに!」
「ポテチ」
「それでね。あんたらもええけどね。もうちょっと色気が足りんわ。色気が。よく見ておきなさい」
そういって恍惚の表情で踊り始める京唄子。悩ましく踊る京唄子。艶っぽく躍る京唄子。そのさまはまさに悪魔以外のなにものでもない。さらに湯原を誘惑しようとする京唄子。
「あんた歳、いくつやの?」
「23です」
「ええやん。男前やん。今度、うちにきいひんか?待ってるしな」
「はい」
「なにしてんねや!このオバはん!もう帰ろうって」
そう鳳啓介にそでを引っ張られ退室してゆく京唄子。しかし視線は湯原に注いだまま。
「待ってるしな」
「しょうもないオバはんやな」
「待ってるしな」
悪魔が魔界に消えてゆくように、京唄子はその姿を消した。
一同の名古屋公演の話は決まった。
名古屋に向かおうとする湯原。いまではスーツを着こなし、グラサンをかけ、芸能プロダクションの社長然としている湯原。
太地喜和子は酒を胃袋に注ぎ込んでいる。酩酊状態で湯原に食って掛かる彼女。
「待てよ!わたしはどうでもいいんだよ!でもモンローは、あの子はどうなるんだよ!あの子はあたしと違って惚れた男には一途なんだよ!裏切るのかよ!なんとか言えよ!」
無言のまま立ち去ろうとする湯原に食い下がろうとする太地喜和子。そのまま取っ組み合いが始まる。そして湯原は力で彼女をねじ伏せ、そのままその唇に自らの唇を押し付けた。
次のカット。
洗面台で顔を洗っている湯原。大の字になって、床に転がっている太地喜和子。やがて彼女は湯原の肩にしなだれかかると、
「捨てないでね」
と一言告げた。またしても彼女が持っている悪い面が出てしまった。
なにも知らない中川梨絵は、ミヤコ蝶々たちと内職であるU.S.A.版無修正「プレイボーイ」の局部をマジックで黒く塗りつぶす、という気の効いた仕事をしながら湯原の帰りを待っていた。
この作品における湯原昌幸である。
映画俳優としての湯原は、この他にも「トラック野郎」などで散見していたが、ここまでキーパーソン的な役割を果たしているのは初めて見た。
構造としてはお互いストリッパー同士ではあるが、男にはからきし弱い太地喜和子と純な中川梨絵が振り子のような役割を果たしていて、その軸に湯原がいるという感じである。
だが、この軸の部分があまりに強過ぎる、つまりスター級の役者でも女優が引き立たないし、太地喜和子がいるから中川梨絵が引き立つ、中川梨絵がいるから太地喜和子が引き立つという絶妙なバランスがなりたっていて、まさにゴールデントライアングルとでも言える構造を織りなしていて、そこから人間劇が発生するので、見ている方はぐいぐい惹き付けられてしまう。
名古屋公演を成功させた女番長グループに湯原、また太地喜和子はゴーゴークラブでナイスなリズムに乗ってはしゃいでいた。
どう見ても、ねんごろな関係のように飲んでいる湯原と太地喜和子を見て、女番長たちは怪訝がったが、泥酔した二人は太地喜和子が借りているというアパートを目指す。
着いたアパートで奇声を発しながら、お互いに肩を組んで登っていく二人。その湯原の顔を見て、大家であるミヤコ蝶々は、
「あれ!?」
みたいな顔をする。酩酊状態の二人は、なんとか太地喜和子の部屋まで辿り着くが、湯原はションベンをしたいと言って出てゆくと、帰りに誤って中川梨絵の部屋に入ってしまう。
すると中川梨絵のほうでは、待ちかね、恋焦がれていた人が帰ってきたので、そのまま熱い抱擁で湯原を包み込むのだが、酔いながらも湯原が、
「あれ!?」
と思ったことは間違いないだろう。
しかも太地喜和子のほうでは、開け放ったドアから、その一部始終が見えていて、自分の男を取られたと思った彼女はすぐさま中川梨絵の部屋に突撃していった。
「人の男になにすんだよ!この泥棒猫!」
「泥棒猫って、この人は!おっしょはん・・・」
「モンロー・・・」
「どういうことやの!これは!ねえ!あんた!」
ばつが悪そうにしている湯原。
「こうなったらどうもこうもないんだ!この人とわたしはできていたんだよ!」
「ちっくしょーう!こうなったら、おっしょはんもなにも関係ないわーっ!」
すさまじいキットファイトが展開される。
取っ組み合い馬乗りになってどつき合う二人。当たりにあるものをすべて投げつけ、破壊されてゆくガラス。そのまま廊下に出た二人は、階段から転げ落ち、なおもまさしく女の執念という感じで戦い続ける。その様子を見ながら、
「ヒャーハハハ。いいぞ。もっとやれい」
と、冷たく言い放つイービルの権化と化している湯原。
「もう。誰か。誰か。止めて」
哀願するミヤコ蝶々。すると湯原がバケツに貯めてあった水を二人にかけ、戦いはやっと終わった。
中川梨絵の部屋に戻った時、太地喜和子の着物の袖は取れ、中川梨絵のシミーズはボロボロに破けていた。
「ちくしょう。この悪党」
中川梨絵が湯原にそう言い放つ。
「悪党?悪党と言われれば悪党さ!でもその悪党にしたのは、どこの誰なんだ!あの時、俺は退職金を持って、しがない蕎麦屋でもやるつもりだったんだ。それをおまえらが悪の道に引きづりこんだんじゃないか!知らなかったら知らないですんだ世界なんだ!こうなったら悪の道をとことん進んでやるさ!」
そう言い残し、湯原は去っていった。湯原昌幸俳優史上のベストバウト。
「死んじゃえ!あんたなんか死んじゃえばいいんだ!」
さらに太地喜和子を責め続ける中川梨絵。
「分ったよ。死ねばいいんだろ。死ねば。もうお別れだよ!」
太地喜和子も部屋を出てゆく。
残った中川梨絵は台所に行くと、包丁を見つめる。それを握りしめ、自ら命を絶とうとするがやはりできない。
アパートは運河に面している。
その運河に出てみると、木にロープがぶら下がっており、それを見つめる中川梨絵。すっと視線をそらすと、そこには運河を向いてしゃがみこんでいる太地喜和子がいる。
「なんだい!死ぬんやなかったんかい!」
「なに言ってんだよ!今、死のうとしてたとこなんだよ!」
「本当は死ぬのが恐いんちゃうんか!」
「ああ!死んでやるよ!今すぐ死んでやるよ!見てなよ!」
そんなこと言ってたら、そのまま太地喜和子は後ろ向きに運河に落っこちた。完全に溺れている彼女。アップアップしている彼女。水飲んじゃっている彼女。
「あっ。後生だよ!あたしゃ泳げないんだよ!うっ!助けて!本当なんでもするから!助けて!」
太地喜和子が溺れている様子を、じっと眺めている中川梨絵の表情のアップ。その瞳からやがて涙が溢れ出し、結局彼女は太地喜和子に腕を差し出し引き揚げる。
そして抱き合い号泣する二人。
またこの運河のセットがいい。
松竹のこの時期の喜劇を見ると、美術さんが本当に執念ともいえる技で、バラック、廃墟、スラム、炭坑部落などを造形しているのが分る。この執念と技は、現在の日本映画にはないものだろう。
さらに作品全体を通して、中川梨絵がいい。
太地喜和子に対して、引けを取っていない。普通、物語の中のヒロインというのは一人なのだが、ここでは太地喜和子、中川梨絵の二人で一人というか、単なる中川梨絵が太地喜和子の引き立て役ではなく、一対の関係になっている。
それを体当たり演技で体現させてゆく、中川梨絵は素晴らしい。
小沢昭一はドサ芸人の中で唯一成功した二郎さんの楽屋を訪ねている。
この時の二郎さんが、めっちゃ笑える。顔が完全に真っ白になるまでドーランを塗って着けまつげをした上に、付き人に肩揉んでもらっている。
そして、あの美声で浪花節を一席ぶつ。小沢昭一のインタビューに、
「ドサは心の故郷です。故郷は遠きにあって想うもの」
とか連続で繰り返し、とにかく笑かしてくれる。
そんなところへ駒太夫が自殺したとの一方が入り、二郎さんは香典に300万を送ったと言うが、届いた領収書には5万円しか記されていなかった。
果たして駒太夫。モンローの運命やいかに?
90分弱という時間の中に、濃縮された人間ドラマ。そして爆笑と笑い。女のさがと力強さが描かれている。
なにか消えてゆくドサ芸人。あてどのない根無し草な人間たちへの讃歌のような思いもした力作だった。
悪にどっぷり浸かった湯原昌幸の、その後が気になるきょうこの頃である。