某日。ラピュタ阿佐ヶ谷のレイト特集「脱獄大作戦 娑婆ダバ娑婆ダバ」の中の『脱走遊戯』を見に行く。
俺は煩悶していた。映画学校の課題でシナリオを書いて、講師から「台詞が紋切り型になっている」、「読み物としては面白いが、マンガチックである」などの指摘を受けて、改善すべきことが分っているのに、それを突破できない自分の力のなさにモヤモヤしたものを抱えていた。
脱獄する千葉ちゃん。ヘリコプターから吊るされたロープの上で、ふんどし一丁で着替える千葉ちゃん。いきなり千葉ちゃんの身体能力の高さを見せつけられる。
だが、脱獄屋が本来連れ出すべきは千葉ちゃんではなかった。ゴリラのマスクを着けられ、脱獄屋のアジトに連行される千葉ちゃん。
「300万円用意できるのか?」
脱獄屋のメンバーは、郷瑛(本当は金へんに英)治に鰐淵晴子、東映の黒人俳優と言ったらウィーリー・ドーシーなど。
千葉ちゃんが300万を取りに行ったのは、インチキ中国人に扮した東映が誇る怪優・汐路章の事務所。
「300万?そんな金どこにある?あの時、私も危なかったね。お前信用できない」
すかさず汐路を絞め殺し、金庫の中から金を奪取する千葉ちゃん。
そのまま逃走しようとしたが、脱獄屋たちに見つかり金をふんだくられる。
ロープに縛られ、碇をくくりつけられ海に沈められる千葉ちゃん。海底で割れたビール瓶を見つけ、それでロープを切断し浮上する千葉ちゃん。ついでにきついパンチパーマを当てている千葉ちゃん。
俺は思った。まるで漫画じゃないか!こんなことあり得る訳ないじゃないか!リアリズムのかけらもないじゃないか!
俺は講師に言われた。
「高橋君は70年代東映とか好きなんでしょ?じゃあ「不良番長」とか好きでしょ?俺はああいうノリはだめなんだよなあ」
「不良番長」が悪い訳じゃない。モヤモヤしたものを抱えていた時、久しぶりにウォーキングをした。その時、ひょっこりそのモヤモヤの霧が晴れてきた。
俺は今回のシナリオを、「なるべく東映調から脱する方向で書きたい」と思っていたのだ。なぜならいくら大好きでも、その真似事をしていたのでは自分が出せないし、単なる模倣に終わってしまう。そう思って書いたはずなのに、講師からは「不良番長」と言われてしまった。見事に思惑は外れてしまったのだ。
千葉ちゃんは再び脱獄屋の前に現れた。銃を構える郷瑛治。
「ちょっと待ってくれよ。俺にも一口噛ませてくれないか?」
「俺たちの仲間に入りたいって言うのかよ」
「そういうこと」
東映調にカリカチュアライズされたムショの中の志賀勝のいる部屋には、ゆで卵の差し入れがあった。
じじい。「この卵食うてみい」
卵を一口噛む勝。「酒や!酒が入ってるやないか!」
歓喜する囚人たち。
その夜、千葉ちゃんがムショに潜入。じじいを脱獄させる手はずであったが、勝が目を覚まし、じじいとケンカに。
「二人とも連れ出してやるから、やめろ」
屋上から向かいの建物に張られたロープにぶらさがっている滑車。それに乗り込む勝。しかし脱獄屋たちは、千葉ちゃんめがけライフルで狙撃。頭きた千葉ちゃんはロープを切断。そのまま勝は転落し、即死。
監督は将軍と呼ばれた男・山下耕作。60年代。任侠映画の金字塔『博打打ち 総長賭博』をものした男だ。しかし70年代に入り、深作欣二や中島貞夫などの監督が台頭し、実録路線が東映のメインになると、やや時代感覚から取り残されるような感じになってゆく。
だから70年代の将軍の作品は、将軍だからって安心して見ていると、痛い目を見ることもある。
勝の即死に暗がりから笑い声が起こった。
その後も千葉ちゃんと脱獄屋のだましだまされの攻防戦が続く。
鰐淵晴子の心はボスから千葉ちゃんに移っていた。晴子の手料理を食べて、鼻をすする千葉ちゃん。
「俺、沖縄の生まれってなっているけど、本当は中国からの引き揚げ船の中で拾われたんだってよ。あとはそのまま孤児院行き。こうやって手料理なんて食べるのは初めてだぜ」
しかし襲いくるウィーリー・ドーシー。ヤツは窓から転落して死んだ。郷瑛治は晴子に撃たれて死んだ。
その間にも千葉ちゃんは、走るトラックの荷台で飛んだり跳ねたりしている。ちなみに千葉ちゃんは実写版『ゴルゴ13 九龍の首』で香港を走るバスの上でバク宙してみせた。
生き残ったボス(こいつがムショの説教師という設定がみそ)は千葉ちゃんを抱き込み、勝負に出ようとしていた。ムショの中にいる花沢徳衛が、戦後に隠匿物資のダイヤをどこかに隠したので、徳衛を脱獄させ、そのありかを聞き出そうというのだ。
実行されるミッション。下水道の中に入ると、側溝からウンコが流れてくる。さらに電気ドリルでムショの倉庫の下を掘り進むと、そこは豚小屋だった。
なぜかこの時期の東映の作品には豚小屋が多く出てくる。中島貞夫&松方弘樹の最強タッグにより放たれた傑作『暴動 島根刑務所』では田中邦衛は、豚を飼うことだけが唯一の生き甲斐の無期懲役囚だった。
佐藤純也監督、グランジロックよりももっと殺伐としている『実録 銀座私設警察』においては殺された中国人、内田朝雄の死体は豚小屋に放り込まれた。
「あいつが豚小屋出すなら、俺も豚小屋出す」
当時の東映の監督連中の中では、そんなしのぎが削られていたのではないか!?
説教師(ボス)によって、ムショのなかに持ち込まれてた映画のフィルム。芸術観賞の時間に集まってくる囚人たち。
「あーあ。東映のやくざ映画でもやらんかなー」
看守の野口貴史「きょうは文部省選定、『働き蜂の一生』を上映する心して観るように」
「なんだよー」
うなだれる囚人たち。だがその落胆に反して、スクリーンには波しぶきに浮かぶ東映三角マークが!色めき立つ囚人たち。そして上映されるポルノ映画。
溜まりに溜まっていた囚人たちのテンションはマックスまで速攻で上がって行く。中にはスクリーンに飛びつくヤツもいる。
「中止!中止!上映中止!」
これが発端となって暴動が勃発!ここに将軍の芸術映画、ならびに文部省に対する抵抗を読みとるのはうがった見方だろうか?
争乱状態のムショの中、徳衛を助け出し、豚小屋に掘られた穴から助け出す千葉ちゃんだが、穴に残った千葉ちゃんには手榴弾が投げ込まれる。
千葉ちゃんは死んだのか?
徳衛を連れ出したボスは、徳衛が終戦直後、ある墓場にダイヤを隠したことを聞き出す。
そして裏切ったとして射殺される晴子。そこに駆け付ける生きていた千葉ちゃん。
晴子を抱き寄せる。その腕の中で息絶える晴子。
ボスは車で墓場に直行しようとしたが、そこには晴子が仕掛けた爆弾が!千葉ちゃんの目の前で爆発する車!
千葉ちゃんはジープに徳衛を乗せて、墓場の場所にやってきた。ところがそこは宅地造成の最中で、墓場は跡形もなく消え去っている。
「こんなバカな。先祖代々の墓場がなくなっている。狂っている。今の世の中狂っている」
「まあジイさん。そんなに肩を落とさないこった。俺もあんたもしょせんは悪い夢を見ていたのさ。それでジイさん。これからどうするんだい?」
「わしゃ。ムショに帰る。こんな狂った世の中よりムショのほうがましじゃ。あんたどうするんだ?」
「俺か。俺はこのまま脱獄屋続けるぜ。面白くなってきたんだよ」
「懲りないヤツじゃな」
そのまま走り去るジープ。で、エンド。
ただそれだけの映画だった。でも上映後、前の席に座っていたおっさんたちが言っていた。
「いや。面白かったね」
俺が初めて映画に感銘を受けたのは、「トラック野郎」だった。以後、東映の娯楽至上主義とバッドテイストに完全にやられ続けたのだった。いわば、俺の映画原点がここにある。今さら、文芸映画や芸術映画、前衛映画、家族映画、恋愛映画を目指せとでもいうのか。
リアリズムなんて山本薩夫にでも喰わせておけ!
ゴリラのマスクを被らされて連行される千葉ちゃん。答えはそれだけで充分だった。