東映は焦っていた。本当に焦っていたんだと思う。
男の体臭100%と言える任侠映画に咲いた花一輪、藤純子の存在、人気、そしてその引退は当然、ドル箱スターを失うことを意味していた。
東映幹部は、めっちゃ尾上菊五郎を怨んだに違いない。
〝ポスト藤純子〟東映のさしあたっての命題は、そこにあったことは間違いない。そこから梶芽衣子の『銀蝶渡り鳥』も生まれたし、とにかく、試行錯誤していた。
そんななかから生まれた一本が、石井輝男監督作品『緋ぢりめん博徒』だったことも間違いない。
主演の中村英子の衣装、メイクがまるっきり藤純子。確かにこの人、綺麗な人なのだが、やはり邦画史のなかに屹立している藤純子の存在感には、遠く及ばない。
で、この中村英子が女渡世人なのであるが、冒頭のほうのシーンで、入浴中に池玲子が、親の仇として襲いかかってくるというキャットファイトシーンがあるのだが、そこでパイオツさらして奮戦するというのは、池だけというのに肩すかしを喰らったし、なにか石井監督遠慮しているんじゃないか、という気もした。
とにかく出てくる女優が、土田早苗を覗いては演技経験ゼロと言っていい、素人に毛のはえたような女優ばかりだし(池に関してもそう)、作品も72年製作で、石井監督が社会的常識にしても、映像的にも怒濤のごとくも前人未到の領域を切り開いた、異常性愛路線が展開されたのが69年なので、そこからも遠ざかっている。
さらに脚本も高田宏治という東映のなかでも、硬質なタイプの人なので、そこもうまく融合しなかったのかも。かと言って石井監督が脚本に忠実になんか撮るわけないのだが。
そんな、かんなり厳しい状況のもと。男優人がかなりの頑張りを見せる。
まず東映任侠セオリーによって、悪の組が登場するのだが、このタッグを組んでいるのが、東映の絶倫帝王•名和宏&顔の灰汁の強さで言ったらこの人、小池朝雄の最強コンビ。
出所してきたばかりの中村英子を出迎え、姐さん、姐さんと慕う三下やくざに我等が山城新伍の布陣なのであるが、新伍がフェードアウトしてしまったのは惜しかった。
そして白眉なのが文太先輩。
物語が、明治初期の設定で、文太先輩は上野で戦った彰義隊の一人であった。大砲が炸裂し、新政府軍との戦いの中、文太先輩は、
「この江戸を薩摩や長州のイモ侍に渡してたまるかーっ!」
と一人奮戦する。そして負傷を追っていた中村英子を手当てしてやり、自身の持っていた印籠を手渡す。
そして、その文太先輩の勇姿は中村英子の胸の中から消えず、常にその印籠を身につけているのだった。
また。もともと新東宝出身で、文太先輩のことを執拗に付け狙う、元薩摩藩士にして警察官の沼田陽一も怪演を見せる。
絶倫帝王•名和宏の賭場で中村英子は、いかさま賭博に引っかかりそうになったが、盲目のやはり女渡世人•お紋に助けられ以後ふたりはマブダチになった。
土田早苗と中村英子は、ムショ以来の姉妹の契りを交わした仲であって、土田早苗は江戸幸という組を継ぎ、船荷の仕事をしていた。
だが、傾いていた組の再建に金を出してくれたのは、帝釈天一家を構える小池朝雄なのであった。
ここ。かなり人間関係が複雑なのであるが、いつもは良い人として登場してくる大木実が、江戸幸の船荷の権利を狙う悪役として登場してくる。
つまり土田早苗は悪役と悪役に挟まれて、にっちもさっちもいかなくなっているのだ。
小池朝雄は水神楼という遊郭を経営している。
ファーストシーンだっただろうか。田舎から女を買い付けてきた女衒が、こんなことを言う。
「キッキッキッ。水神楼には地獄部屋っていう女を仕込む部屋があるんだぜ」
石井輝男ファンであれば、この地獄部屋なるものが、どのようなものか興味をそそられることは間違いないだろう。
「どうだい。お勝(土田早苗のこと)おめえ、いつもいつも自分のこと男だっていってるじゃねえか。おもしろいもの見せてやるから、こいよ」
そう小池朝雄は言うと、土田早苗を地下室に誘った。
そこに繰り広げられていた光景は、縄で吊るされた女、三角木馬に乗せられた女、石抱きの刑に処せられている女たちが、悲鳴を上げているものだった。
さらに四方が春画によって装飾されている部屋には、もともと二百国取りの武士の妻だったという女が連れてこられて、ひょっとこや鬼の面を着けた男たちから和太鼓のリズムに煽られて、もてあそばされる。
確かにこことか、撮り方も工夫されていて、面白いのだが、やはり異常性愛路線の残滓的なものはぬぐえない。
その後、小池朝雄が土田早苗の胸元に腕を突っ込み、
「キッキッキッ。なんだかんだ強がってもオマエも女なのよ」
とエロく攻め込んだのはGoodだったが。
そして土田早苗は、大木実を殺るために、彼が乗った人力車を闇討ちし、大木実に負傷を負わせたが、子分たちにドカドカと、その体にドスを突き立てられ絶命した。
それは夢にまで見た不幸の始まりだった。
その場に駆け付けてきた中村英子。変わり果てた土田早苗の姿を見て愕然とする。その場には、実際手は下さなかったものの、大木実の客分になっていた文太先輩がいた。お互いに身構えるふたり。だが、そのうちふたりの間には、「あっ!この人どっかで見たことある!」みたいなものが生じた。それでも中村英子は構わず、ドスを抜いてきたが、文太先輩は急所打ちにして、彼女を気絶させた。
とある一室。
文太先輩は気絶している中村英子の帯留めを解いてゆく。気がついた
中村英子は必死に抵抗するが、そこは男•文太先輩。力づくで中村英子を犯してゆく。必死に抵抗する彼女の中で、あの彰義隊であった文太先輩の勇姿が交錯する。
ここ。いいシーン。
仮にこれが藤純子の「緋牡丹博徒」であったら、再会したふたりはプラトニックな関係のままであったろう。しかし、もうやっちゃえば、肉体関係成立させちゃえばというところに、ポスト藤純子と銘打ちながらも、違う基軸を打ち出している点が面白い。まあ。作っているほうは、そんな難しいこと考えてもいないかもしれないが。
で、夢にまで見た不幸のラウンド2。
土田早苗のいなくなった江戸幸一家に、絶倫帝王•名和宏の子分が現れて、即刻の立ち退きを要求し、両者は一触即発関係になる。
それをそっと聞いていたお紋は単身、名和&小池タッグに殴り込みをかける。
「ほー。めくらにしちゃ結構いいたましてるぜ。こいつは磨けば、相当客取れるな。まあ。あんたも飲みなよ」
が次の瞬間、お紋は目の前のトックリをひっくり返し、こぼれだした酒に火を着ける。それを消火しようとした福本清三が、逆に火だるまになったのを覚えている。
そしてお紋は、仕込みの杖を抜くと、ロウソクを斬り、その場が漆黒に包まれる。そこに稲妻が走り出し、閃光とともに浮かんでは消える人の影。
そこにお紋は、袋の中に入れてあった鈴をばらまく。お紋に近づこうとする男たち。鈴が鳴る。逆手切りで殺される。その中に川谷拓三は、間違いなくいた。
最期。お紋は四方を畳の壁で取り囲まれて、畳を貫いてきたドスに刺され絶命したが、絶倫帝王だけは道連れにした。
やはりこういうシーンを見ると、石井監督ってアイデアマンだと思うし、面白い見せ方を分っている、もっと言うとキング•オブ•カルトと呼ばれ、その見世物趣味的な側面が語られることの多い人なんだけど、映画の作り方の基本はきちんと押さえている人だということが分る。
このあとは本当に東映セオリーに従って、中村英子が小池朝雄に殴り込みをかけ、それを文太先輩があとから追うという図式になり、英子は朝雄をしとめるが、文太先輩はひん死状態になり、
「俺はオマエの仇なんだろ。はやく息のあるうちに殺せ」
と言うものの、英子は涙が溢れてきて、それができなかった、という石井監督にしては珍しい、浪花節めいたラストになるのだが、で、池玲子はどこにいっのかというと、途中から英子を親の仇として狙うのではなく、文太先輩を巡って恋のライバルとみなすようになったが、最後の殴り込みで、文太先輩をかばって銃弾に倒れた。
次に石井監督の才能が炸裂するのは、73年の丹波哲郎を主役に向かえた『忘八武士道』であると思える。その空白期間を埋める佳作と、本作を位置づけたい。
生意気なようだけど。