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執筆者の写真makcolli

満員電車


土砂降りの大学の卒業式。

しかも講堂が燃え落ちたために、学生、並びに職員は激しい雨に打たれている。

その中で式辞を読み上げる総長。

監督は市川崑。

モノクロの画面の中、傘を差して居並ぶ学生たちを映し出している。何かその画面にはリアリティーを感じる。

そんな学生の中に川口浩がいて、卒業式にビールを飲んだことから虫歯が痛み出した。

川口浩は大手ビールメーカーへの就職が決まっていて、東京から大阪へ行かなければならない。その前に付き合っていた女三人に、

「新しい生活を始めるんで、こういうことも清算しておいたほうがいいと思うんだ」

なんて言って、東京で入社研修を受けたのち、大阪行きの汽車に乗った。

川口浩の故郷は小田原であった。

そこにいる父が笠智衆。そして母親が杉村春子で、笠智衆は時計店を営みながら市議会議員もしていた。

その時計屋に時計の修理依頼を頼みに来た客がいるのだが、直してもらった時計が狂っているという。すると笠智衆は自分の腕に狂いはないと言って、

「役所の時計?あれはあてにならんですよ。すぐに狂ってしまう。世界標準時計だって狂うんですからな。わしはこの道、35年。信頼だけを売りにやっております」

と、自らの腕には絶対的な自信を持っていた。

川口浩は真面目に働く人間であったが、ドライな面も持っていて、同期に入った人間にサラリーマンが一生に、どれだけ稼げるかという計算を算出して驚かせたりもしていた。

独身寮の朝、川口浩たちビール会社職員たちは、同じ時間帯に玄関から出てきて鉄砲玉のように階段を駆け下り、無理くりに満員電車に乗る。

すると車内の中吊りに「満員電車。近日公開。映画は大映」の文字が、市川崑の何気ないジョークが笑える。

駅からまるで巨大な生物の塊かのように会社に向かう一群。

その中には川口浩もいるし、同じ寮にいる船越英二もいる。こう言った市川崑が描き出す群衆のシーンというのは、本当にリアリティーがある。

同時期の作品『プーさん』においては、伊藤雄之助が皇居前のデモに動員され、機動隊が乱入してきて現場は騒然となるのだが、これが映画のエキストラを使ったシーンには見えないのである。

まるで本当のデモの中に伊藤雄之助が紛れ込んでいて、盗み撮りをしたかのような臨場感がある。

この『満員電車』の通勤シーンにも同じような迫力を感じた。

会社に到着してもタイムカードを押すために行列ができている。早く押したい川口浩は並んでいても前が気がきで仕方ない。

新入社員であるところの川口浩は、とにかく仕事をバリバリやればいいと思っているので、回ってきた伝票整理をあっという間に終わらせてしまい、手持ち無沙汰にしていた。

すると上司に呼び出され、

「一日の仕事を30分で終わらせてしまう人がいますか。配分よくやってください。配分よく」

という叱責を受けるのであった。

そういった川口浩たち社員一同が仕事をしているカットの中に、ビール工場でビールを製造している過程が細かく映し出される。

ベルトコンベアで瓶が運ばれてきて、その中にビールが注がれ、栓がされ、ラベルが貼られる。そのオートメイション、機械仕掛けの模様を丁寧に映し出している。この模様を見ていて、20世紀前半の前衛芸術運動のひとつ、未来派を思い出してしまった。

未来派は当時登場してきた工場の機械、飛行機、列車、車などの装置運動に芸術的美意識を見出し、それを絵画や詩を持って表現していった。

なにかあまりにもビール工場でのオートメイションの工程を、丁寧に描く市川崑の頭の中にはそんなこともあったのではないかと考えてしまった。

しかしこのビール工場がものすごい騒音を出すため、従業員はお互いに会話もできないくらいなのであった。

そしてこの騒音の中にいると、川口浩はあの虫歯の痛みを感じ、会社の医務室に行って医者に診察してもらうと、

「いやー。たまにいるんですよ。こういう人がね。なにね。これは虫歯じゃなくて神経症なんですよ。あまりにも大きな音を聞いたりするとですな、体の一部が痛み出すんですよ。まあ。現代の医学では治せませんな」

と軽く言われた。

会社の寮の川口浩の部屋は、やけに閑散としていた。

テレビもなければラジオもない。洗濯機もなければ冷蔵庫もないまるで生活感を感じさせない部屋であった。

ある時、郵便受けに手紙が入っていたので、川口浩は別れた女からのものだと思って、テンション上げ上げになったが、差出人を見ると笠智衆からだったので、そのままうっちゃった。

だが中身が気になるため、その手紙を読んでみると、母である杉村春子が発狂したと書いてあった。

川口浩の隣の部屋には、船越英二が住んでいた。

船越英二に誘われて、川口浩がその部屋に行ってみると、川口浩の部屋とは正反対に小綺麗に整理されていて、川口浩は紅茶なぞをご馳走になる。

船越英二は物腰が柔らかい喋り方をするが、

「あなたの部屋で昔、自殺をされた方がいるんですよ。仕事のことを思いつめて」

なんて言ってくる。だが寮内では人望があるらしく、醤油を貸してくれとか、雑誌を貸してくれなど他の人がしょっちゅう訪れてくる。

「まあ。サラリーマンなんて行き先は、たかが知れているじゃないですか。それだったら気ままにやった方が私はいいと思うんですよ」

船越英二は、そんなことを言っていた。

だがある日、彼は食堂で突然ゲロまいて倒れた。

みんなの噂話によると、司法試験に合格するため徹夜で勉強をしていたんだそうである。

「人は見かけに寄らないなあ」

川口浩はそう言った。

川口浩は例の杉村春子が発狂してしまったということを、なんとかしようと精神科の医大生である川崎敬三に相談を持ちかけていた。

だがその川崎敬三。精神科の医大生ではあるが、教授からは書生扱いされている雑用係にしか過ぎなかった。

だが彼には野望があった。孤児だった自分が出世するにはチャンスを掴み、ホップ、ステップ、ジャンプの要領で地位を手に入れるのだと。

小田原にやってきた川崎敬三は、笠智衆宅を訪ねる。

するとそこには一見すると正常な杉村春子がいて、お茶を出してくれる。しかし、彼女は無意味に、

「キッキキキ」

と笑うのである。

「あれですよ。あれ。ああやって訳もなく笑うのです。完全に気狂いになっているようです」

笠智衆はそう言う。しかし川崎敬三が驚いたのは、笠智衆が市議会議員をやっている地元の有力者であるということだった。

川崎敬三は、あなたの力で地元に精神病院を作った方がいい、そうすれば奥さんも入院させることができるし、地元の人たちからもありがたがられると、笠智衆を口説くのだった。

またそれを聞いて、まんざらでもない様子の笠智衆であった。

一方その頃、川口浩は例の神経痛が歯から足にきていて、ほぼ歩けない状態になっていた。

そして夜になると、唸り声を上げ始め、そこへ会社の医務室の医者が駆け付けた。

「ああ。こりゃ痛みが歯から足にきたんだな。はい。痛み止めを打つからお尻突き出して」

医者は川口浩のケツに、どえらい注射をぶっ刺した。

ケツを突き出したまま、なおも唸り声を上げる川口浩。

だが痛み止めが効いてきたのか、そのまま眠りに落ちていった。

目が覚めると川口浩の部屋には、杉村春子がいた。

「どうしたの。お母さん」

「どうしたってお父さんの気がおかしくなってしまったのよ。それよりお前、苦労したんだね。頭が真っ白じゃないか」

そんなことを言われても川口浩は、杉村春子の頭がおかしいと思っているので、取り合わなかったが、偶然鏡に写った自分の髪が真っ白になっていたので、驚き杉村春子と一緒に小田原に帰ることを決意した。

小田原に行くと、そこには精神病院があり、その雑居房のような部屋に笠智衆がいる。周りにはウーウー、ワーワー、もしくはひたすら同じことを繰り返し呟いている人々がいて、これがまたエキストラとは思えないリアリティーがある。

その中でやはり何事か呟いている笠智衆。

思い起こせば自分が手をかけた時計は、絶対に狂わないと言っていた時点で彼の頭はどうかしていたのだ。

大通りに面した歩道で、川口浩と川崎敬三は話し合っている。

「君は父さんが市会議員だったっていうことを利用したんだな」

「利用と言われては困るね。ああやってお父さんも安心して暮らせる所に入ることができたんだからいいじゃないか。今は無理だとしても僕はじきに、あの病院の院長になってみせるよ。言ったろ。僕はホップ、ステップ、ジャンプで地位を手に入れると」

そう言って川崎敬三が実際に三段跳びを始めると、そのままバスにひき殺され死んだ。

それを見てとっさに川崎敬三を助けようとした川口浩は、電信柱に激突、失神し、そのまま病院に運ばれてしまった。

そして気づくと31日間意識を失っていたと、看護婦から告げられた。

「白髪もすっかり治ってますよ。仕事のストレスが原因だったのでしょう。十分な休息を取ったので、白髪も治ったんですよ」

「31日間!冗談じゃない!」

川口浩はそう言って飛び起きると、一目散に会社を目指した。

人事課に行ってみると、31日間も無断欠勤したのでは解雇はやもおえないと言う。これが人事課のおっさんが、怒鳴り散らすのではなくて、機械的に言うから面白い。

「入社研修の時に就業規則を、よく読まなかったんですか?」

それで川口浩も、そこをなんとか、とか言って食いさがるのではなくて、

「はい。わかりました」

と言って、会社を後にするのもなんだかおかしい。

次の職を探すため職安に来た川口浩は、そこで偶然、別れた昔の恋人と再会をする。

「どうしたんだい。田舎の学校の先生になったって言っていたじゃないか?」

「それが人員整理だって首にされてしまったのよ。あなたもビール会社に勤めていたはずでしょ」

「まあ。君と同じようなものだよ」

番号を呼ばれる川口浩。

「やったよ。次の勤口が決まったよ。学校の小遣いさんだって。僕、それでもいいんだ。そうだ。僕たち結婚しようよ。君、昔僕に結婚を申し込んだじゃないか」

「それがわたし、もう結婚しちゃったのよ」

「えっ。なんで待っていてくれなかったんだ」

「しかも主人は学校の小遣いさんなの」

「なんだよ。もう少し待っていてくれれば、同じような運命になったのに」

「ごめんなさいね。わたし、やっぱりあなたを愛していたんだわ」

抱き合う二人。そして人目もはばからず号泣するふたりであった。

校舎の入り口で鐘を鳴らしている川口浩。

そこへ爺さんがやってきて、

「へえ。すまねえこってす。へえ」

と言い、川口浩は自らが着ている小遣いさんの服を爺さんに渡す。

校長室に呼ばれる川口浩。

「どうも小遣いの君が一流大学卒ということでは、学校の秩序が保てんのでなあ。仕方ないが辞めてもらえんかね」

「そのことなら大丈夫です」

「大丈夫って。もう次のあてはあるのかね?」

「もう。校舎の裏に僕と母が住む小屋は建ててあるんです」

「なに」

「校長先生や教頭先生も、お子さんがいらっしゃって、将来も心配でしょう。僕に任せていただければ、必ず一流大学に入れてみせます」

学校の校舎にへばりつくようにして、バラック、オンボロ小屋が建っている。そこで暮らしている川口浩と杉村春子。

「母さん。心配しなくてもいいよ。今は生徒は二人だけど、それが十人になり百人になるんだから。そのうち分校も作ってみせるよ」

「そうかい。わたしはお前と一緒ならどこでもいいんだよ」

そこへ突風が吹いてきて、壁や天井に打ち付けていた板が飛ばされてゆく。次第に小屋ごと飛ばされそうなると、梁に飛びつきなんとか抵抗する川口浩の姿がラストカットであった。

サラリーマンのあり方を風刺したブラックジョーク作品であり、随所に市川崑的な映像手法が散りばめてあって、それなりに見ごたえのある作品になってはいる。

だが、あまりドラマ性を感じさせない作品でもある。

キャラクターとキャラクターの関係性が、希薄な感じを受けるのである。

その人間関係の希薄さというものさえ、サラリーマンのあり方だとして描いているとするなら、やはり市川崑はすごい監督だと言えるだろう。

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