ファーストシーンのワンカット目。ローアングルに構えた画面の奥から、ダンプカーがもの凄い勢いで疾走してくる。そのまま道路を渡っていたおっさんはひき逃げされた。
それを目撃した運転手である勝新太郎。猛然とダンプを追跡しはじめる。後部座席には客である船越英二が乗っているのだが、砂利道を疾走するタクシーの中で、その体は上に行ったり下に行ったり、シェークされ続ける。
結局勝新はダンプを強引に停車させ、運転手に、
「てめえ!なにやってんだ!」
と叱りつけるのだが、ここまでの一連がカーアクションそのものと言ってよく、初めはおつまみ食べながら見ていたのだが、思わず身を乗り出してしまった。
そして船越英二は後部座席で不気味な笑みを浮かべながら、勝新太郎の運転手票に山田八百と書いてあることを記憶する。
その後、勝新はタクシー事務所に帰ったが、ひき逃げ犯を捕まえたことを褒められる代わりに、また余計なことに首突っ込みやがってと、説教をくらい、
「弱い者を助けて叱られたんじゃ、割に合わねえや!」
と、ドアを蹴飛ばし出てゆく。
そのまま肉体労働者たちが飯かきこんでいる大衆食堂にて、勝新もどんぶり飯を食っていたのだが、その食堂の女給が江利チエミで、一人で仕事をこなさなくてはならず、てんてこまい。
そんななかおっさんの嫌がらせで、足を引っかけられ転び、さらにケツを触られる。それを見て、笑い声を上げるおっさんたち。と、思ったら勝新は机ひっくり返して暴れ始めた。
「な、なんでえ。おまえ、この女に気があるのかよ?」
「そんなんじゃねえ!よってたかって大の男が女一人をからかおうっていう心根が気に入らねえのよ!」
そして食堂は大乱闘の、建物そのものが壊れるのではないかという場と化し、勝新はまたしても事務所で説教をくらい、洗車係を命じられるのであった。
そして大乱闘のなかでも隅っこで、勝新のことをまたしても観察している船越英二。
しかし、この乱闘のシーンもすごく迫力がある。迫真感がある。
勝新が洗車している模様に、タイトルクレジットがかさなるのだが、監督・市川崑と出てきた時になるほどと合点するものがあった。
物語は勝新が船越英二にいい話があるからと呼び出されると、後頭部を一撃され、気づくと暗がりの中にいて、そこには浜村純(タレントの浜村淳とは違う)、ロイ・ジェームスというE.H.エリックの偽物みたいな白人。そして船越英二の三人がいた。
「な、なんだよ!てめえら!こんなとこに連れ込んでふんじまりなんかしやがって!」
「まあ。まあ。山田八百さん。私たちはこの一週間、あなたの行動を観察していたんですよ。あなたは正義感の強い人だ。決断力。行動力もある。どうです?私たちの仕事を引き受けませんか?」
「なんだよ。俺を運転手として引き抜こうっていうのかよ。そんなら、わざわざこんな手のこんだことしなくていいのによ。で、固定給で月いくらくれるの?」
「我々の仕事は特別なものなんです」
「だから特別運転手だろ。ハイヤーかなんかか?」
「暗殺です」
「あ、暗殺!?じゃあ人殺しじゃねえか!」
「そうです。ただ単なる人殺しではないのです。この世の中に害悪の為だけに存在する悪人を殺してゆくのです。この十年間ただの一度たりとも失敗したこともなければ、ことが明るみに出たこともないのです」
「そんなこと言ったってよ。この現代社会でよ。都会の真ん中でだよ」
勝新がそういうと、白人が壁のボタンを押す。するとなんでもなかった壁が開き、そこには自動小銃やマシンガン、ライフルなどが整然と並んでいる。
その中の一丁を白人は選び、反対側の押し入れに入れてある綿布団めがけ弾丸を何発も発射する。
「・・・本当に殺すのは悪人だけなんだろうな?」
「そうです。月30万の固定給。そして一件片付くたびに50万払いましょう」
こうして勝新は、この不思議な組織に加わることになった。
一件目の殺しは悪徳金融業者を殺るもので、勝新は見事完全犯罪をやってのけた。
さらにその証拠品である拳銃を溶接機などを使い、壊してゆく船越英二。この模様が綿密に映されている。ある種、拳銃を分解する模様のドキュメンタリーを見ているごとく徹底している。それでいてテンポがある。このあたりに市川崑の映像表現の巧みさを感じる。
ストーリーはそのまま勝新を中心とするピカレスクロマンになるかと思いきや、ここから二転三転してゆく。
次に勝新が殺すように命じられたのは、デントンというアメリカ人で、麻薬の密売王だと教えられる。ヤク中患者の写真などを見せられ、デントンは麻薬で年間300億儲けていると言われた勝新は、こいつは生かしておいちゃいけねえ、とすっかりその気になってしまう。
組織の白人とデントンの偵察に出た勝新はビルの屋上から、通りを歩いているデントンを望遠鏡で覗く。
「あれがデントンだろ。こっからライフルでバーンって撃てば、簡単なことじゃねえか」
「バカ。よく見ろ。あそこにいる関係なく立っているヤツも、今通り過ぎたクリーニング屋も全部デントンのボディガードなんだ。仮に狙撃しても、すでに包囲網ができていて生きて帰ることはできない。実際に昔、デントンを狙って殺された者がいるんだ」
「へえーっ。そんなもんかねえ」
そんなある日、組織が隠れ家にしているあるビルに、岡持ちの格好をした江里チエミが現れる。
「もう。ずいぶん探したのよ。急にいなくなっちゃってさ」
「なんで俺のこと探すんだよ」
「そりゃまあ。突然姿消しちゃうんだもん・・・」
「俺に気があるのかよ?」
「まあね」
「あんまりこのビルには近づかないほうがいいぜ」
「あら。どうして?」
「いろいろ事情があるんだよ。今度、出前があったら他の人に頼んでもらいな」
「分ったわ。そうするわ。でももう他のところへいかないでね」
その後、気楽に銭湯に行ったり、ビルの一室でガンホルダーから銃を抜く練習をしている勝新。しかしそれがぜんぜん様にならない。
その頃、浜村純、船越英二、ロイ・ジェームスの三人は都会の雑踏の中で密議をしていた。デントン殺害計画を練っていたのだが、三人にはそれぞれ過去があった。
船越はよく分からなかったのだが、浜村純は元憲兵、ロイ・ジェームスは日本人との混血児で戦中は混血児ということだけで、いじめにあっていた。
その三人が都会の雑踏の中でデントン暗殺計画を、ことこまかに話すのだが、それが密室ではなく、交差点だったり、陸橋の上であったりというのが逆にいい。
そこでの市川崑の撮り方が、往来を完全な俯瞰から撮ったり、陸橋の上でも三人の手前をバスなどが走り、奥には電車が走っているなど、画面構成が凝っている。けれど嫌みではない。
組織のリーダーである浜村純のもとに、組織のスポンサーであり、陰で操っているボスから電話が入り、浜村純は按摩に変装して彼に会いにいった。応接室にて対面するふたり。
「我々はいつまでこんなことを続ければいいんですか?」
「気にすることはない。君たちはこの10年間見事に仕事をやり抜いてきたんだ。これは奇跡だ。もっと自分にプライドを持った方がいい。プライドを失った人間の末路は分っているだろ・・・」
浜村純の目の前にいるその男こそ、まぎれまないデントンであったのだ。
「わたしは二日後にアメリカに一時帰る。その期間、一時組織を解散し地下に潜るのだ。時期が来たらまた招集をかける」
混血児が運転する帰りの車の中、浜村純は怒りを爆発させていた。
「ちくしょう!デントンのヤツ!俺たちをいつまでも支配しやがって!もとはと言えば脱走兵じゃないか!しかも逆らえば殺すと脅してきた!」
「あと二日しか時間がない!殺るしかない!」
みんなが揃った一室。そこではある実験が執り行われようとしていた。
シリンダーに取り付けられた小型の車輪。それが電動式で勢いよく回転している。そこに接着剤なのか、なにか分らないが船越英二が液体をかける。すると車輪は回転できなくなり、固定している機械自体が暴れ出しショートする。すべて分っていたかのように電源を抜く船越。
「それで八百さんの仕事はだな。◯◯分、横浜発の上り貨物列車に乗り、この液体が入った瓶のある貨物室の床に二つ穴を開け、積んである瓶をすべてたたき壊すんだ。すると液体が漏れ出し列車は止まる。計画通りにいけば、そこへデントンが乗った電車が追突し、デントンは死ぬ」
「ちょっと待てよ!デントンは死んでもいいぜ!でも他の客たちはどうなるんだよ!」
「巻き添えを食って死ぬ者もいるだろうな」
「死ぬ者もいるだろうなって、悪人しか殺さないって言ってたじゃねえか!」
「これしか方法はないんだ!もう時間がないんだ!」
「てめえら気が狂いやがったな!デントン殺るにゃ俺一人で突っ込んでやるよ!」
もみ合いになる四人。しかし腕力なら勝新の方が上。三人をのした上に勝新は拳銃をかっぱらってデントンのもとに向かった。
あるホテルで催されているパーティー。その奥の方にデントンがいて、タキシードを着た勝新は一直線にデントンに向かおうとする。
だが、ボーイが行く手を阻んだり、日系人みたいなのがペラペラ英語でしゃべりかけてきて、異変に気づいたデントンは姿を消してしまう。周りが次第に包囲されていることに気づいた勝新もホテルの自室に一旦帰る。だが、そこには従業員の格好をした江利チエミがいた。
「なんだい。またあんたかい。本当に俺の行くところには、どこでも現れるね」
「言ったでしょ。あなたに少し気があるって」
「それはありがたいんだけどさ。俺は今それどころじゃないんだよ」
ピーンポーン。ドアベルの音が鳴る。
「なんだよ。うるせえな」
勝新がドアを開けると、そこにはボーイの格好をした刺客がいて、格闘になる。最後は刺客をバスルームに連れ込みのしてしまうのだが、タキシードがびしょ濡れに。
「あ~あ。貸衣装屋に怒られちまうわ」
そういって勝新は、腹に巻いていたさらしから金を取り出し、この金でホテルの支払いと貸衣装の代金を払ってくれと、江利チエミに頼み、ジーパン姿に着替えると部屋をあとにした。それを確認し、江利チエミは某所に電話を入れるのであった。
ホテルから出て行こうとする勝新だが、完全にデントン一派に見破られ、都会の中を逃げ回ることになる。このシーンの市川崑の撮り方が本当に秀逸である。
路地裏を疾走する勝新を手持ちカメラで追ってゆく。画面はぐちゃぐちゃになるのだが、迫力がすごい。この作品は64年だからおよそ深作欣二の「仁義なき戦い」より10年は早かった。そのまま手持ちで、空き地のフェンスを飛び越えてゆく勝新を追う。
別のカットでは、本当にせまい建物と建物の間に勝新が突入してくるところを、カメラを正面に据えて捉え、次のカットでは大きく画面を引いて、建物同士を入れ込み、そこから勝新が飛び出してくるなど、大胆でいて綿密な画面構成をしている。
この作品は大映製作なのだが、あの大映の重厚な感じとか、画面の重たさというものがなく、逆にどこまでもアクション映画であるところが凄い。
この作品を見て、少し市川崑監督のことを調べてみたのだが、監督はもともとアニメーターだったそうである。それゆえに、あそこまで面白い画面作りができるのかとも思った。
あと市川崑監督は巨匠ではあるのだが、フットワークがある。映像表現と名のつくものならなんでもやってしまう貪欲なところがある。
例えば自分の場合、一番最初に市川崑の名前を強烈に記憶したのは、テレビ時代劇の「木枯らし紋次郎」だった。あのタイトルバックの斬新さは、今でも格別な光を放っている。
それにウイスキーのCMとかも手がけている。
黒澤明とかも、もちろん巨匠なのであるが、さすがにテレビドラマとかはやらなかった。逆にそういったなんでもやってしまうところに、市川崑のすごさがあると思う。
あと忘れてはならないのが勝新の存在感で、このシーンでもジーパン履いて都会の中を疾走する。しかしそれが、現在の八頭身あるモデルみたいな俳優の体型ではなくて、ずんぐりむっくりして短足な勝新が、ジーパン履いて路地を、空き地を走り回るのだから絵になるんである。
豆タンクがまさに爆発している様を表現できるのである。男が持っている熱さを具現できるのである。
で、結局勝新は後頭部を殴打され記憶をなくす。次に気がついた時はトランクの中で、そこが開くと背景は藍色に深く染まった空で、ふたりの人間のシルエットしか見えない。縛られたまま空き地のようなところに連れ出される勝新。
「てこずらせてくれたな八百さん」
「お、おめえらは!」
「悪いけど君には死んでもらうよ」
そこに船越の姿はない。
「な、なんだっておめえら、そんなにデントンを目の敵にするんでえ!」
「君も察しが悪いな。デントンこそ我々のスポンサーであり、ボスなのだよ。しかしもうデントンのいいなりはごめんだ!やつはもともと脱走兵のくせに!」
「なんだって?じゃあ俺は殺し屋の殺し屋に騙されていたってことかよ!」
「そういうことだ。死ね」
「わりーけどよ。タバコ一本くれよ」
タバコをふかす勝新。と、そのすきを見て海に飛び込んだ。
「ちきしょう。車がくる逃げろ」
遠くからダンプがやってくる。運転手が降りると、それは冒頭のひき逃げ犯だった。なにげなく海を見る運転手。するとそこには勝新が浮いている。
「ギャーッ!死体だーっ!」
「死んじゃいねえよ。はやく引き揚げろよ」
「あっ!あなたはあの時の。いやその節はお世話になりまして。おかげさまで被害者の方も最近歩けるようになりまして。でも会社は慰謝料や治療費を払ってくれなくて、私が毎月払っているんですよ」
「いいからはやく引き揚げろよ!!」
屋台で酒を飲んでいるふたり。
「おまえも飲めよ」
「私酒はダメなんですよ」
「ちゃっ!つまらねえ!俺はむしょうに腹にきてんだよ!」
「はあ。そうですかあ」
「ここから横浜駅まで、どのくらいかかるんだよ?」
「歩いても20分とかからないですかね」
「よし!オヤジ釣りは要らねえから取っておけ!」
そう言って万札を差し出す勝新。屋台から去ろうとするが、かなり酔いが回っている。そのさらしから大金を取り出す。
「おまえもこの金取っておけ。その代わり慰謝料以外のことで使ったらぶっ潰すぞ!」
勝新が電柱を見ると、斜めに見える。本当に傾いているのだが、勝新が電柱に体当たりすると、その電柱がまっすぐになる。そこに市川崑のユーモアセンスを感じる。
千鳥足で操車場に現れた勝新。そのまま貨物列車に乗り込み、列車はレールの上を滑り出す。ジャッキー・チェンとまではいかないが、列車の屋根の上でアクションを見せる勝新。そして船越が破壊工作を行っている貨車に辿り着く。
「八百!」
「なんの罪もない人たちを巻き添えにしようたってそうはいかねえぞ!」
「邪魔するな!これは俺が考えに考え抜いた完璧な計画なんだ!」
「てめえ!頭おかしくなってるんでえ!」
始まる死闘。船越はスパナで勝新を攻撃してくる、が勢い余って貨車から転落。そのまま死んだ。
勝新はボロ切れに火をつけ、それを線路に投げ捨てると、自身も毛布にくるまり線路に身を投げた。
デントンを乗せた電車の運転手は、線路上に何か燃えているものを発見し、緊急停車した。デントンを乗せた車両に乗り込んでくる勝新。デントンに近づいてゆくが、またしてもボディガードたちに阻止される。すると、
「みなさーん。こいつらは麻薬密売組織なんでーす。犯罪者なんでーす」
と大声を上げるというごく原始的な手に出た。きょとんとしている乗客たち。すると今度はボディガードたちの胸から拳銃を引き抜き、床に放り投げてゆく。何丁もの拳銃が床に散乱する。ざわつく乗客たち。
そのうちの一丁を手にし、デントンに突きつける勝新。
「デントンはもらっていくぜ」
そう言ってふたりが電車を降りた瞬間にドアが閉まる。そのドアガラスに顔を押し付けて悔しがるボディガードたち。
その頃、浜村純とロイ・ジェームスのふたりは極度に神経質になっていた。計画通りにいっていれば、今頃デントンを乗せた電車は追突し、デントンは死んでいるはずなのだ。
しかしラジオを聞いていても、いっこうにそんなニュースは伝えられない。
電話のベルが鳴る。あわててそれを取る浜村純。
「フッフフフ。デントンは預かっているぜ」
「八百!貴様!」
「やつのせいでなにもかもぶち壊しだ!」
知能を巡らし、10年間に渡り完全犯罪を成し遂げてきた集団たち。確かに彼らは計算ができる。知能も高いかもしれない。だが、そんな彼らが唯一やってしまった誤算。
それはいっぽんどっこで熱血漢、もっといえば単純、単細胞な山田八百という男を仲間に引き入れてしまったことではないのか?
夜の埋め立て地にデントンを連れて行った勝新。
「ちくしょう!てめえ!もとはと言えば脱走兵だって言うじゃねえか!てめえもアメリカの税金使って日本に来たんだろ!税金無駄遣いしやがって!この野郎!」
ここにきて、そこからかみたいなことをわめく勝新。
「クッククク。君には礼が言いたいね。危ないところを助けてもらったんだからね。だが味わってもらおう。軍隊というものが、人間をどれほどの凶器にしてしまうものか」
そして繰り出されるチョップや蹴り、突きの前にボコボコにされてゆく勝新。
遠くから浜村純とロイ・ジェームスを乗せた車が迫り来る。そして江利チエミの正体はいかに!?八百いや、勝新の運命は!?
とにかく勝新太郎×市川崑という異能の個性が見事に融合した傑作である。