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執筆者の写真makcolli

家庭の事情

大映映画の特徴のひとつとして、画面が重厚であるということがある。

それは増村保造にしてもそうだし、川島雄三にしてもそうでし、時代劇を得意とする三隅研次にしてもそうである。

だがそのなかでも特に絵画性を感じさせるのが、吉村公三郎である。

そんな吉村公三郎監督作品を、某日久しぶりに渋谷シネマヴェーラで観てきた。

まず一本目の『夜の蝶』が、これぞ吉村公三郎という作品で、圧倒された。ストーリーは銀座の夜の世界という、割とありふれたものなのだが、とにかく京マチ子と山本富士子の女の戦いがすごい、と言ってもその戦いが東映のような腕っ節にもの言わせてというものではなく、あくまで神経戦、腹の探り合いで展開される。

そこに音楽家志望で、ホステスの斡旋業をしている船越英二とか、東京に進出を目論む百貨店のオーナー、山村聡とかが絡んでくるのだが、もともとバイオリニストだった船越が戦地で負傷し、指の自由が効かなくなった話とか、それぞれのキャラのバックストーリーが描かれていることで作品に厚みが増している。

俺の凡な文才では、この作品の凄さを書き記すことに限界を感じるので辞めるが、最後女の情念を爆発させる山本富士子の演技も素晴らしかった。

で、併映で見た『家庭の事情』なのであるが、大映得意のホームドラマであるが、そこにコメディ的要素も入れるという、俺としては今まで見た大映作品(末期のダイニチ配給時代を除いて)のなかでは一番笑ったものだった。

定年退職した山村聡は自身の退職金250万円を、自身も含めて四人の娘たちに50万円ずつ分配した。それを結婚資金にしろという。

山村はその後も関連会社に嘱託で務め続けるが、妻に死別したのち、男手一つで育てた娘たちのことを心配している。

すでに娘たちにはそれぞれの生活があり、そこからその50万円の使い道を巡ってドラマが展開される。

が、堅物に見えた山村であったが、飲み屋の仲居、藤間紫とはねんごろの仲であって、窓からトルコのネオンが見えるホテルに入り、風呂には枕絵のタイルなんか張ってあって、そこに藤間紫が、

「ねえ。ミーさん(山村のこと)、一諸に入ろうよ~」

とか言って甘えてくる。それに応える山村の演技も見事で、このふたりの絡みは本当に面白かった。ただ、藤間紫は、

「ねえ。ミーさん。わたし小料理屋開きたいのよ~。ミーさん、退職金出たんでしょ?貸してよ~」

とか言ってきて、山村の懐を狙っているのは、みえみえなのであった。

このシーンでクレイジー・キャッツの「スーダラ節」が流れているのも秀逸。

その頃、ホテルの外では次女が大映のジゴロ俳優と言ったら田宮二郎に口説かれ、さらに金を貸してくれ、兄貴の会社が潰れそうでとか言われて、さらに畳み掛けるように、

「思い出を作ろうよ」

とか甘い言葉をささやかれて、すんでのところでホテルに入るところであったが、その玄関に現れたのが、父である山村&藤間紫。

次女はすとっさに身を隠した。

一方、親戚のおばさん杉村春子は山村の家にやってきて、いい縁談があるという。

「いやー。うちの子たちもいい歳をしてみんな売れ残りばかりで」

とか山村が言うと、

「そうじゃないんですよ。あなたの縁談なんですよ」

と山村に縁談を持ちかけてきた。昔は親戚とか近所にかならずこんな親切、あるいはおせっかいなおばさんがいたもんだ。

その縁談の相手はこぶつき女であったが、杉村春子から山村のことを教えられ、通勤途中の山村をこっそり見ては、まんざらでもないという表情を浮かべるのであった。

その頃、次女は喫茶店にて田宮に山村からもらった50万円をそっくり渡してしまったのであった。

一方、ちゃっかり屋の四女は、同じ職場の川口浩たちに乗せられて、社内にて高利貸しをやることになった。いつも月末にはピーピー言っているやつらに50万円を元手に貸し付けて、ちょっとしたアルバイトをするつもりだった。

と、ここまで俺はストーリーを書いてきたのだが、ふと思った。川口浩たちが会社の屋上で四女を説得しているシーンなのだが、四女を真ん中にして川口浩も含めて六人ぐらいが、横一列になりカメラに向かって歩いてくる。次のカットではカメラに背中を向けて、遠ざかって行く。

そのように作品のいたるところに、印象的なカットがあって、あるいは画になるカットがあって、いつのまにか見ているこちらは作品世界のなかに引き込まれているのだ。

あとこの作品の脚本は新藤兼人で、この吉村&新藤コンビというのは、本当にいい映画を残している。同じ大映の『夜の素顔』や『女の勲章』など、隠れた名作を作り出している。

この作品もテーマとしては、ややもすれば陳腐になりがちであるが、そこをうまくだれることなく、新藤兼人の脚本が物語を展開している。

三女は働きには出ず、家事に専念していたが、長女の若尾文子は上司であり、愛人でもある根上淳に辞表をみんなのいる前で提出していた。

「君、辞表って言ったって突然だな」

「だって課長さんは、わたしがこの会社からいなくなったほうがいいんでしょ!?」

一瞬、ざわめく社内。根上は若尾文子を

課長室に連れて行った。

「次のあてはあるのかい? 」

「ないです。でもわたしこのまま、こんな生活つづけるのいやなんです」

「しょうがないじやないか。ぼくには妻子もあるんだから」

「あの時、結婚してくれるって言ったじゃないですか!」

「いまさらそんな娘みたいなこというんじゃないよ」

そう言って根上は強引に若尾文子の唇を奪うという、現在なら完全にセクハラで裁判ものになる行為を平然と行った。部屋から出て行く若尾文子。

その後、同級生のバーのママのところにいき、愚痴をこぼしていた若尾文子だが、そのママが売り物件の喫茶店があるから見に行こうということになり、行った先の喫茶店のママがあの山村の縁談の相手だった。

しだいに相手が山村の娘であると分ったママは、喫茶店を手渡すことを承諾し、若尾文子は姉妹たちに相談して、なんとかママと山村の縁談を成立させる作戦に出た。

日曜日に若尾文子の友人ということにして、ママを家に呼び、ジャズのムーディーな曲なんかかけちゃって、そのうちに自然と山村とママをふたりきりにした。

「まあ。たばこでも吸いませんかな?」

「ええ」

すげーママは色っぽい流し目とか使ってくる。それが笑える。

そのうちに山村は、ママが通勤途中にすれ違った人物であるということを思い出した。

「ねえ。どう?あのふたり」

「なかなか、いい雰囲気じゃない?」

山村は娘たち並びにママの作戦にはまりつつあった。

一方、ジゴロ田宮とつき合っていた次女だが、田宮からさらに50万貸してくれとか言われる。

「兄貴の会社のヤツがあの50万、持ち逃げしちゃちゃってさ。頼むよ!」

次女が困惑した顔をしていると、同じ会社の藤巻潤が現れ、田宮を一本背負いでのしてしまった。以後、藤巻はストーカーのように次女について回る。

その頃、高利貸しをしていた四女はあるカップルの結婚資金のためだと言って、川口浩から10万円貸してくれと頼まれる。

「10万なんて、とんでもないわよ!」

「ひと組のカップルの幸せのためなんだよ」

「そんなのわたしに関係ないじゃない!」

と、そこへそのカップルが現れ、

「このたびは僕らのために10万円を貸してくれるそうで、本当にありがとうございます」

と言ってきた。苦笑いする川口浩。引きつった表情を浮かべながらも笑い返すしかない四女。しかも喫茶店の支払いまで、四女にさせる川口浩。

と、そのまま結婚式に。そこで新郎が自分たちが結婚できたのは四女のおかげだと言い。ついでに川口浩は自分と四女は結婚すると宣言してしまう。四女は猛然とそれに反論するが、川口は、

「あれは彼女の照れ隠しなのであります」

とか平然と言ってのける。

その頃、若尾文子は喫茶店開店の準備に追われていたが、二階に住んでいるのが室内装飾家の船越英二で安く協力してもらえることになった。

そんな一種の喧噪をよそに、三女は家事をしていたが、そんな彼女のことを山村は心配していた。三女は今まで二回縁談に失敗しているからだ。

「今年は死んだお母さんの七回忌ね。やっぱり京都にお墓参りに行くの?」

「そうだな。でもみんな忙しそうだし、ふたりだけで行ってくるか」

「そうね」

その頃、山村は嘱託先の川崎敬三とかなり親しくなっていた。そこへあのもう出てこないのかと思っていた藤間紫から電話が入る。

「ねえ。ミーさん。今夜会いたいのよ~。絶対きてね~」

一方、喫茶店のママからも電話が入る。

「ええ。今晩8時に赤い扉と言う店に来て下さい。お待ちしております」

まず山村は川崎を連れて、藤間紫の務めている飲み屋に行った。

「もう。ミーさん。このあいだはごめんね。やっぱりわたしミーさんしか頼れる人、いないのよ~」

そう言って藤間紫と山村は、川崎敬三がいながらも、異常にいちゃいちゃしはじめる。たまらず川崎敬三は、

「ぼく便所行ってきますから、その間に大事なことは済ませて下さいね」

と言って、席を立つ。

川崎敬三がションベンをしていると、外の景色が上下に動いて、そこにビヨヨヨ~ンっていう効果音が入る。つまり川崎敬三がションベンをして、そのせがれを上下に振ったという映像表現なのだが、吉村公三郎ほどの大家がこんなこともやるんだと、びっくりした。

で、川崎敬三が部屋に戻ってみると、さっきのアツアツの雰囲気から180度転換し、おもいっきり冷たい空気が部屋の中に流れている。

「はい。お勘定は5720円です」

「たけえなー」

と川崎。それを睨みつける藤間紫。山村は帰り支度を始めている。藤間紫は金を受け取ると、そそくさと姿を消した。

「帰るんですか?」

「うん。さっきのは狂言だったんだよ。きょうこそはあの女の正体を見破ってやろうと思ってね。そしたら案の定、保証人になって欲しいとか言い出してね」

異常にいちゃついてくる女から、鉄面皮の女へと豹変する藤間紫の演技が最高だった。

その後、ふたりは「赤い扉」に行ってみた。

するとそこには家族みんながいて、喫茶店のママ、船越英二も一諸で若尾文子の開店祝いをしていた。

「開店祝いって、おまえじゃあ会社の方は?」

「辞めたんです」

「おまえ、わたしはこんな水商売をさせるために、あの50万円を渡したんじゃないよ」

他の娘が、

「だってあの時、お父さん、50万円は好きなように使っていいって言ったじゃない。頭古いわよ」

とか言っていたら、そこへ酔っぱらった根上淳が入ってきて、

「よっ!開店おめでとう。俺にもビール飲ませてくれないかな?」

とか絡んでくる。ウェイターが、

「本日はもう閉店なんです」

と言うと、

「閉店たって、こんなに客がいるじゃねえかよ」

とへ理屈をこねはじめ、ここにいる人たちは特別なお客さんで、とか言うと、

「なにか。じゃあ俺は特別な客じゃないって言うのか?言っとくけど、この女はなあ・・・」

と、みんなの前で若尾文子との仲をばらそうとする。そこへ船越英二が立ち上がり、

「君、もういいだろ」

と言われ、そのままヘッドロックされて店の外に連れ出された。

「わたしが会社を辞めた理由分ったでしょ?」

なにも言えない山村であった。

時間をおいて、次女が喫茶店で田村と待ち合わせしていると、またしても藤巻潤が現れ、次女に、田宮は次女と結婚する気はない、そればかりか取引先の娘と結婚し、そこの重役になる予定らしいと吹聴する。

「そんなの嘘よ。あなたいつもでたらめばかり言って」

そこに田宮が現れ、店をあとにするふたり。夜、ホテルに差し掛かったところで、今度は次女が田宮をホテルに誘う。

ここのライティングが素晴らしい。今の映画にしても、ドラマにしても被写体に全面的に照明を当てればいいと思っていて、ほとんどそういう撮り方しているのだが、この作品も合わせて吉村公三郎の作品が絵画的だと思えるのは、逆に被写体にはほとんど光をあてないで、顔は真っ黒なんだけど、逆に背景がすごく明るく抜けている、つまり画面の中にコントラストが生じているので、すごく画に厚みを感じワンカット、ワンカットに構築力を感じるのだ。

そのあと、次女は田宮に振られて、公園のベンチに座り泣き始め、そこに雨が降ってくるのだが、これもロケではなく、オープンセットで撮っている。

秋の日の夜。枯葉が舞っている。背景は秋を意識して薄く黄色にしている。もちろん照明もそれを意識している。次女が嗚咽しはじめると、それに合わせたように雨が降り出す。

あまりにも、あまりにも映画的なワンシーンではないか!

そこに、「もう。泣くなよ」と言って藤巻潤が登場する。

これはこういう画面を構築した吉村公三郎の才能も凄いのだが、同時に照明部、美術部の力量にも感服するしかなく、一種の職人性を感じる。

それを支えていたのが撮影所システムなのだが、とりわけ大映は一本に投じていた制作費の高さを感じる。

が反面、永田雅一社長、独裁体制。採算を度外視しての映画製作というのが、大映を倒産に追い込んだ要因だと思えるのだが、残ったものが素晴らしければそれもよしか。

その後、若尾文子と船越英二が結ばれ、これからふたりで夕食でも食べに行くかというシーンが出てくる。

で、ここも秀逸だと思ったのは、藤巻と次女が結ばれ、また明日とか言ってキスをして別れるのだが、同じ背景を使って今度は川口浩と四女がキスをして別れるという繰り返しのシーンで、川口が四女のおでこにキスをすると、四女が「ちゃんとじゃなきゃやだ」と言って、今度は唇と唇を重ねるのである。

そこに姉妹の性格の違いが反映されているのでは?などと思ってしまった。

一方、山村と三女は京都に墓参りに来ていた。その墓地を歩くふたりを俯瞰から追って行くカメラ。そして夜、旅館から東山あたりを見ているふたり。

「あの辺がお母さんのお墓かしら?」

「そう。あの谷になっているところがあるだろ?あそこだよ」

しばし時が過ぎる。

「なあ。あの◯◯君(川崎敬三のこと)っていい青年だと思わないか?」

「えっ、ええ」

「縁談してみないか?」

「でも結局、前みたいにお断りになるんじゃないかしら?」

「そんなことは分らないよ」

「お父さんに任せます」

その頃、東京の家では若尾文子に店を譲ったママとその男の子、そして川崎敬三が庭で野球をやっていてママが打ったボールが、遠く飛んで行き、となりの家のガラスを破っていた。

最後はハッピーエンドに終わったが、ラストシーンが冒頭のラッシュアワーに戻るというのも良かった。

吉村公三郎ワールドに浸かった一日だった。

そして久しぶりに友人に会い、酒を酌み交わしながら映画・音楽談義に花を咲かせたのも幸せだった。素晴らしい映画に乾杯!

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