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執筆者の写真makcolli

新いれずみ無残

某日、ラピュタ阿佐ヶ谷でレイト特集中の「盛り場最前線 男と女のブルース」における『新 いれずみ無残 鉄火の仁義』(68年)を観てきた。

最近のラピュタにおけるレイトショーは、俺にとって感度抜群である。夜の盛り場にうごめく男と女の悲喜こもごも。歌謡曲に乗って、演歌に乗せてモンドチックな夜の生態を描き出すB級、C級映画が俺は好きだ。

この手の路線は東映や日活の得意とするところであるが、『新 いれずみ無残』は珍しく松竹の作品ということもあって、好奇心をそそられホレホレと阿佐ヶ谷まで出向いたのであったが、これがとても松竹の作品とは思えないバッドテイスト溢れる作品であった。

夏八木勲はケチなゆすりでブタ箱行きになり、二年間臭い飯を食う羽目になった。しかし愛人である秋子は、二年間女の操を守り通してみせるわ、と夏八木と同様にその肌に連獅子のごつい彫り物を入れ、ムショの面会時に夏八木にその彫り物を見せるのだった。

だが二年間という月日は女盛りの秋子にとっては長かった。夜な夜なゴーゴークラブに赴いては男を漁り、くわえこむ秋子であった。

夏八木が出所して、結婚しようと言うことになり、京都の母がいる実家に挨拶にゆく新幹線の中、つわりに襲われる秋子。

「このアマ!どこの馬の骨とも分らねえ男のガキ孕みやがって!」

そう言って夏八木は非情に、鴨川の河原で秋子の腹に蹴りを入れるのであった。が、男たるもの信じていた女が自分の知らないところでガキを孕んでいたともなれば、蹴りの一発や二発は入れてやりたいと言うものでもあるから、夏八木のがさつ極まる態度もそれはそれでありなのかとも思う。

この事件があって以来、夏八木は秋子のヒモとなり、秋子にコールガールをやらせ、奴隷のようにこき使うのであった。

秋子は自分が泥沼に堕ちてゆくということを知りながら、夏八木との関係をずるずると積み重ねるのであった。

ところで、この秋子というキャラを演じている荒井千津子という女優なのであるが、まったくもってそれこそどこの馬の骨とも知れない女優である。

おそらく大部屋上がりの女優なのだろう。まったく持って華というものがない。逆に月見草のような楚々とした美しさもない。

だが場末のドブ板横丁のスナックの扉を開けたら、本当にそこにいそうなディープ&ソウルな雰囲気はムンムンに発散している。このことがこの作品に一種のリアリティーをもたらしている。

そんな秋子なのであるが一人寂しくある夜飲んでいた。そんなそれこそ盛り場にてエリート医者の一行が何の気はなしに歩いていたら、チンピラに因縁をつけられ、そのなかの正義感の強いヤツが、よせばいいのに歯向かったらボコボコにされ、ある店に連れ込まれさらにボコボコにされたのだが、

「待ちな!」

の威勢のいい秋子の声が飛んだ。

「あんたらちょっと顔貸しな」

「なんでえ。出しゃばる気か。このアマ」

そういって秋子はチンピラたちを路地に連れ込んだのであった。

「あんまり粋がると痛い目見るぜ。姉ちゃんよ」

「おう!おう!おう!どこのチンピラだか、愚連隊だか知らねえが、かたぎさんに迷惑かけやがって!一人ずつ仁義を切ってもらおうじゃねえか!」

そういって和装の秋子は片足をビール瓶の箱に乗せると、そこには彫り物が見えるのであった。

すっかり秋子の貫禄に負けたチンピラたちは、ビビって退散したのであった。

ボコボコにされた医者を介抱した秋子は、ヤツを愛車のフェアレディーのオープンカーに乗せると家まで送ったのだった。

しかしこれが運命の出会い。エリート育ちでボンボンの医者は、秋子が筋金入りのズベ公だということも知らずにべた惚れしてしまうのだった。何故か。

この秋子には妹がいて、それがここでも登場の松岡きっこなのであった。きっこは秋子の金で専門学校に通っており、秋子は妹だけには自分のようなふしだらな女にはなってほしくない、将来はデザイナーになってほしいと期待をかけているのだった。

だが、そんな秋子には次々と夏八木がセッティングするコールガールの仕事が舞い込み、仕事が入った時は夏八木からマンションにチャーシューメンが出前されるという不思議な仕組みになっているのだった。

この日も横浜のホテルのラウンジで待機していた秋子なのであるが、そこに奇跡のような巡り会いとして、あの医者が学会に出席するためやってきていたのだった。

とにかく医者のほうは秋子に一目惚れしていたので、なんとか再会できないかと恋いこがれていたので、こんな千載一遇のチャンス到来はなしと声をかけたのだった。

秋子は秋子で、夏八木の呪縛にうんざりしていたので、仕事をすっぽかし再び医者をフェアレディーに乗せて、横浜の街を走るのだった。

夜のナイトクラブに入る前、秋子は我が目を疑ってしまう。そこには長野に旅行に行っているはずのきっこが、フーテンたちとやさぐれている光景が待っていたのだ。顔を引きつらせる秋子。

「どうかしたのかい」

「な、なんでもないの」

ナイトクラブに入ると、そこでは青江三奈が「あっ。あっ」と吐息を漏らしながら「伊勢佐木町ブルース」を歌っているのであって、そのムーディーな雰囲気の中でふたりはチークダンスを踊るのであった。

「君の名前はなんていうんだい?」

「秋子とだけ言っておくわ」

「君の職業はさしずめ、デザイナー。そんなところかな」

「ふふふ。まるで見当違いだわ。あなたお医者様でしょ?」

「なぜ分るんだい」

「だって薬の臭いがするもの」

そんな秋子のもったいぶった態度がよりいっそう医者の心を燃やすのであった。

さして美人でない女でも、たいてい男はこのパターンに弱いものである。手練手管を知り抜いている秋子にとって、このボンボンの医者なんぞ、掌の上に転がすのになんの苦労もない男なのであった。

愛車で医者を自宅前に送ると、医者はいきなり秋子の唇を奪ってきた。インテリの知識ではどうすることもできない男としての本能に目覚めてしまい。おそらくパンツのなかはえらいことになっていたのだと思うが、そこは医者としての体面もあり、

「今、家の門を開けるからちょっと休んで行かないか」

と誘い、門を開けている時、秋子はアクセルを踏み込んでそのまま去ってしまうのであった。

「このアマ!どこいってやがったんだ!相手は五万円も払うっていう外人だったんだぞ!あんな青びょうたんみたいな男と、とんづらかましやがって!」

そういって秋子の頬にびんたを喰らわす夏八木。

「いてえな!この野郎!五万円払えばそれでいいんだろ!お前なんかあたしがいなけりゃなにもできないヒモじゃねえかよ!」

そう言って万札を五枚、夏八木に叩き付ける秋子。

「秋子・・・。怒ったのか?俺が悪かったよ。俺はお前なしじゃ生きていけないんだよ~。頼むよ~」

そう言って秋子に泣きすがる夏八木。このものすごいがさつな態度と、まるで赤ん坊のようにだだをこねる夏八木のギャップを見せつける演技がグッジョブ!

結局、またしても秋子はずるずると、夏八木を精神的にも肉体的にも受け入れるのであった。

このまったくもって家族揃って安心して見ることのできる松竹作品とは思えない映画なのであるが、家に帰ってビラを見てみたら、監督は関川秀雄という人でまったくもって有名ではないのだが、よく見ると東映の同じような路線の、梅宮の辰兄がスケコマシの限りを尽くす『ダニ』や『かも』と同じ監督だった。

この人はこういう系統の作品を撮らせると、異常な才能を発揮する人なのかもしれない。

松岡きっこがマンションに帰宅。

「あーあ。長野旅行楽しかったなあ。景色は綺麗だし、空気はおいしかったし」

とそらぞらしい嘘をつく。

「姉ちゃんをだませると思っているのかい!お前横浜でなにやっていたんだい!フーテンとやさぐれていたんじゃないか!わたしはお前には一流のデザイナーになって欲しいと期待していたんだよ!」

それを聞いて、きっこが堰を切ったように反撃に転じる。

「わたしだっていつまでもいい子でいられないよ。あんたがコールガールやって稼いだ汚い金で、学校なんか通わせてもらっても嬉しくなんかないや!」

「言ったなこの野郎!てめえの親父なんか旅芸人じゃねえか!一人前の口ききやがって!」

「あんたの親父こそ特攻隊じゃないか!」

「特攻隊のどこが悪いんだよ!立派にお国のために死んでいったんだよ!」

そしてキャットファイトを繰り広げるふたり。やはりこういう映画にはキャットファイト・シーンはなくてはならない。

「こんなところ出て行ってやる!」

そして飛び出してゆくきっこ。この姉妹は同じ腹から生まれてきたが、種は違うのであった。

きっこはその後、夏八木の口利きでトルコに就職。夏八木の背中をもみながら、

「わたし。この仕事合っているわ。だって指一本でじゃんじゃん稼げちゃうんだもの」

「おめえもなかなか度胸がいいな」

「わたし。姉ちゃんだけには負けたくないの」

そう意気込むきっこであった。

一方、秋子のマンションでは唐突にチャイムが鳴った。開けてみるとそこにはあの医者が立っていた。

「どうしてここが分ったの?」

「あなたの車のナンバーからね」

どう考えてもストーカー行為としか思えない医者のフライング気味な行動だが、それもこれも秋子に強く強く恋いこがれるがためのものであった。

「秋子さん。僕はこんな気分になったのは初めてなんだ。あなたを一目見たときからまるで雷を喰らったみたいに、強い衝撃を受けてしまって、どうしてもあなたが欲しくて欲しくてたまらないんだ!」

医者の狂おしいばかりに秋子を求める態度に戸惑う秋子であったが、決心したように、

「そんなに私が欲しければ、こっちにいらっしゃいよ」

と、寝室に誘うのであった。医者にしてみれば、ついにその時がやってきたかと思ったが、次に飛び込んできたのは、秋子の背中にごつく入っている入れ墨であった。言葉を失う医者・・・。

「どうしたの?わたしが欲しいんでしょ?」

沈黙。

「あなたが想像していたのと違って、私はこんな女なのよ。これで分ったでしょ」

頭を抱える医者。

「違う。違うんだ!僕は。僕は!」

シャワールームに駆け込む秋子。

「しょせん私とあなたとでは住む世界が違うのよ!言葉では何とでも言えるわ!これ以上私を困らせないで!帰って!帰ってよ!」

「秋子さん!話を聞いてくれ!」

磨りガラスの向こうに、むなしく響く医者の声。

このことがあって以来、より秋子はズベ公度を増し、夏八木との関係もよりねんごろになり、賭場ではいかさま博打を見抜き、胴元に、

「うちの賭場にいちゃもんつけようって言うのか!」

とドスを片手に凄まれてももろ肌脱いで、

「突くなり斬るなり勝手にしろい!」

と大の字に寝るのであった。

秋子との関係を修復したかに見えた夏八木だが、実はきっこと二股かけている悪質なタラシであった。

「おめえ秋子には負けなくないって言ってたな」

「うん」

「おめえになくて秋子にはあるものがあるぜ」

「なに?」

「彫り物よ」

そう言って夏八木はきっこを秋子の彫り物を彫った師匠のところへ連れてゆくが、きっこはひと針入れただけで悲鳴を上げる始末であった。

「わしはガキやチンピラの遊びにはつき合っておれん」

「し、師匠!」

そういって師匠はさじを投げ出してしまった。

しかし夏八木はこれなららくちんと、西洋式タトゥーを入れることをきっこに勧めたのであった。

一方医者は現代医学をもってして、皮膚の移植手術によって入れ墨を消すことを模索していたが、理論上は可能でも実際には無理なのではないかと苦悩していた。

そんな医者の姿を見ていた先輩は、医者をぐでんぐでんに酔わせ、やけっぱちにさせ、

「今夜は俺になにもかも任せろ」

と言い。夏八木にコールガールを注文し、自分はきっこを選び、あとの一人を医者のホテルの部屋へ赴かせることにしたのだった。

あとの一人、つまり秋子が部屋に入り、

「お客さん。ずいぶん酔っぱらってらっしゃるのね」

なんて言っていたら、相手があの医者だったので愕然としたのだった。

「な、なんであなたが!?」

「君は皮膚の人工移植手術を知っているか?現代医学はそこまで進歩しているんだ。僕に任せるんだ」

へべれけになってそう言う医者が恐くなり、秋子は逃げ去るように部屋をあとにするのだった。

そんな秋子を尻目に、さらに夏八木はきっこに入れあげ、ふたりはきっこのアパートで情事に及んでいた。そこに秋子が乗り込んできたから、さあ大変な展開、まさに男と女の修羅場が始まった。

「こんなことだろうと思っていたんだよ」

「なんだい!泥棒猫みたいに人の家に上がり込んできやがって!」

「秋子~。違うんだよ~。こいつが具合が悪いって言うからさ~」

とパンツ一枚の姿でなおしらを切ろうとする夏八木。

「こんな古靴みたいな男お前にくれてやるよ!そんなペンキみたいな入れ墨入れやがって!」

「秋子~!捨てないでくれよ~!頼むよ~!」

いつもの泣き落としの手に出た夏八木であったが、金ずるがいなくなってしまうという魂胆が見え見えで、今度という今度は秋子に捨てられるのであった。

それを見て、夏八木の正体を知ったきっこは涙を流す。

心機一転。新しい人生を歩こうと決めた秋子は、まず彫り物の師匠のところへ挨拶に行き、そこで師匠の紹介で料亭の女将さんの元で働くということになった。そこで一件落着と思いきや、

「なんでもきょう師匠が彫っている方は、大学出のエリートの方らしいですわよ。ちょっと見せてもらいましょうよ」

ということになり、仕事場に行くと、どこかで見たことのあるようなシルエットが横たわっている。師匠が、

「じゃあ。反対側を向いて」

と言うと、まさしく、まぎれもなくあの医者だった。

「な、なんであなたがこんなことを!?」

「秋子さんっ!?」

再び三たび奇跡のような巡り会いか?神様の悪戯なのか?とんでもないところで再会するふたりだった。師匠に、

「しばらくふたりにさせて下さい」

と願い出る医者。

「こうすることでしか!こうすることでしか!僕と君の距離は縮まらないと思ったんだよ!」

真顔でそう言う医者。この常軌を逸しているとしか思えない行為に、ついに秋子も根負けし医者に運命のすべてを託そうという気になるのであった。やはり男は押して押して押しまくるしかないようだ。

結婚することを約束したふたりは、さっそくその報告に京都を目指す。秋子の母に婚約の報告をしたふたりはやっとふたりきりになり、その肌と肌を通わせる。そこには揃いの連獅子の入れ墨があった。

「あなた因幡の白ウサギの話知っている?」

「えっ?」

「昔、わるさをした白ウサギが罰として皮を剥がされて泣いていたの。そうしたら大国主っていう神様が現れて助けてくれたの。あなたはわたしにとっての大国主様だわ。わたし今、幸せ過ぎて自分が信じられないの」

「どうして?」

「だってまだわたし、なにも罰を受けてないんだもの」

「そんなことはないさ。君はもう十分に苦しんできたんだ。もう幸せになってもいい頃だよ」

「わたし今夜は眠れないかも」

「大丈夫さ。僕が寝かさないよ」

そういって体を求め合うふたりの夜は更けていった。

翌朝、京都を散策するふたり。その寺の物陰には夏八木の姿が・・・。

渡月橋を渡っている時、急停車するタクシーが一台。そこから夏八木が降りてきて、ドスを片手にふたりめがけて突進してくる。やにわに医者に斬りつけ、医者は肩を斬られる。医者も反撃するが腕力では夏八木にかなわない。取っ組み合うふたり。その姿を見て、

「やめてーっ!やめてよーっ!」

と絶叫する秋子。ふと目をやると、ドスがそばに落ちている。反射的にそのドスを握りしめ、夏八木の土手っ腹に突き刺す秋子であった。

出血している医者を肩で背負い、

「これでいいのよー!これがわたしの罰なのよー!」

と渡月橋の上で叫ぶ秋子の引きの構図がラストであった。

いやー。ものすごいバッドテイストとモンド感であった。それでいてかなり見応えのある作品だった。笑ってしまえると言えば身もふたもないが、なぜそこまで医者が秋子に惚れ抜くのか?

これは論理とか理性とかを超えて、そうであるからとしか、そこに秋子がいるからとしか言えない、ものすごい力技を感じた。緻密に物語を組み立てるのも映画の醍醐味だが、圧倒される程の力技を見せつけられるのもまたいい。

それから姉に対抗心をむき出しにする腹違いの妹・松岡きっこ。そしてヒモの夏八木勲の設定もなかなかいい。

だが決定的だったのは、秋子を演じる荒井千津子のドブ板通りフレーバー100セントの存在感だった。まさか松竹にこんな作品があるとは思わなかった。

だから邦画を見るのはやめられない。

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