若い頃の倍賞千恵子は可愛いし、綺麗だ。
その倍賞千恵子はバスの車掌をしていたが、そこへ佐藤蛾次郎、倍賞千恵子の父を含む四人組の男たちが乗り込んできた。
彼らは当時、まだ珍しかったカラーテレビの段ボール箱を持っていたが、墓場前というバス停で降りる拍子に、段ボール箱を落とし、そこから出てきたのが人の足であり、周囲の人たちは仰天した。
1969年。
アメリカロック界においては、MC5の『Kick Out The Jams』。Bob Dylanの『Nashville Skyline』。Joni Mitchell、『Clouds』。Neil Yong、『Everybody Knows This Is Nowhere』。Crosby,
Stills & Nashのファースト。Captain Beefheart、『Trout Mask Replica』。C.C.R.、『Green River』。Santanaのファースト。The Band、『The Band』。Frank Zappaにおいては『Hot Rats』などが発表された。
また、イギリスロック界においては、Led Zeppelinのファースト。The Who、『Tommy』。The Beatles、『Abbey Road』。King Crimsonのファースト。Rolling Stones、『Let It Bleed』などが発表された。
黒人音楽界においては、この時期、まさにソウルからファンクへとの変革期にあった。その中から、The Temptationsの『Cloud Nine』。James Brown、『Say It Loud I’m Black And I’m Proud』。Sly & The Family Stone、『Stand』。The Metersのファースト。Isaac Hayes、『Hot Buttered Soul』などが生まれた。
1969年という文化的にも政治的にも革新期にあったこの年、その動きは音楽界にも波及し、傑作や衝撃作、重要作が生まれていった。
その頃、極東の島国日本においてはピーターの「夜と朝のあいだに」がヒットしていると言う状況であった。
そんな1969年。
松竹映画『喜劇 一発大必勝』の先に記した四人組の男たちは、墓場に行くと段ボールに入っていた死体をおんぼうに焼いてくれと頼んだ。69年の日本には、まだおんぼうが存在していた。
煙突がいくつも立ち並び、そこから煤煙がたなびく街。そこは陶器産業が盛んな街らしい。また登場人物の口調を聞いていると、どうもそこが中国地方であることがうかがわれる。
その街の中に長屋が寄り集まった、醤油で煮詰めたような町内があった。四人の男たちは、ここでつるんでいるらしくて、お互いに隊長や曹長と呼び合っていることから戦争体験があるようだ。
ちなみに蛾次郎は、その使い走りのような存在。
町内で唯一、インテリと言える存在が谷啓扮する左門。保健所に勤めていて、クラッシックを聴くことを好んでいる。
その左門は四人が死体として段ボールに入れ、バスで運ばれた人間、うまに対して棺桶代を四人に渡したのだが、その金を四人は飲みしろとして使ってしまった。
そのことを知った左門は、四人に対して説教をしたのだが、四人はのらりくらりと聞く耳を持たない。その態度にヒートアップした左門だったが、彼は心臓に持病があり、胸を抑え出した。
「く、薬」
「ほら。左門さん。そんなに興奮するからですよ」
「そんなこと言ったって、君たちはあの棺桶代を」
そんなことを言っている時だった。
暗闇、いや暗黒、さらに魔界、ジャングル、異界、幽界、冥界、この世ならざる場所。地底、アンダーグラウンド、魔窟。嵐の中からひたひたと足音を立てて、左門と四人がやりあっている家、それは死んだうまの家を目指している人影があった。
そして、その男はついに家の戸を開けた。
「よっ。うま、いるのかい」
「う、うまさんなら死にましたが」
「うまが死んだあ?」
「そういうあなたは誰なんです?」
「俺かい。俺はうまのダチっこよ。で、なんでうまは死んだんでえ?」
その男はただ半紙に、南無阿弥陀仏と書いてあるだけの祭壇に線香を手向けた。そして遺影には紛れもなく、いかりやの長さんのジョン・リー・フッカーにも似た顔がバッチリ写っていた。
「フグに当たって」
「フグ?」
と左門が言わなくていいことを口走る。
「この人たちはね。僕がうまさんの為にって用意した金を飲みしろに使ってしまったんですよ」
「なあにい。てめえら。最初からそんな了見だったんだろ!だいたいうまはフグに当たって死ぬようなタマじゃねえんだ!これさいわいにと、医者を呼ばずに見殺しにしたんだろ!」
「そ、そんなことないですよ」
「しゃらくせえ!今、てめえらにいいもんご馳走してやるからよ!」
そう言うと男はうまの骨壷からおもむろに骨を取り出すと、すり鉢の中に入れすりこぎですり潰し始めた。
「ちゃんと押さえてろ!コノヤロ!」
すり鉢を押さえている蛾次郎の頭をはたく男。
「ここでお湯を入れるんだよ!逃げるんじゃねえ!てめえたち!」
ことの異常事態を察した男たちは、家屋から逃げようとしたが、そこに男の怒声が飛ぶ。
すりこぎの先にはペースト状になった遺骨が付着していた。
「イッーヒヒヒヒ」
悪魔のように男は笑うと、その骨をペロリとなめてみせた。
「さあ。お前らもこれを召し上がるんだよ」
「ヒッー!」
「なんでえ。食えねえって言うのかよ。それならいいんだぜ。警察にうまを見殺しにしたことを訴え願ってもこっちはいいのよ。さあ!食え!」
順番にその口内に骨を流し込まされる男たち。屋外に逃げても執拗に、その魔界からやってきたかのごとき男は、男たちの襟首を捕まえ、その口内にどっぷしと骨を流し込んでゆく。
このシーンを見ていて、ある映画のワンシーンを思い出した。
やくざ映画の極北と呼ばれる作品『仁義の墓場』である。あの映画で主演の渡哲也は、死んだ女房である多岐川裕美の骨壷を持って、親分であるハナ肇の元に現れ、その骨壷に入っている骨をかじりながら、
「おやっさん。俺もそろそろ組、興したいんで200万ばっか貸してくれねえかな」
と言い放ち、ハナ肇の背筋を震え上がらせたのだが、『喜劇 一発大必勝』にて魔界からやってきて、人の口内にペースト状になった人骨を流し込むという悪魔の所業を繰り広げる男こそ、ハナ肇なのであり、ここに因果応報の理を見るのである。
ハナ肇の役所の設定はボルネオ帰りの男というものだが、とにかく素行が悪い、ガサツという範疇を優に通り越して、凶悪、凶暴と書いてもまだ飽き足らない、まさに魔物ともいうべき男なのである。
翌朝。
ハナ肇によって人骨を体内に流し込まされた男たちは、共同便所の前で七転八倒していた。この模様を目撃した左門は町内にコレラが蔓延したと勘違い。コレラ菌の元はハナ肇にあると、医者である左卜全を連れてきて、ハナ肇がいるうまの家をバリケード封鎖してしまった。だがハナ肇は、
「そんなもんでいいのかよ」
と言うと、簡単にバリケードを破り屋外に出てきた。
「しょー!もう頭きた!こうなったらかわいそうだけど、二、三人死んでもらうことになるぜー!」
そうハナ肇は雄叫びを上げると、丸太を持って長屋を破壊し始めた。ハナの暴力の前になすすべもなく家屋は、共同便所は倒壊してゆく。悲鳴を上げる人々。
こうしてハナは暴力によって町内を支配した。
ハナはうまの家に居座りはじめ、昼間から酒を喰らい、蛾次郎に体を揉ませるという暴君ぶりを見せつけはじめたが、それに対して毅然と立ち向かえる者は、町内には誰一人いなかった。
四人組の中の一番気弱な男がハナの様子を見にきた。
「あのー」
しかし、ハナは目をつぶったまま蛾次郎にマッサージをさせている。
「あのー。先生」
ハナは目をつぶっている。
「先輩。社長」
ハナは目をつぶり続けている。
「御大」
「おう」
御大の二文字にハナは反応した。
「御大はいつまで、ここにいるのでしょうか」
「いつまでいようと俺の勝手じゃねえか。それとも何かい。俺がここにいちゃいけねえ理由でもあるのかい」
「い、いえ。そんな」
「それよりよ。俺は死んじまったダチっこのうまのために、墓を立ててやりてえのよ」
「はあ」
「こうよ。御影石でできた立派なやつをよ」
「御影石だと相当費用もかかるでしょうね」
「そうよ。そこが問題なのよ。ここはひとつお前らで用立ててくれねえかな」
「用立てるって?」
「だから墓の費用をよ。いやならいいんだぜ。お前らがうまを見殺しにしたことを警察に言うだけだからな」
「ちょっと待ってくださいよ。金ならあるんですよ。町内で冠婚葬祭なんかのために積み立てている金が」
「そうかい。それじゃあ。その中かから五万もってこいや。なっ」
結局、ハナは五万を詐取すると、
「ガッーハハハ」
と笑いながら町内をあとにしたが、ハナに五万を渡した男は町内の者たちから散々に言われたのであった。
町内にある桜の木に雪が積もり、花が咲き、新芽が芽吹き、枯葉が落ち、一年が過ぎようとしていた頃。町内のみんなは団体でバスを借り切り、温泉旅行に行くと浮き足立っていた。車掌である倍賞千恵子は左門に赤ん坊を預けると、バスは発車した。
だが、その中で題目を唱えて占いをしている初老の女は言った。これから不吉なことが起きると。
一行がトイレ休憩している時だった。
トイレに行った四人組が慌ててバスに戻ってきて言った。
「頭を低くせいー」
みんなは何事かと頭を低くして、外の様子をうかがうと、そこにはトイレから出てくるハナの姿があった。息を飲むみんな。
「運転手。バスを出せー」
「まだつるちゃん(倍賞千恵子)が戻ってこりゃせんのよ」
「あのバカ。何してるんかのう」
外ではハナが倍賞千恵子に何事か聞いている様子だった。そして倍賞千恵子がバスに入っていくと、ハナはバスに視線を向けて、どんどん近づいてくる。
「運転手。轢いてもいいからバスを出せー」
ハナはガラス窓から車内の様子を覗き込むと、ドアを開け車内に入ってきた。
「おー!なんだ!お前らじゃねえかよ!元気だったか!」
「お久しぶりです・・・」
そのままハナはバスに乗って温泉旅館までついてくるのであった。 旅館の宴会場にて。
「ガーッハハハ。お前ら今でもうまの骨の味が忘れられねえだろ。ガーッハハハ。懐かしいなあ。あの白豚(谷啓のこと)、元気かよ!白豚よ!」
それでも町内の四人組はハナの調子に合わせて笑い。ビールをそのグラスに注いでいた。しかし魔物であるハナは大浴場にて、学生たちと乱闘騒ぎを起こし、旅館を混乱に陥れた。
この作品の監督は山田洋次である。だが、ここまでエゲツない山田洋次の作品は見たことがない。ここには何かがあるはずだ。オープニングのタイトルバックに書いてあった。脚本に山田洋次ともう一人の名前が。
その男の名前こそ、森崎東である。森崎東は山田洋次とは同世代で、松竹で喜劇を量産していた監督だ。しかしね。山田洋次が「男はつらいよ」シリーズを開始し、喜劇の中にも家庭、つまりファミリードラマを描いていったのに対して、森崎東は喜劇の中に貧しき者、時代から取り残されていった者の怨嗟のようなものを描いていった。
山田洋次が渥美清を起用して、「男はつらいよ」を国民的映画にしていったことは当然知られているが、森崎東が起用した際の渥美清は別の顔を見せつける。
その際の渥美清は『喜劇 一発大必勝』におけるハナ肇に近く、粗野で暴力的で品位のかけらもないキャラなのである。
そんな森崎東&渥美清タッグの代表作、『喜劇 男は愛嬌』におけるオープニングは、時代から取り残された集落のバラックにカリウスに冒された少年が寝ていて、その傍らではシャーマンのような男が、
「悪魔がやってくる!悪魔がやってくる!」
と叫んでいたら、そこにダンプに乗った渥美清が突っ込んでくるという強烈極まりないものであるが、その渥美清はマグロ船の漁師でインド洋から帰ってきたという設定。対するハナ肇はボルネオから帰ってきたという共通項を持っている。
このようにいずこからか訪れる者や神を民俗学では、客人(まれびと)と呼んでいる。さらに文化人類学においては、既存の世界観や価値観を混乱させる存在をトリックスターと呼んでいる。
『喜劇 男は愛嬌』の渥美清や、『喜劇 一発大必勝』のハナ肇が客人であり、トリックスターであることは言うまでもないだろう。
考えてもみて欲しい。日本神話のスサノオの命が天界を混乱させるトリックスターであり、同時に怪物、ヤマタノオロチを退治するために訪れた客人であったことを。
このようなことを考えると、『喜劇 一発大必勝』は山田洋次の監督作品でありながら、森崎東色が濃いという異色作かもしれない。
だが、それも物語前半までで、ハナ肇が温泉旅行に行ったみんなと一緒に町に帰ってきて、再びのさばり始める後半になると、やはり山田洋次的に収まりのいい方向に向かってゆくのだ。
町内に帰ってきたハナは蛾次郎に五右衛門風呂を沸かさせて、ひとっぷろ浴び、
「あとで水虫かけよな」
なんて再び暴君ぶりを発揮し始めた。
倍賞千恵子の父である隊長、そして曹長などはハナに三万の手切れ金を渡して、町内から出て行ってもらおうと、ハナが巣窟にしているうまの家に向かった。
「あの。この金で・・・」
「うん?なんだ。この金?くれるっていうなら預かっておくぜ。それより鰻重があるんだよ。とびっきりのよ。いやだっていうならいいぜ。俺が全部食べるから。お前らの金で取ったものなんだからよ」
で、隊長、曹長、蛾次郎などは結局、鰻重を食べながら酒を飲み、ハナとどんちゃん騒ぎを繰り広げるといういつものパターンにはまっていった。
谷啓演じるところの左門は、倍賞千恵子に気があるようだった。だが倍賞千恵子には赤ん坊がいて、なにやら訳ありの女のようであった。
左門は倍賞千恵子の家に間借りをしていて、食事をするのも一緒の生活であり、町内の者からはまるで本当の夫婦のようであると、からかわれていた。
一升瓶をラッパ飲みしたハナは言った。
「あの鶴とか亀とか言った女連れてこいや。あのバスの車掌のよ。酌させーや。俺の酌をよ」
「いや。御大。あんな女なんか御大の相手をする女と違うんですよ。女なら芸者でもなんでも呼びますきに」
「いいから!あの女連れてこいや!」
蛾次郎は倍賞千恵子の家に走った。
「大変なんじゃー!ゴリラがつるちゃんに自分の酌させー言うてきかんのじゃ!つるちゃん!はよ、逃げー!」
「なんでわたしが逃げにゃならんの!」
「大変なことになるきに!逃げー!」
「わたしゴリラのところに行ってやる」
町内の者たちはハナに対して表では御大と呼んでいたが、裏ではゴリラと呼んでいた。
うまの家の戸を開けた倍賞千恵子。
「おう。やっときたか。まあ。こっちきて座れや」
倍賞千恵子はハナの前に座った。
「やい。ゴリラ。わたしを裸にさす言うならしてみい。いくら裸にしても心までは自由には、できせんのじゃから。わたしはな。あんたみたいに人の金をたかって生きているようなモンを見ると叩き潰してやりとうなるんじゃ!」
そう言うと彼女は家から出ていった。
そして家の前で町内のみんなが集まるなか、ヒステリックに声を上げているのが左門であった。
「やい!ゴリラ!よくもつるちゃんを侮辱してくれたな!表へ出てきて僕と勝負しろ!このゲジゲジ!」
そして持っていた生卵を投げつけると、それはハナの頭に命中した。当初、呆然とした様子のハナであったが、ヤツの心の中に巣食っている悪魔の心に火がついたのか、猛然と屋外に飛び出し、そのまま納屋のようなところへ飛び込んでいった。
だがである。そこには町内では少しオツムの効く左門が罠を仕掛けていた。
左門は納屋の入り口にスコップの金属の部分を頭にして置いた。そして勢いよくハナがそれを踏んだ反動で、柄の部分がハナの頭に命中したのであった。
しばらくの静寂のあと。納屋から出てきたハナは頭から流血し、そのままその場に倒れこんだ。
様子を見ていた町内のみんなだったが、ハナが意識を失っていることを確かめると、これ幸いにと袋叩きにするのであった。
しばらくして左門が部屋でカセットプレーヤーをかけて、クラッシックを聴いている夜だった。突然縁側にハナが頭に包帯を巻いて現れ言った。
「それはなんて言う曲なんでえ」
「メ、メンデルスゾーン」
「めんどり?そりゃあ。今年は酉年だからなあ。そんな曲もヒットするよなあ。ところでよ。あのつるって女、なんか訳があるんだろ。そこんところを教えてくれねえかな」
「そんなこと君には関係のないことじゃないか」
「そうかい。悪かったな」
ところが。
倍賞千恵子の周りを絶えずうろちょろしている男がいて、こいつが芦屋小雁であった。そして小雁はことの内実をハナにペラペラと喋ってしまった。
それによれば倍賞千恵子には夫がいるのだが、この夫が数年前、チンピラだか愚連隊だか知らないが男たちとつるんで、ゆすりたかりをやり現在は大阪の刑務所に服役している。
倍賞千恵子が離婚してくれと頼んでも、夫は30万円を払わなければ応じないと言い、その夫の子分が小雁なのであり、絶えず彼女のもとをうろちょろしては、しつこく30万を払うようにと迫るのであった。
その話を聞いたハナはそのまま小雁を井戸の中に放り込んでしまった。
そして夜が明けると、
「おりゃあよう。飯場行って稼いでくるからよう。じゃあな」
とか言って、町内をあとにするのであった。
殺伐とした荒野。
そこで左門は持病である心臓病の発作が起こり、地面に倒れこむ。次のカット。左門の頭は地面に転がっている。それを見つけた倍賞千恵子は、悲鳴を上げて左門の頭を谷底に投げ捨てるのだった、というのは左門の夢落ちというシーンがあった。
保健所の仕事で建設現場に行った左門は、そこでハナと再会する。
「イッーヒヒヒ。なんでも金が必要らしいじゃねえかよ。俺の知り合いにタコっていう男がいてよ。そいつはな。現場で自分の指を一本切っちゃ労災をもらってよ。それで食っていたのよ。そのうち手と足の指全部切っちまってな。バレて、今じゃ豚箱にいるけどよ。金なら一芝居打てばいくらでも工面できるのよ」
そう言うとハナは足場の先端に向かって行った。
「それじゃあ。ここらで一発行くとするかあ」
それを見ていた左門が言う。
「やめろ!おい!危ないじゃないか!」
「ガタガタ騒ぐんじゃねえよ。それじゃあ行くぜー」
そう言うとハナは足場から飛び降りた。しかし、その落下地点目指して左門が走りこんでくる。気付いた時には左門はハナの下敷きになり、うめきもしなかった。
病院へ運ばれた左門。
「おい。ヤブ医者。どうなんだよ」
左卜全が左門の瞳孔を確認する。
「死んでるな。こりゃ」
これには笑った。左門はハナが落下してきた衝撃をくらって死亡したのだ。
町内では左門の通夜が営まれていた。
左門の棺の前に座り、涙ぐみながら焼香をする倍賞千恵子。と、そこへ泥酔したハナが乱入してくる。
「俺が悪いんじゃねえよ。俺がこいつを殺したんじゃねえよ」
「あんたが左門さんを殺したんだ!」
「なに言ってやんでえ。こいつが勝手に飛び込んできてよ。それまでよ」
祭壇の前にはカセットプレーヤーがあり、左門追悼のためにクラッシックが流れている。
「よーし!見とけよー!」
言うなりハナは棺桶の中から左門の死体を取り出し、チークダンスを踊り始めた。
「ぎゃー!」
騒然とするみんな。
しかし、この元ネタは落語の「らくだ」にあると思える。落語「らくだ」には屍人にかっぽれを踊らせるというくだりがあり、このシーンはここから取ったと言える。
さらに、この時期の山田洋次の作品に『運がよけりゃ』と言う時代劇があり、これも落語のエピソードを集めたものになっていて、この時期の山田洋次は相当に落語から影響されていたことが分かる。
ハナが左門の死体と踊っていると次第に、
「痛いな」
とか、
「足を踏んでいるよ」
という声が聞こえてきた。
「やかましい。死体がしのごの言うんじゃねえよ」
最初はそう言っていたハナだが、ことの次第に気づくと、
「さ、左門。てめえ。血迷いやがったな。ま、迷わず成仏しやがれ!」
と言ったが、左門は、
「なんで。僕がゴリラと踊らなくちゃいけないんだよ。迷惑だよ」
と言い返す。さすがに肝を冷やしたのか、そのままハナは家を出て行ってしまった。左門は持病の心臓病によって、一時的に仮死状態になっていたが再び蘇生したのだ。
町内の近くにある空き地。
そこに左門と倍賞千恵子は座っていた。左門は何事か言い出したい様子であったが、決心がつかないようであった。
「左門さん。こんなところに呼び出して、話があるんでしょ」
「そ、その僕は・・・」
「結婚の話でしょ。そのことならね。考えて欲しいの。まだわたし、籍は入ったままだし。今のわたしと結婚しても、左門さん幸せになられるのか分からんもん。じゃあ。わたし行くわ」
「ちょ、ちょっと。つるちゃん」
左門が倍賞千恵子のことを追いかけると、そのまま肥溜めにはまり糞尿をどっぷし浴びた。
それからどれくらいの時間が経過したことだろう。廃車になったバスが風に吹かれている。
そのバスの中には、Bob Dylanの歌う「Like A Rolling Stone」のように転落した左門が寝ていた。
と、そこに急激な衝撃が加わりバスは横転する。
「危ないじゃないか!なにをするんだ!」
バスを横転させたのはブルドーザーであった。グラサンをかけたブルドーザーの運転手が降りてきて、そのグラサンを外すと、その人はハナであった。
「おっ!てめえ!左門じゃねえか!さては、あの後家にフラれたな!」
「そんなことどうでもいいじゃないか!」
「よーし!こうなったら!ここで決着をつけようぜ!」
そう言って二人は取っ組み合うのだが、なにかその姿はじゃれ合っているようにも見えるのであった。
というところにエンドマークが浮かぶ。
おそらく山田洋次の映画史上において、最もエゲツない作品であることは間違いない。そのエゲツなさは脚本に森崎東が絡んでいることが原因だろう。
しかし怪物であったハナ肇が後半になると、困っている倍賞千恵子と谷啓を助けようとし始め、最終的には谷啓との友情が芽生えいるという形になっているのは、山田洋次らしいとも言える。
森崎東が監督したハナ肇主演作もあるそうだ。これは絶対に見てみたい。