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執筆者の写真makcolli

暴力戦士


腐っても石井輝男は石井輝男なのか。

1979年公開の東映映画、『暴力戦士』を観てその感を抱いた。

冒頭、神戸は六甲山で開催されたロックフェスに出演し、

「♫ああ 今 地獄のベルが鳴る」

と熱唱する石橋凌をボーカルとするA.R.Bが熱いステージを繰り広げる。

が、ここで書いておきたいのは、79年という日本のロックシーンの中におけるA.R.Bというバンドの立ち位置である。

片一方では東京ロッカーズなどが台頭しつつあり、日本でもパンクロックというものが浸透しつつあった。その中でA.R.Bも現れてきのだが、パンクというにはセンスがない。

はっきり言ってダサい。

あれから40年経った現在、A.R.B再評価の動きが1ミリもないことを知れば、このバンドが何を残したか、自ずとわかるだろう。

ちなみに俺は高校の時にテレビで、A.R.Bのステージを見たのだが、すでにドラマー、Kiethのドラムはよたっていた。このようなことをこれ以上書き連ねれば、A.R.Bファンから殺されると思うので、そろそろやめておこう。

だが79年のロックコンサートなどと言えば、現在の去勢されたそれとは違い、喧嘩が勃発するなどということは日常茶飯事だったのだろう。パンタが客に唾を吐きかけた話など、有名なことである。

で、六甲山でのA.R.Bコンサートにおいては、地元の不良グループ、ドーベルマンキッドと東京からやってきた不良グループ、ストリート・ファイターズの間で乱闘騒ぎが始まった。

しかし、この乱闘を含めてコンサートのシーンが石井輝男にしては、野暮ったい感じを受けた。A.R.Bの演奏はあくまでアップを中心に撮っていて、そこに乱闘の模様がインサートされるのだが、会場の全景を写したカットが一回もなく、それぞれをつなぎ合わせ、はめ込んでいる感じが否めない。要するに自然ではないのだ。

その乱闘の中で警察が駆けつけ、ファイターズのリーダー、田中健とドーベルマンキッドのリーダーの妹、岡田奈々の手首を手錠で繋いでしまう。

そのまま二人は繋がれたまま、混乱する会場を後に逃げて行く。

作品の要所、要所にうまいと思わせるものもある。

例えばこの次のシーンは田中健と岡田奈々がローラースケートを履いて、坂道を滑り降りてゆく。そして、それをドーベルマンキッドたちもローラースケートで追ってくるのだが、カメラは、その滑走感をうまく映し出している。

その中で反対車線から迫りくるダンプカーや、滑走するドーベルマンキッドたちをカーブミラーで映し出すなど細かい細工もなされている。

だが作品全体を通して言えば、69年に石井輝男の才能が炸裂していた「異常性愛路線」や73年の『やさぐり姐御伝 総括リンチ』などの冴えた感じとは程遠い。

それをひとえに石井輝男の才能の枯渇とみなすか、それとも邦画全体の質的低下と考えるかは問題の残るところだろう。

ともかく神戸の街に辿り着いた田中健と岡田奈々は、繋がれた手錠をバンダナで隠し、夜の街を歩く。

田中健、素肌に革ジャンを羽織っているというてい。岡田奈々、ワンピースに革ジャンを羽織っているというてい。

当然、二人は反目しあっているグループのリーダー格同士なので、お互いに明後日の方向を見ていると言ったふうで、お互いを罵り合い、こんな手錠さえなければと嘆いている。

ここまでの展開を観た時に思った。あっ。これは「手錠のままの脱獄」だと。

石井輝男の代表作で、高倉健を主演に据えて製作された作品『網走番外地』は、物語の終盤、高倉健と南原宏治という反目する二人が、手錠で繋がれたまま脱獄を謀る。

この設定はアメリカ映画の『手錠のままの脱獄』という作品を借りていて、ここでは白人と黒人が手錠で繋がれて、脱獄を謀るということになっているんだそう。

『暴力戦士』の脚本は石井輝男自身が書いているから、ここで「手錠のままの脱獄」を引っ張り出してきたのかと思った。

ストーリーは要約できるぐらいシンプルなものである。

手錠で繋がれた二人は、その手錠を外すために東京を目指すというロードムービー的要素も入っている。そして田中健が指笛を吹くと、ファイターズの連中が現れて、ボスである田中健を助けるのである。

その中で反目しあっていた田中健と岡田奈々は、次第に惹かれあっていくという展開になっている。

岡田奈々を奪い返そうとするためなのか。ドーベルマンキッドの連中は、執拗に田中健やファイターズにローラースケート(この当時、ローラーゲームというのが流行っていたのを覚えている。ローラースケートのコースで、相手にエルボーなどを喰らわすゲームで、東京ボンバーズなどが有名だった)や、自転車に乗ってパチンコ玉を打ち込んでくる攻撃、野球のユニフォームに金属バッドを持っての攻撃などを仕掛けてくる。

この攻撃の理由を岡田奈々は、自身の兄でドーベルマンキッドのリーダーは、妹である岡田奈々のことになると見境がなくなってしまうのだと言うが、そのリーダー自身は姿を見せることもなく、ストーリーに絡んでくることもないので、一体なぜ二人が追われているのか判然としないまま物語は進行していく。

こんなこともあった。

ファイターズが逃走のためにポルシェを用意したのだが、左ハンドル車で手錠によって左側に繋がれている岡田奈々は運転ができないと言う。

仕方なく不自由な姿勢のまま田中健が運転することになったが、警察に捕まりそうになると岡田奈々は華麗なドライビングテクニックを駆使し、そのまま車をモーテルの中に滑り込ませた。

「お宅さん、ずいぶん積極的な女なんだな」

「なに。言っているのよ。トイレに行きたくなっただけ。あっち。向いててよ」

夜の船上はデスコ(当時はディスコという呼称よりも、デスコが一般的であったと考えられる)になっていて、二人は繋がれたまま踊ったこともあった。

そこにドーベルマンキッドの追手がやってきて、ファイターズたちはこの車に乗れと言って、二人をトラックの荷台に入れた。そのまま発車するトラック。荷台の中で座り込む二人。

「男臭いからあっち行ってよ」

「お宅さんだって、女臭いよ!こんな手錠さえなければ、とっくにおさらばしているところだよ!」

この当時、第三者のことを「お宅さん」と呼ぶことが、若者の中で流行っていたのか?

「ねえ。なんか寒くない」

「あ、ああ」

そう言って田中健がジッポーライターに火を灯し、荷台の中を照らしてみると、そこには吊るされた牛肉がいくつもあった。

「これは冷凍車なんだ!」

「それじゃあ。わたしたち・・・」

ことの重大さに気づいた二人は、運転席側の壁を力の限り叩きだす。

「おい!開けろ!車を止めるんだ!」

「開けて!死んじゃう!」

田中健が岡田奈々を見やると、その頬には涙が伝っていた。おもむろに岡田奈々を抱き寄せる田中健。そして、その背中をさする田中健。

「大丈夫だよ!死にやしねえよ!あったかいだろ!寒くねえかい!」

その腕の中で、うなづく岡田奈々であった。

冷凍車は名古屋で止まった。

運転手が荷台の扉を開けると、そこには凍えきった田中健と岡田奈々がいた。

「どうしたんだよ!あんちゃんたち?今、あったかい味噌汁持ってきてやるからよ!」

運転手がそう言っていなくなっている間に、二人はまたしてもファイターズによって救出された。

名古屋の港。

その船着場で二人は、陽光の中、潮風に吹かれていた。

「こうやって風に吹かれていると、時間が止まったみたいだな」

「お宅さんでもロマンチックなことが言えるのね」

岡田奈々がそう言うと、田中健はいきなり、その唇を奪おうとした。その田中健に平手を喰らわす岡田奈々。

「見くびらないでよ!わたし、そんなに軽い女じゃないんだから!」

こういうシチュエーションで、こういう行為に及ぼうとする全男子にとっては教訓のようなシーンである。少しぐらい距離が縮まったからと言って、急速にその距離を縮めようとすると女は拒否反応を示すという格好の例がこれである。

こんなこともあった。

岡田奈々の存在がただ単に邪魔だと考えたファイターズは、その田中健と繋がれている彼女の手錠を手首ごと鉈で叩き切ろうとした。

「バカヤロー!女の子の前でダサいことは、するんじゃないぜ!」

田中健はそう叫んだ。

名古屋からさらに東を目指したい二人と、ファイターズはヒッチハイクを試みていたが、うまくいっていなかった。

そこで岡田奈々がお色気作戦ということで、走る車に向かってスカートをたくし上げ、その足をチラ見せすると、一台の車が止まった。その車はまごうことなくA.R.Bのツアーバスであった。

バスの扉が開くと、そこにはラスタマンみたいな運転手がいて、エロい笑みを浮かべていた。

「そっちの兄さんは、彼氏かい」

運転手は田中健のことを、そう聞いてきた。

「いや。この人は兄貴なの。ねえ。乗せてくれない」

「ああ。いいよ。乗っていきな」

そのままツアーバスは、ファイターズたちを置き去りにして、走り出した。

バスの中には、ファーストシーンで、もう出番は終わったと思っていたA.R.Bの面々が待ち構えていた。

「あんたら。神戸のコンサートで派手にやらかしてくれた人たちじゃないの」

そう石橋凌は聞いてきた。この時の石橋凌を見ると、すごく若い。まだあどけなささえ感じさせるほどである。現在のCMに出演して、でぶくり返った姿を晒しているのとは、雲泥の差がある。これ以上書くと、A.R.Bファンに殺されると思うのでやめておくが。

それで会話はなぜか、田中健と岡田奈々の関係が純潔かそうでないか、みたいなことになり、田中健は俺の目を見てくれ、みたいなことを言って、石橋凌も俺は信じるぜ、みたいな感じになり、再び、

「♫ ああ 今 地獄のベルが鳴る」

と熱く歌い上げるのであった。

そのままツアーバスは逗子海岸まで行ったと思う。

そこで二人はまたまた、ファイターズたちと合流した。そこは真夏の逗子海岸。海で戯れる人々向けに海の家が立ち並んでいる。

俺も子供の頃、三浦海岸に遊びに行って、海の家にはお世話になったことがあるが、そこで用意されている食事はラーメンとかおでんで、なんで真夏の海で、熱々のおでんを食べなきゃいけないんだろうと思った記憶がある。

まあ。そんなことはどうでもいいのだが、なぜかこの作品の中における逗子海岸の海の家は、売春宿化していて、若い身体を持て余しているファイターズたちは、海の家にて女の肉体に吸い寄せられていった。

その模様を見ていた岡田奈々は、

「なに。これ。お宅さんも、こんなに不潔なことするの」

と怪訝な顔で田中健に聞いたが、田中健はそれを無視して、二人して浜辺で休むことにした。

で、ここからの展開がもう意味不明なのであるが、そのファイターズの相手をしていた女たちが突如、女子プロレスラーになり、逗子海岸で乱闘を繰り広げた。パニックに陥る逗子海岸。どうもこのシーンは、当時流行っていた口裂け女を意識した模様である。

確かに石井輝男は、いついかなる時も何かを仕掛けてくる監督である。

その才能が炸裂していた時期においては、その仕掛けが化学的作用を及ぼして、爆笑を誘ったり度肝を抜かれたりしてきた。

だがこと『暴力戦士』においては、その仕掛けも意味不明であり、空回りを起こしていて爆笑よりも失笑を禁じ得ない。

ファイターズたちは言った。

「さっきは悪かったな。ボス。俺たちの悪い癖が出ちまってよ。でも、ボスの女嫌いは相変わらずだよな」

その言葉を聞いて、安心したような表情を見せた岡田奈々であった。

逗子まで到着した一行だったが、そこからさらに東京を目指さなくてはならない(そもそも、なぜ東京を目指しているのかも、よくわからない。そこがファイターズの本拠地だからなのか)。

そこの詳細は記憶の彼方に消えたのだが、ともかく一行は東京までやってきた。

いまだに手錠で繋がれたままの二人は、ショーウィンドウの前で、

「東京のファッションに、お登りさんは驚いただろう」

「なにが。神戸のファッションの方がよっぽどお洒落よ」

などと言い合っていたが、そこには当初のような反目はなく、むしろその会話さえも楽しんでいる姿があった。

ドーベルマンキッドたちは、CB網と言う連絡網を使って、確実にファイターズと田中健を追い詰めていたが、やはりこのCB網と言うのがなんなんだかわからない。

なにか無線網のようなのであるが、あまりにも説明がなされないので、よくわからない。

映画にしても漫画にしても難しいのは、作品が説明的になりすぎてもつまらなくなるし、かと言って作中のキャラクターやアイテムに対して、あまりにも説明がないと見ているほうは、本当になんのことなんだかわからなくなってしまうということである。

田中健たちが地下鉄に乗っている時も、野球のユニフォームに金属バットを持ったドーベルマンキッドたちが押し寄せてきて、もはや多勢に無勢状態であった。

そんな時、田中健の元にドーベルマンキッドのリーダーにして、岡田奈々の兄であるジミーから呼び出し状が届いた。

「行っちゃダメよ!兄さん、わたしに触ったっていうだけの人を半殺しの目に遭わせたんだから!」

そう懇願する岡田奈々。

「心配するな。明日は俺一人で行く。お前らはついてくるな」

「でも、ボス!絶対これは罠だぜ!」

「ボスは俺だ!ボスの言うことは聞け!」

明くる日、田中健と岡田奈々が呼び出し場所の高架下に行ってみると、そこには鈴なり状態のようにドーベルマンキッドたちがいて、彼らに囲まれるようにして、リーダーのジミーがいた。

「よくきたな」

「逃げも隠れもしないさ」

「マリア(岡田奈々の役名)は、純潔なんだろうな」

「俺たちの間にはなにもなかった」

「証拠はあるのか」

「証拠か。証拠は俺の目を見ろ」

「バカヤロー!そんなことが証拠になるのかよー!あてにならねえよー!」

はやし立てるドーベルマンキッドたち。

だが待って欲しい。待って考えてみて欲しい。

不良グループの抗争において、女が純潔か純潔でないか、と言うことがそれほど大きい意味をなし、互いに血の雨を降らせ、負傷者まで発生する事態に発展すると言うことに、ズコッというか肩透かしを喰らわされる思いになるのは、俺一人だけだろうか。

それが1979年と2019年という時代のタイムラグであると言ってしまえば、容易いのだが。

岡田奈々も、

「兄さん。わたしの目を見てー!」

と言ったものの、手錠で繋がれた二人の腕は台の上に乗せられ、ジミーは大きく鉈を振りかぶった。思わず目を背ける岡田奈々。

次の瞬間、鉈は田中健の腕にではなく、鎖に振り下ろされていた。二人を繋いでいた手錠は、バラバラになった。目を開けた岡田奈々は、その状態を確認すると笑顔を浮かべた。

「ふふふ。いいアクセサリーになるぜ」

とジミー。

群衆に背を向け歩き出す田中健。すぐさまに岡田奈々は、そのあとを追うと彼の腕に抱きついた。

ただ、それだけの映画であった。

石井輝男ファンだけが見ればいい作品なのかも知れない。いや。自分のような石井輝男ファンでさえ、これはないだろと思った作品であった。

今、思い出したのだが、逗子海岸で敵に追われた田中健と岡田奈々は、ウィンドサーフィンに乗り逃げ、東京にたどり着いた。ということは、東京湾をずっとウィンドサーフィンに乗っていたということになる・・・

そのような中、唯一光っていたのは岡田奈々であった。

岡田奈々と言えば清純派アイドルというイメージが強い。この作品でも、そのイメージは基本的に変わってはいない。

だが不良グループの中で男たちに囲まれ、時には強く、時にはキュートにと表情を変える彼女の演技には光るものがあった。

鬼才、キング・オブ・カルトと呼ばれた男、石井輝男はこのあと劇映画から遠ざかり、長い沈黙期間に入ることになる。

それはまた、邦画における不遇の時代でもあった。

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