邦画史上においてスタイリッシュな、つまりお洒落な映画のタイトルを挙げるとすれば、どの作品を思い浮かべるであろうか。
1964年。中平康監督、加賀まりこ主演作品『月曜日のユカ』は間違いなく、お洒落な映画を代表するものであろう。
この作品における加賀まりこに関しては、よくこう言われる。チャーミング、小悪魔的であると。確かにスクリーンの中に映し出される加賀まりこは、蠱惑的であり、魅力に溢れている。
だがその加賀まりこの魅力、才能を十二分に引出したのは、演出を担当した中平康であることは間違いない。
モノクロ作品でありながら、それを逆手に取ったようなモダンな演出が、この作品の随所に溢れている。
物語そのもの自体はさして難しいものではない。
横浜にユカという娘がいる。彼女はハマ界隈ではクールでヒップな娘として知られていた。その「知られている」演出がまたうまいのだ。
ユカがクラブのトイレに入っている時、ドアのLadiesという文字がアップで映っている。そこにクラブの客たちの声が被さってくる。
「あの娘はなんていうんだい」
「ユカって言うのよ。横浜じゃ知らない人はいないわ」
「すごくグラマラスだな」
「誰とでも寝るそうよ」
「そりゃ。男にとっては理想的な女だ」
「でもキスだけはさせないそうよ。本当だか噂だか知らないけど」
こう言った何気ない会話の中にユカというキャラクターの説明を落とし込んでいるのがうまいと思う。
ユカは横浜港で貿易業を営んでいるパパ(加藤武)の愛人で、当時本牧などの米軍住宅地にあったのだろう、かまぼこハウスに住んでいた。
そのかまぼこハウスのベッドの上でユカはパパに、こんなことを話していた。
「ねえ。隣にジャマイカとのハーフの子が住んでいるの。コーヒー色の肌ってセクシーだと思わない?」
「さあね。どうだかね」
ユカは好奇心旺盛な娘だが、パパの方はただユカを囲っておければそれでいい、と言う風であった。
しかし、ユカには中尾彬と言う恋人がいた(この中尾彬が若い!)。中尾彬はユカとパパの関係を、そりゃ面白くないとは思っていたようだが、なぜか黙認していた。
そんなある日。
ユカと中尾彬が元町をデートしていると、玩具屋で娘に人形を買ってやっているパパを発見した。
「おい。パパだぜ。なにしているのかな」
「いやよ。わたし、パパに見つかるから」
「いいからよ。面白そうだぜ」
そう言ってショーウインドー越しに、パパの様子を覗き込む二人であったが、その姿にショックを受けるユカなのであった。
その晩、ユカと中尾彬はパパの家の様子を、その生垣から窺っていた。
「パパの家なんか覗き込んでどうするんだよ」
「わたし、悔しいの」
「なにが」
「だって。さっきのパパの笑顔、わたしには見せてくれたことがなかったんだもん」
「そりゃ。お前、娘に人形買ってやって」
「ここでやって」
「ここでって。俺はホテル行くぐらいの金は持っているんだよ」
「ここでじゃなきゃダメなの」
「なんだよ。こんなところじゃパパへの当て付けにもならないよ」
そういいつつも、そのまま抱き合う二人であった。
パパはユカのことを小鳥でも飼っているかのように可愛がっていた。
そんなある日、パパはユカを連れてハマの高級クラブ、サンフランシスコへ客である外国船の船長を招待した。
ドレスで着飾ったユカであったが、ショータイムに入ると、明らかに日本人だが黒いどーらんを顔に塗って、ターバンを頭に巻いた国籍不明の男が現れて、マジックショーを開始した。
最初は普通にマジックを披露していた男だが、そのうちにパパの客である船長を指名して、その口に電球を突っ込むと、その電球が光り、その頭に電球をつけると電球が光るという滑稽な手品を披露しはじめた。
さらに男は船長のネクタイまで奪い、上着を着せたままシャツを脱がせるということまでやってみせた。これを見ていたパパはやり過ぎだという顔をしたが、当の船長はご満悦という顔をしていたので、ホッとした様子であった。
そして船長はパパに言った。ユカのことが気に入ったと。
手品師の男の控え室。
男は化粧を落としながら帰り支度をしている。その控え室にユカがいる。
「ねえ。なんで。あなた黙って消えたりなんかしてしまったの」
「さあね」
「わたし。寂しかったのよ。突然、怒ったりして電話を切っちゃうんですもの。わたし、愛していたのに」
「そう愛なんていう言葉を気安く使いなさるなよ」
「なぜ?」
男はなにも答えずに、そのまま部屋を後にした。
ジミーだかトミーだか忘れたが、明らかにそいつは日本人の面をしていた。
そのトミーの職場に現れて、ユカは言った。
「ねえ。わたしを抱いてよ」
「また始まったのかよ。俺は今、仕事で忙しいんだよ」
「ダメなの?」
「仕方ねえな。じゃあ。いつものところでな」
トミーはユカと連れ込み旅館なのか、それともホテルなのか、とにかくベッドの上で肌を交わらせた。
ユカ、いや加賀まりこのセミヌードである背中がカメラの方に向いている。
1964年の日本において、この作品が衝撃的であったことは想像に難くない。
「愛している」
「本当にか」
「ええ」
「本当に愛しているんだったら、俺の言うことはなんでも聞くのか」
「なんでも聞くわ」
トミーとユカはジャズ喫茶のようなところへ赴いた。
そこは若い男女がひしめき、音楽のリズムに身を委ね、陶酔感に浸る場所であった。カウンターに座っていたトミーとユカであったが、やがてトミーが言った。
「いいか。俺がいいって言うまで、踊りをやめるんじゃねえぞ」
ユカはひしめく男女の群れに入って行った。
するとそこには、アタイの縄張りに勝手に入ってくるんじゃないよ、的な目つきをした女が待っていてユカと踊りの対決を始めた。
ひとしきり踊ると女はユカの実力を認めたのか、今度は男がツイストを踊りながら現れ、ユカのことを誘った。
この作品のサントラを担当しているのは黛敏郎である。
そして、このシーンの音楽なのであるが、ジャズ喫茶だからモダンジャズが流れているのかと思いきや、フラメンコ調のガットギターによる、アンダルシア地方を思わせるその音色が、逆に扇情的で大きな効果を生んでいる。
興に乗ったユカとジャズ喫茶の男たちはオープンカーに乗り、聖堂のようなところにやってきた。
堂内に入ると、ユカは一枚ずつ服を脱ぎはじめこう言った。
「わたしが抱いてあげるから、一人ずつきなさいよ」
ユカのことを見ている五、六人の男たち。
「神様の前だから嘘は言わないわ。順番はジャンケンで決めたら」
見ている男たち。
「どうしたの?」
見ている男たち。
「どうしたのよ!」
男たちは背中を向けて去って行った。あまりに明け透けなユカの態度に、逆になにも感じなかったのであろうか。
突然、ユカの顔のアップが映し出される。
「わたしは男たちを愛していたから、抱きたいと言っただけのことで、わたしは果たして悪い女なんでしょうか?」
次に映し出されたのは、カリカチュアライズされた警察官の顔のアップ。
「貴様は本官を侮辱する気かあ!公然猥褻罪で逮捕するう!」
逃げるユカ。追う警官。それを引きのサイズで部屋全体を映し出す。出口と入り口が繋がっている部屋で、出ては入りを繰り返す二人だが、そこへいろいろな人が加わり出し、訳がわかんない展開になる。しかもそれが早送りの感じで映し出されて、チャプリンなどのスラップステックコメディを意識した映像になっている。
このような箇所が非常にお洒落であると思える。
凝った映像をさらりと挿入して見せるところにお洒落さを感じる。さらに見ていて気づいたことは、例えばユカと中尾彬の会話のシーンで、普通ならユカが喋っている時は、ユカの顔が映り、中尾彬が喋っている時は中尾彬の顔が映るというふうに、カット割りをすると思うのだが、この作品ではそうせずに、中尾彬が喋っている時もユカの顔を映している。
それはパパとの会話のシーンも一緒であり、そのことによって相手の言葉にユカがどのように反応するのか、その表情がクローズアップされる。
そこにおいてもユカの魅力を引き立たせる演出がなされているのだ。
さらにユカと母親である北林谷栄がタクシーに乗るシーンでは、突然無声映画調になったり、ストップモーションやスローモーションの多用、また意識的なカメラアングルを使うことによって、作品にテンポを産み出し、見る者を飽きさせない工夫が施されている。
結果的にこのような技術を多用することが、「お洒落な作品」という印象に繋がっていることは明らかである。
ユカがトミーと寝たことを知った中尾彬は、そりゃ面白くなかった。
「もっとなんて言うのかよ。自分を大切にしなよ」
「はい。すいません」
聞いているのか、いないのか分からないような態度のユカ。
「そりゃよう。トミーは俺にお前を紹介してくれたよ。でも。今はもう関係ねえはずだぜ」
「はい」
「だいたいよ。トミーとはホテルで寝て、なんで俺とは寝ないんだよ」
「ホテルなんて汚らわしいところよ。あなたとだけなのよ。赤灯台で寝るのは」
横浜港の突端に赤く塗られた小さな灯台があった。そこで二人は愛を交わしたが、その映像はカット割りもなく、アップでもなく、かなりの引きサイズなので、よおく見なければ二人がなにをしているのかは分からない。
それも意図的なことなのだろう。
「そんな理屈があるかよ」
「それより。わたしいいことを思いついたのよ」
「なんでえ」
「パパにあの人形と一緒の人形を買ってもらうの。あの元町の同じ店で。そうよ。今度の日曜日に」
「アホか。日曜日っていうのは家族サービスをする日なんだよ。パパがお前みたいなのを日曜日に連れて歩くものか」
「ダメ?じゃあ月曜、月曜日ならいいんじゃない」
「勝手にしろ」
その頃、パパは例の外国人船長に懇願していた。自分の会社の荷物を積んで欲しいと。
そのパパと船長の会話が赤灯台で寝ているユカと中尾彬の姿に被さる。
取引の代わりに船長が言ったのは、ユカを自分の船室に連れてくるようにということだった。
約束の月曜日。
ユカはパパが待っているホテルニューグランドに向かった。母である北林谷栄を連れて。補足的に書いておけば、北林谷栄はかつて米兵相手の娼婦だった。
ユカはなんともチャーミングな姿をしていたが、北林谷栄は取って付けたような場違いな格好をしていた。
コラージュのように映し出されるロビーにいる外国人たちの母に対する冷たい視線。
その視線を察知したのかパパは、明け透けに慌てた。そして母を侮辱するような態度を表した。
「どうしたの。パパ」
「どうしたも、こうしたもないんだよ。困るじゃないか」
「なにが。ママを連れてきたのよ」
「だから。それが困るんだよ。きょうは大事なお客さんを連れているんだ」
「どうしてママを連れてきちゃいけないの」
突き刺さるような外国人たちの冷たい視線。
「もういい。きょうはやめだ。やめ。やめ。やめ」
そう言うとパパは状況を飲み込めない船長を連れて、タクシーに乗り去って行った。
「あんまりひどいじゃねえかよ」
ユカの部屋で鼻息を荒くする中尾彬。
「お袋さんに酷すぎるぜ。いくらパパだからってよ。お前もあんな爺さんとなんかはやく別れたほうがいいぜ」
このシーンでも映し出されるのは、ユカの顔のアップだけである。
「なあ。俺たち一緒になんねえか」
びっくりしたような顔をするユカ。
「一緒に?」
「ああ。俺仕事に就いてよ。コツコツやるからよ。まあ二人分くらい稼げるだろ。いやお袋さんの分も合わせれば三人分か。俺、お袋さん大事にするからよ」
「嬉しい」
ユカの顔に笑顔が浮かぶ。
「結婚したら何か変わるのかなあ。何にも変わんねえのかなあ。とにかく俺稼ぐよ」
そんな恋人気分むんむんの雰囲気の中、玄関に人影を感じたので中尾彬はバルコニーに隠れた。そして部屋に入ってきたのはパパであった。
明らかに拒絶反応を見せるユカ。
「お前の欲しかった人形だよ。買ってきてあげたんだよ」
そう言うとパパは包装紙を破り、箱の中から人形を取り出すと、それをユカに渡そうとしたが、ユカは人形を膝の上に乗せたままで、受け取ろうともせず、パパと顔も合わせようともしなかった。
「すまなかった。パパはびっくりしたんだよ。突然、ユカがママを連れてくるからびっくりしてしまって。本当なんだよ。大事なお客さんを連れていたから。だから。パパにとっては今回が大きなチャンスなんだよ。大型船の入港が減っている現在、パパのところのような小さな貿易商は仕事がないんだよ。だからユカ。一生のお願いだ。あの船長と寝てやってくれないか。な。パパを助けると思って、お願いだ。なんでも言うことを聞いてあげるから。なあ。ユカ」
しばしの沈黙。
「パパ」
「ん」
「パパはそれで喜ぶの」
「あ、ああ。パパは喜ぶとも」
「じゃあ。寝てあげる」
「ありがとう。ありがとう。ユカ。なんでも言うことを聞いてやるからな」
そう言うとパパは部屋を出て行った。
次のカット。憤怒の表情を浮かべている中尾彬のアップ。
「なんて答えた。なんて答えたんだよ」
「キスしていいわよ」
中尾彬はユカの頬をぶつと、外へ出て行った。
一人部屋の椅子に座っているユカの脳裏に幼少期の体験が蘇る。
幼いユカが家の窓を外から覗いている。するとそこには裸になって黒人とキスを交わし、恍惚の表情を浮かべている母の姿があった。
そこに通りかかった神父が、ユカにヒステリックなまでに言う、と言うか詰問する。
「ユカ!ダメ!アレダメ!ミチャダメ!コノヨデダメノコト!イチバンダメナコト!キタナラシイコト!ホントニダメナコト!ヨゴレテイルコト!」
それはユカが体験したトラウマであった。
しばらくしてトミーがユカの部屋に駆け込んできた。
「修(中尾彬のこと)が死んだぞ・・・」
雨が吹き付けるフロントガラス。ワイパーが動いている。そのフロントガラス越しに運転をするトミーと、助手席に乗るユカの姿が見える。
「修はいいヤツだったぜえ。お前も後悔しなくちゃいけねえのよ。修って言う男がいながら、俺となんか寝てよ。俺も後悔している。後悔しているのよ。俺のことを兄貴みたいに慕ってくれていたのによ。大型船のロープに体が絡まっちまったのよ。あいつもついてねえぜ」
そこにロープに絡まり宙吊りになっている中尾彬の姿がインサートされる。
「おい。寒くねえか。もうすぐ着くからよ。あいつは本当にお前のことを愛していたのよ」
夜の港にやってくると、そこにはムシロを掛けられた中尾彬の遺骸があった。ムシロを取ると、そこには冷たい彼の顔があった。
「キスしてやれよ。最後だからな」
ユカは冷たくなった中尾彬の唇にキスをした。
「もうすぐ警察のほうが終わるって言うからよ。そしたら遺体引き取れるから」
黙って歩き出すユカ。
「おい。ユカ」
その頬には涙が伝わっていた。
明くる日だったのダメろうか。
ユカはドレスアップしてパパと、例の船長の船にやってきた。船長はユカにカクテルなんか渡して、なんやら英語でおべんちゃらを言っていたが、そこは男であるから、最終的には、
「Come On Come In」
なんて言って、ユカをキャビンに招き入れた。
それから程なくしてユカの叫び声が響いた。
「ボディ。オーケーッ!キス。ノーッ!」
ストップモーションで映し出される半裸のユカに抱きつこうとしている船長。
次のカット。
取るものもとりあえず船室から出てきたユカと、それを支えるようなパパは船から降りて行った。
着衣の乱れも気にせず歩き続けるユカ。彼女を支えながら心配そうに同行するパパ。
しばらく歩くと立ち止まるユカ。そして映し出される埠頭の風景。そこにはどこからか音楽が流れている。
「パパ。踊らない」
「え」
「踊りましょうよ」
ユカがそう言うと二人はワルツを踊り始めた。
誰もいない埠頭で楽の音に合わせて、手を取り合って踊る二人の映像が続く。だがしばらくすると、パパは勢い余ってなのか、埠頭から海の中へ落ちてゆく。その映像がスローモーション。
溺れているパパ。だがその様子をユカはしゃがみながら眺めている。
「ユカ。助けて」
それでもユカは眺めているだけで、そのままパパは海の中へ沈んで行った。
ピアノによって演奏される『月曜日のユカ』のテーマ。
その曲が流れる中、ユカは横浜の夕景の中を軽いステップで歩いてゆく。
最後に映し出されたのは、赤灯台であっただろうか。
全編にわたって監督、中平康の才気が冴え渡っている。
そして、その演出に見事にハマったのが、若き日の加賀まりこであった。
邦画における「お洒落さ」を語る時、まず外すことのできない作品であろう。