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執筆者の写真makcolli

女経

黄金期の大映の特徴の一つとして、女優陣の層が厚いと言うことが挙げられる。ここにその女優たちを列挙してみると、京マチ子、若尾文子、山本富士子、中村玉緒、野添ひとみ、安田道代、江波杏子などの名前が浮かんでくる。


映画『女経(じょきょう)』は、そんな大映黄金期を象徴するかのような作品で、三話のオムニパス構成から成っている。それぞれの主演女優と監督を記してみると、


第一話「耳を噛みたがる女」 監督・増村保造 主演・若尾文子

第二話「物を高く売りつける女」 監督・市川崑 主演・山本富士子

第三話「恋を忘れていた女」 監督・吉村公三郎 主演・京マチ子


と言うことになり、女優だけでなく、この頃大映で才気溢れる作品を撮っていた監督たちが手がけていることが分かる。



「耳を噛みたがる女」


運河に浮かぶボロい船の数々の空撮。そのままカメラは横位置で、ボロい船をなめていく。そのボロい船は水上生活者たちが暮らす船で、ダルマ船と呼ばれていた。

そのダルマ船の船底から現れる若尾文子。おめかしをして、どこかへ向かうようだ。


「姉ちゃん。待ってよ」

「なんだい。この子はしつこいね」

「もう一枚だけおくれよ」

「しょうがないね。お父ちゃん、お母ちゃんには姉ちゃんは不景気なんだからって言っておくんだよ」

「私も早く姉ちゃんみたいに稼ぎたいなあ」

「ダメ。ダメ。もっと体全体に貫禄が出てこなくちゃね」


そう言って若尾文子は、妹に札を一枚渡した。 この作品が公開されたのが1960年。まずこの時代の東京に水上生活者がいたということに驚かされる。そして髪をやや茶髪にしてパンツを履き、その上にジャケットをまとい街を颯爽と行く若尾文子。


その体躯は現代日本女性のようにスマートなものではない。むしろトランジスターグラマーと言うこの時代の日本女子を形容した言葉がぴったりくる。


彼女は男とホテルにしけこんでいた。と言っても、その男はキャバレーの常連客で、若尾文子はビジネスと割り切っているのだ。


「ねえ。わたし、ホテルに来るのなんか初めてなのよ。入り口で入ろうかどうしようか、相当悩んだのよ」

「さよか。わざわざワシのためになあ。お風呂でも一緒に入ろか」

「でも、大阪には奥さんもお子さんもいるんでしょ」

「そんなこと関係あらへんて」

「例のお金持ってきてくれたの」 「ああ。これや。構わんと取っておき」


部屋の電話のベルが鳴る。


「えっ。お父ちゃんが病院に。分ったわ。すぐにいくから」


受話器を置く若尾文子。


「ごめんなさいね。お父さんが急病で入院しちゃったの。わたし行かなくちゃ」

「そんな殺生な」


電話の声の主は妹で父が入院したと言うのも作り話だったのである。若尾文子は男から金だけせしめるとホテルを後にした。


ここまで書いてきて拙い自分の文章力を実感する。このシーンの中で見せた若尾文子の表情、仕草、声のトーン。それらが全て魅力的であり、その実感を文章として表わせない自分の才能がもどかしいのだ。

それでもありきたりな言葉で、それらを書き記すとするなら、チャーミング、可愛い、コケテッシュ、色っぽいなどと言うことになるだろうか。


若尾文子は銀座のクラブ、ゴンドラに所属するホステスであった。だがホステス嬢たちの間では、彼女の評判はいいものではなかった。


「まったく。がめついったらありゃしないよ」

「そりゃ商売だろうけどさ。あいつは男を騙すだけ騙して金を巻き上げているんだからね」

「この頃じゃうちらのお得意さんにまで手を出してきてさ。このままじゃただじゃおかないよ」

「あの女は、あの最中に男の耳を噛むらしいよ」

「なんだい。それ。いやらしいね」


そこはホステスたちの楽屋で、衣装を着たり、化粧をしたりしながら、商売の話に執心しているであった。そこへ同じくホステスの左幸子が現れると、さっきまで若尾文子の悪態をついていた女たちは急に黙り込んだ。


「おや。急に静かになるんだねえ。まっ、あたしの友達の悪口を言っていたんだもんね」


その頃、若尾文子はキャバレーの電話を借りて、ある男と話をしていた。


「ねえ。今夜は店に来てくれない」

「今夜は無理だな。明日ならいいんだぜ」

「そんなこと言わないでさあ。あなたの顔が見たいのよ」

「そんなに俺の顔が見たいのか。だから明日会ってやるって」


そのまま電話は切れてしまったが、その受話器の向こうにいるのは川口浩なのであって、彼は会社の御曹司なのであり、若尾文子の悪口を言っていたホステスたちのお得意様なのであった。ついでと言ってはなんだが、その川口浩の部屋には田宮二郎がいて、二人はマブダチのようであった。


「またゴンドラの紀美ちゃんか。お前も随分、あのコに執心なんだな」

「まあ。見ていろって。俺はタダであいつを落としてみせるぜ」


生バンドの音楽が鳴り渡るフロア。その一つの席に若尾文子と自動車セールスマンである男とその上司らしい男が座っていた。


「ははは。随分別嬪さんじゃないか」

「紀美ちゃんて言うんですよ。僕がここに来るといつも相手をしてくれて」 「どうも紀美です。よろしく」

「紀美ちゃん。俺、例の金用意してきたんだぜ」

「こんなに大金大丈夫なの」

「なあに。車のセールスなんて、口から出まかせ言っておけばいいんだから」

「今夜、二人きりで飲みに行こうよ」

「ええ。いいわね」


夜の蝶と謳われた銀座のホステス。ドレスに身を包んだ若尾文子の姿がまたいい。その時、フロアに川口浩の姿が現れた。


「ちょっと待っていてね」


そう言うと紀美は席を離れ、川口浩の元へ行き一緒にワルツを踊った。


「やっぱりきてくれたのね」

「お前が顔を見たいなんて言うからだよ」


紀美は川口浩の耳を軽く噛んだ。


「こうすると男はみんな、お金を出しちゃう気になるらしいわよ」

「どうだかね。俺には通じないかもしれないぜ。でも、どうだい。明日、ドライブでも行かないか」

「どこへ連れて行ってくれるの」

「どこへでも」


店が終わった後、その通用口からホステスたちが、ぞろぞろと出てくる。その中に紀美はいないかと見ながら待っているセールスマンの男。


「紀美ちゃん」

「あ、あら。まだいたの」

「まだいたのってひどいな。約束をしたじゃないか」

「あ、あれね。ごめんなさいね。わたし病気なの」

「病気って月の?」

「いや。それじゃなくてね。あなたにも移ってしまう病気なのよ」

「えっ?」

「だから一緒には行けないのよ。この商売にはよくある病気よ」

「な、なんだい。馬鹿にするな。誰がそんな女と寝るもんか」


男は怒って帰ってしまった。その様子を見ていた左幸子。


「またやったなあ」

「だって。男なんかよりお金のほうが断然信用できるんだもん。そりゃわたしは嘘つきよ。でもお金を稼いで、早くあんなダルマ船なんかから抜け出したいのよ」


そう言う紀美は男たちから巻き上げた金を、せっせっと株に注ぎ込んでいるのであった。


次の日。川口浩の運転するスポーツタイプのオープンカーに乗りはしゃいでいる紀美の姿があった。東京の街を疾走するオープンカー。

パチンコ屋などで遊んだ二人であったが、着いたところはホテルであった。


浴衣を着ている二人。


「おい。率直に聞くけどよ。お前、何人の男と寝たんだよ」

「二人よ」

「嘘つけ」

「こう見えても案外身持ちの良いほうでね。一人目は高校の時の恋人。あとはゴンドラに入ったばかりの時の客よ。わたしもまだうぶだったのね」

「お前は気楽でいいよ」

「何言っているのよ。ボンボン育ちの世間知らずのくせに」

「そう思うだろ。ところがさ。全部決められたレールの上を生きていくって言うのも楽じゃないんだぜ」

「ねえ。わたしと結婚しない。その気持ちがあるなら、今夜は泊まっていってよ」


クローゼットからコートを取り出す川口浩。彼はそのままベッドに寝ている紀美に抱きついた。


だが朝起きると部屋には川口浩の姿はなかった。シーツ一枚を体に巻いて座り、物憂げな表情を見せる若尾文子がいい。

そのまま紀美はホテルを出ると、左幸子のアパートへと向かった。


「おはよう」

「なんだい。あんた朝帰りだろ」

「まあね。なんか食べさせてよ」


紀美はトーストと牛乳を口にしたが、そのまま布団に入ってしまった。それはふて寝と言った感じであった。左幸子はタバコを買ってくると言って出ていった。


一方、川口浩の部屋には、また田宮二郎がいた。


「で、昨夜。紀美ちゃんとはどうしたんだい」

「ああ。一緒に寝たさ」

「だが、これでお前も年貢の納め時だな」

「それがなんだかしっくりこなくってさ。俺は紀美のところに行ってくるよ」

「なに言ってんだよ。今日これからお前は結婚式を挙げるんだぞ」

「だから。それがしっくりこなくってさ」


川口浩はハンドルを握ると車を走らせ左幸子のアパートまでやってきた。そして、そのドア

を開けると部屋にふて寝している紀美の姿を見つけた。


「きのうは勝手に帰ったりして悪かったよ」

「どうせいいのよ。フラれるなんて慣れていて、風邪にかかるようなものだから」

「そんなんじゃないんだよ。俺はお前と結婚がしたいんだよ」

「フフフ。背負っているわね。きのうのお金もらっていないわよ」

「・・・そうかい。そんなに金が好きなのかい。じゃあこれでも受け取っておけよ」


そう言うと川口浩は札束を投げつけ部屋を出ていった。そこに入ってくる左幸子。


「あんた。バカだねえ。あの人とはいい仲だったんだろ」

「所詮。御曹司の息子とダルマ船の娘なんかじゃ釣り合いが取れないのよ。これでよかったのよ。わたし、またじゃんじゃん稼いじゃうんだから」


「物を高く売りつける女」


「流行作家。三原氏疾走。プレッシャーによりノイローゼ状態か」


新聞の紙面には、そんな文字が踊っていた。


市川崑が映し出す浜辺は幻想的だ。赤いカーディガンを着て横たわる船越英二。遠くの砂丘のようなところに和装の山本富士子が立っている。

どこからともなく風で運ばれてくるマフラー。そのマフラーが海面に落ち、波に運ばれていく。


浜辺で何かを燃やしている赤いスカーフを被った山本富士子。


「何を燃やしているんです」

「亡くなった夫の手紙なんです」

「じゃあ。さっきのマフラーも」

「ええ」

「旦那さんは海で亡くなったんですね」

「いえ。病で亡くなりました。それではさようなら」


そう言って山本富士子は浜辺をあとにした。船越英二は、燃え残っているその手紙とやらを、炎の中から取り出し懐に隠した。


次の日、船越英二が下駄を履いて歩いていると、どこからともなく、こんにちは、という声が聞こえてきたので、振り向くと別荘らしき家の門に立っている山本富士子がいた。


「ここがあなたの家だったんですね」

「ええ。どうですか。寄って行かれませんか」

「お邪魔じゃないんですか」

「かまうことはございませんのよ」


船越英二は茶室のような部屋に案内された。そして、山本富士子はウィスキーの水割りセットを持って現れた。


「ここでお一人で」

「ええ。主人が亡くなってからはそうなんですよ。使用人たちにも暇を取らせまして。どうです。お風呂に入っていきませんか」

「えっ」

「今、立てたんです。亡くなった主人も、よくこの家の中を素足で歩いていましたわ」


船越英二は言われるままに風呂に入った。しばらくすると裸の山本富士子が入ってきた(肩から上のショットなのであるが)。

目を丸くして、泡を食ってしまう船越英二。


風呂から上がった二人は、また部屋に座っていた。


「どういうつもりであんなことを」

「亡くなった主人の背中をよく流していましたから。どうですか。この家は気に入りましたか」


山本富士子の唇を奪う船越英二。それに淡々と応じる山本富士子。


「この家はいくらで売りに出しているんだい」

「600万円になります。少しお高いでしょうか」

「そのくらいの金はありますよ。それで家を買えばあなたもついてくるんですか」

「ええ」

「じゃあ。明日、金を持ってまたきますから」


次の日。家の台所では山本富士子が、ガリガリとリンゴをかじっていた。そのリンゴをポイッと捨てる彼女。そこには若い男が一人いた。


「いいかい。やっこさんが現れても気づかれるようなことをするんじゃないよ」

「は、はい」


その時、玄関に船越英二が現れた。船越は手付金として100万円を山本富士子に渡した。山本富士子は売買誓約書を船越英二に渡し、私の名前は爪子だと言った。


その次の日。また船越英二が現れて、家の玄関を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。玄関には手紙が挟んであった。船越が手紙を読んでみると、あとの手続きは東京にある不動産屋がやってくれると書いてあって、そのまま山本富士子は船越英二の前から姿をくらましたのであった。


その東京の不動産屋にいる山本富士子。例の家にいた若い男と、もう一人中年の男、そして社長として菅原健二がいた。


この菅原健二の顔を見て、やはり映画好きの後輩のある言葉を俺は思い出した。 大映の映画はまるで劇団のようだと。かつての邦画界には五社協定というものがあり、俳優、女優、そしてスタッフも含めて、どこかの会社と専属契約を結ばなければならなかった。

だから各社にとっての看板俳優、看板女優というものが存在したのであるが、菅原健二もまた黄金期の大映作品には欠くことのできない顔であった。


「まったく参っちゃったわよ。あんなボロ屋同然の家で、風は吹き込んでくるし、この人ったらろくに食べ物も持ってきてくれないんだから」

「す、すいません」


と若い男。


「こっちはね。体張った商売でね。これでなかなか大変なんですからね。払うもの払ってもらわないと」


菅原健二が金を払うと、そそくさと山本富士子は店をあとにした。


「まったく大した女だぜ。仲介業者からその上前をはねようっていうんだからな」


山本富士子が住んでいるアパート。その壁にはたくさんの着物が掛けられている。その着物の一枚にアイロンを当てている彼女。

そこへ同じアパートに住む野添ひとみが入ってきた。


「わあ。着物って綺麗ね。あなた、相当儲かっているみたいね。わたしにも商売やらせてよ」

「だめ。だめ。衣裳代だってかかるんだから。それにね。この商売やるのには、わたしみたいな美人じゃなくちゃ務まらないの」


この台詞はミス日本に輝いた山本富士子だから言える物である。


「あんた。またベンジン勝手に使ったでしょ」

「ちょっと借りただけよ」

「もう。困るのよ。高いんだからね」


部屋から出ていく野添ひとみ。その代わりに入ってくる船越英二。


「だからベンジンはもう貸さないよ。!?」


船越英二の姿を見てギョッとする山本富士子。部屋の隅に山本富士子を追い詰めてゆく船越英二。慌てて山本富士子はアイロンを触ってしまい火傷した指をくわえる。が、その指を取り自身の口にくわえる船越英二。


「きょ、きょうはどうなさいましたの」

「奥様言葉を使うんじゃない。あの浜辺で君が手紙を焼いていたところから、おかしいとは思っていたのさ。君は僕が小説家の三原だっていうことをわかっていたんだろ」

「え、ええ」


船越英二は自分の顔を山本富士子の顔に密着させる。そこがずっとアップで映し出される。視線を泳がせる山本富士子。そのまま会話を続ける二人。このシーン。このカットの二人の演技は白眉のものと言える。


「僕は小説家の好奇心から、焼け残った手紙を拾ってみた。するとそれは会計表で手紙なんかじゃなかった。僕はそのまま小説の種にでもなりわしまいかと思って君の芝居に付き合ってみることにしたんだ」

「それで、わたしをどうするつもり」

「どうもしないさ。ただ、このまま目をつぶってくれればね」


二人は静かに唇を重ね合わせた。


「恋を忘れていた女」


「それにしても京都っていう街は退屈なところだな」

「仕方ないわよ。それにしても姉さんったら頭にきちゃうな。まるでいかり屋の財産を全部自分のものだと思っているんですもの。わたしももらう権利があるはずよ」


そう若い二人はホテルで会話をしていたが、男の方はこれまた黄金期の大映の顔、川崎敬三なのであった。

その部屋にやってきた和装姿の京マチ子。


「俺、ちょっとタバコを買いに出てくるよ」


そう言って川崎敬三は席を外した。


「姉さん。わたしたち結婚するの。だからお金が必要なのよ。出してくれるでしょ」

「昼間からお金の話とは野暮どすな。どないでしょ。夜、いかり屋で話すいうのは」

「いいわ。夜、いかり屋にいくから」


京マチ子は元々、先斗町の芸妓であったが、いかり屋の主人と結婚した。しかし、その主人が亡くなると未亡人となったのであるが、傾いていたいかり屋を修学旅行生専門の宿として経営を立て直し、また木屋町にバーを開き、昼は女将として、夜はマダムとして、その商才を発揮する京都では、少し知られた女なのであった。


先の若い女は亡くなった主人の妹で、京マチ子は義理の姉にあたるのであった。


だが京マチ子が留守にしているいかり屋では、大変なことが起きていた。名古屋からやってきて泊まっていた修学旅行生の一人が、宿を出て帰るというその時にオート三輪に轢かれて重傷を負ってしまったのだ。


いかり屋近くに京マチ子の姿を確認した使用人の女は、彼女に向かって大声をあげた。


「女将はん。どこぞへ行ってやしたんか。もう大変なことが起こって」

「どないしたんや」

「名古屋の学生が。学生が」


京マチ子がいかり屋に入ると、その一室には頭を包帯でぐるぐる巻きにしている生徒が布団に寝ていて、傍には医師と看護婦がいた。


「もう大丈夫です。命に別状はありませんが、しばらくは安静が必要ですな」


そう言うと医師と看護婦は、いかり屋をあとにした。


京マチ子の部屋に呼び出される番頭。


「番頭はん。もっとしっかりしてもらわないと、あきまへんな」

「へ、へい」

「救急車も来たいうやありまへんか。怪我した学生には病院に行ってもらったらよろしかったんや。名古屋の学生たちには今日中に出て行ってもらいまっせ。明日には金沢の学生はんたちが来る予定になっとるんやからな」


京マチ子は京女に特徴的な、はんなりした女ではなかったかもしれない。嫌、それは外の人間が勝手に京都人に対して持っているイメージかも知れなくて、実は彼女のようなガッチリ屋、打算的な女こそ本当の京都人なのかも知れない。


夜になると約束通り義理の妹が彼女を訪ねてやってきた。こたつに座る二人。


「確かにいかり屋をここまで大きくしたのはお姉さんの力よ。でも、その財産を独り占めしようって言うのはどうなの」

「あなたはんは、あの男に騙されておるんどす。わてがあんじょう話をつけてあげますさかいに」

「好きな人と結婚するためのお金を出してちょうだいって言うのが悪いの。お姉さんの考えは芸者上がりの打算的な考えよ」


そう捨て台詞を残すと義理の妹はいかり屋をあとにした。そこへ番頭がやってきて、名古屋の学生たちはもう帰ると言うが、怪我をした生徒は女教師に付き添われて、宿に残ると言うことが報告された。


京町家が並ぶ通りを歩いている京マチ子。

京マチ子を見ていると疑問に思うことがある。この人は本当に美人なのだろうかと。それは彼女をけなしているのではない。彼女の日本人離れしたエキゾチックな面立ちが、そういった気持ちにさせるのだ。

例えば前話に出演していた山本富士子と比べてみると、その個性の違いがよくわかる。山本富士子がまるで日本人形のような面立ちをしているのに対して、京マチ子には何か正体不明の美のようなものが宿っているような気がする。


けれど、その京マチ子が和装を着こなして冬の京都の町屋を歩いている。それもまたしっくりくるのだ。それは落ち着いた佇まいの中にも抒情生を持って演出に臨んでいる吉村公三郎の才能によるところも大きいであろう。


その京マチ子の姿を窓越しに、じっと見ている一人の男がいた。


いかり屋には予定通り金沢からの修学旅行生たちが来て、舞妓の踊りを見物していが、その囃子がオープンリールのテープによる伴奏で、それは京マチ子の指示であったかどうかはわからないが、いかにも学生相手にチープに済ましている感じがあった。


件の怪我を負った学生は女教師に付き添われて、隅の方の部屋に寝ていた。


「先生。ごめんよ。こんなことになって。でも、僕の家貧乏で家も流されちゃって。それでも叔父さんが可愛そうだからってお金を出してくれたんだ」

「もう。いいのよ。そんな心配しなくたって。先生がそばにいてあげますから。一眠りしなさい」


京マチ子は自分の部屋で、火鉢に当たりながらタバコを吸っていた。その部屋の電話が鳴る。


「お三津。お三津なのか。俺だ。久しぶりに会いたくなってな。どうだ。お前の店で会わないか」


その電話の声の主は昼間、窓から京マチ子の姿を見つめていた根上淳なのであったが、京マチ子は何も言わずそのまま受話器を下ろした。そこへ使用人の女がやってきて言う。


「女将はん。晩ごはん、どないします」

「ああ。わてええわ。岡崎の家に行くさかいに」


その岡崎の家というのが実家らしく、そこには京マチ子の義理の父親である中村鴈治郎がいて、二人は日本酒を飲んでいた。既に酩酊状態にある鴈治郎。


「どうや。商売のほうは」

「まあ。ぼちぼちやってますさかいに」

「どや。今晩一緒に寝んか」

「何を言うておまんの。けったいなことを」

「そなこと言うて、もう二回も三回も寝てるやないか。お前、いかり屋の女将になったからと言って調子に乗っておるな」

「もう。かなわんわ。こんな酔っ払い」


そう言うと京マチ子は岡崎の家をあとにして、自身が経営する木屋町のバーへと顔を出した。


「おー。マダム、久しぶりやないか」

「毎度おおきに」

「誰ぞ。いい人でもおるんやないか」

「なに言うておまんの。こんな売れ残りに」

「マダム。なんでもマダムの知り合いっていう男が、奥で待たせてくれって言って」

「誰やろ」


バーテンダーに言われて、京マチ子が奥の座敷のような部屋へ行ってみると、そこにはあの根上淳がいた。


「お三津。やっぱりきてくれたんだな」

「やっぱり。あんさんでしたか」

「今では立派な旅館の女将だって言うじゃないか。それにこの店も繁盛しているようだし」

「やめておくれやっしゃ。あんさんとは水臭い仲ではおまへんから」

「そうだな。昔のことにしても俺が悪かったんだよ」

「そんなことおまへんて。今夜はゆっくり飲みまひょ」


どうやら京マチ子と根上淳との間には、その昔男女の関係があったようである。それが証拠に京マチ子は根上淳の膝に頭を乗せると、そのまま二人は唇を重ねた。しかし、話が進んでいくと根上淳は、京マチ子に金の融資の話を持ちかけてきた。

京マチ子が酒を取りに部屋から出たその瞬間、警察官たちが踏み込んできた。


「兼光!大人しくしろ!」


逃げる根上淳にバーの店内は大混乱に陥ったが、彼は警察に取り押さえられて連行されていった。


「ヤツは九州で詐欺を働きましてね。マダムにも、そのうち任意で聴取をさせてもらいますから」


気の抜けたような京マチ子。しかし店にいかり屋の番頭から電話が入る。


「あっ。女将はんでっか。例の生徒なんですがな。急に容態が悪るなりましてん。至急戻っておくれやっしゃ」


京マチ子がいかり屋に戻ると、生徒の傍には医者と看護婦がいた。


「これは急いで輸血が必要だ。しかし、この時間にはどこも病院は閉まっているからな。間に合わんな」

「この子は可愛そうな子なんです。伊勢湾台風で家が流されてしまって。家族も駆けつけることができないんです。こちら様にもご迷惑をかけてしまって」


と女教師。


「この中にB型の方はおりませんかな」

「わて。B型どす」


そう言うと京マチ子は生徒のために、自身の血を提供することを決めた。


次の日。笑顔で京マチ子を見つめる生徒がそこにいた。宿から出立する金沢の修学旅行生たち。


「おおきに。また着ておくれやっしゃ。お元気で。お気をつけて」


それまでにはなく、笑顔で生徒たちを見送る京マチ子。


ファーストシーンのあのホテル。そこで妹と川崎敬三たちと対面で座っている京マチ子。


「わたしたち。やっぱり結婚することにするわ」

「僕もきっとお姉さんにいい報告ができると思っているんです」

「それはええことですなあ」

「それでお金は出してもらえるの」

「もちろん。現金と小切手とどっちがええでっしゃろか」

「じゃあ。現金でお願いできる。でも、お姉さんはこれからどうするの」

「わてですか。わては男の人を待ちたいと思います」

「えっ」

「今は刑務所の中に入っていますけどな」


そこは四条大橋であったのだろうか。タクシーに乗り京都駅へと向かう二人を見送る京マチ子の表情は爽やかに笑っていた。


そこから始まるエンドクレジット。それがトリスウィスキーのキャラクターをデザインした柳原良平のちょっとしたアニメを使用したもので洒落ている。



三話ともに甲乙をつけ難いものがあるが、ひいき目ということではないが、やはり増村・若尾コンビによる第一話「耳を噛みたがる女」が一番印象に残った。

ここで若尾文子が演じている紀美という女も、『青空娘』で演じた娘も根底では繋がっているのだ。 自我、自己を持っている女。そして自分の意志に基づいて行動する女。そんな女を増村・若尾コンビは造形してきたのであり、この短編「耳を噛みたがる女」でも、それは表現されている。


女優、監督による共作。黄金期大映映画を象徴する一本であることは、間違いないであろう。

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