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執筆者の写真makcolli

女めくら物語


タイトルを見た時、キワモノではないかと思った。

本編を見始めた時、メロドラマではないかと思った。


だが最後までこの作品を見終わった時、そのどちらでもなく、かなり面白く楽しめる映画だったという感慨を抱いた。

その理由は簡単である。この映画の主演が若尾文子だからである。


若尾文子が演じれば尼だろうが、この作品のようにめくらだろうが、やはり素晴らしいキャラクターの造形を見せることになる。


若尾文子演じる鶴子は16歳の時に病気に罹り視力を失った。ついで両親とも死別し、絶望の淵に沈んでいたが、按摩になることを志し、今では東京の按摩界では重鎮的な存在、中村鴈治郎の置屋(この作品を見て分かったのだが、かつての按摩は芸者のように置屋に在籍していたようだ)

に在籍し、花柳界のお座敷に呼ばれて仕事をしていた。


1965年。全盛期の大映の映画はやはり素晴らしい。

この作品もオールセットという感じで、その中で四季の移ろいを表現している。照明に関しても大映特有の重厚なもので、例えば若尾文子の顔のアップも陰影を強調していて、彼女の美しさを引き立たせている。


そのセットの中に若尾文子がいつも通る階段があって、その途中には稲荷を祀った小祠があり、若尾文子はここを通る度に手を合わせるのであった。


その日もお座敷から仕事の声がかかり、この階段を杖をつきながら登っていた。ところが鶴子は足を踏み外し階段から落ちそうになった。

この時、鶴子の手を引いて助けてくれたのが宇津井健であった。宇津井は下に落ちて行った鶴子の杖を拾ってきてくれた。


「危ないじゃないか。気をつけたほうがいいなあ」

「すみません。目が不自由なもので」

「ああ。按摩さんか。どこまで行くんだい。手を引いて行ってあげるよ」

「ありがとうございます」


程なく二人が行くと、一件の料亭があった。


「わたくし。ここで大丈夫です」

「なんだ。僕もここに入る予定だったんだよ。あとで呼ぶかも知れないからさ」

「ありがとうございます」


鶴子は料亭の女将に挨拶をしてお座敷に向かったが、女将は心配をしていた。


「鶴ちゃん。大丈夫かね。あの客は酒癖が悪いからね」


鶴子はめくらである、さらに女であるということを理由に、これまでも酔客からからかわれたり、今でいえばセクハラ的なことを受けてきたのであった。

そして女将の考えは的中して鶴子は、お座敷から逃げ出してきた。そして違う座敷に入るなり、


「助けてください!かくまってください!」


と言った。一方、鶴子にセクハラを加えていた酔客もその部屋のふすまを開けた。

するとそこには座卓に座り、半纏を着た後ろ姿の女を抱いた宇津井健がいた。


「なんだね!君は!失敬じゃないか!」


宇津井健はそう酔客にかましてやった。


「おっかしいなあ。あの按摩どこいきやがったんだ」


酔客はそう言うと、元の部屋に戻って行った。


「君。もう大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


そこへ女将もやってきた。


「どうもこの娘が危ないところを、ありがとうございました。この娘はね。鶴ちゃんて言いましてね。なんでもピシャリと当てちゃうんですよ」

「女将さん。そんな。やめてくださいよ」

「女将。きょうは芸者のほうはいいから、この人と飲まさせてくれないかな」

「ええ。わたしのほうはそれでいいんですよ。どうだい鶴ちゃん」

「は、はい」


木越(宇津井健の役名)と鶴子と二人きりになった部屋。


「どうだい君も一杯」

「いえ。わたくし。お酒はなめただけでもう倒れてしまいそうになるんです」

「そうかい。じゃあ。いただくよ。女将は君がなんでもピシャリと当てることができるって言っていたけど、差し詰め僕の商売を当てられるかな」


鶴子はしばし考えたのちこう答えた。


「化粧品関係のお仕事をしているんじゃありませんの」

「どうして」

「さっき手を引いていただいた時に、とてもいい匂いがいたしましたもの」

「やっぱりピシャリだ」

「さっきからお酒が進んでいませんね。何か心配ごとでもあるんですか」

「なに。商売のことやなんやでね」

「指輪を外されていますね」

「いや。君は凄いんだな。結婚指輪さ。でも今は見たくなかったもんでね」

「すいません。出過ぎたようなことを言って。わたしなんかより、芸者衆を呼んだほうがいいんじゃないですか」

「いいんだよ。芸者なんか呼んで派手に騒ぐよりも、君みたいな綺麗な人と一緒にいるほうが。あとで揉んでくれよ」


帰りしな鶴子は女将に木越のことを聞いた。


「ああ。あの人は木越さんって言ってね。なんでもうちの菊千代の幼馴染らしくて、それでうちにもたまに遊びにきてくれるのさ。それがどうかしたのかね」

「い、いえ。またお声がかかればいいなあと思って」


その夜、鴈治郎の置屋に帰ると、鴈治郎はこう言った。


「おい。鶴子。お前、なんかいいことがあったろ。足取りがうきうきしているわ」

「い、いや。先生。なにもないですよ。お休みなさい」


それでも鶴子は急に美容院に行ったりと身だしなみを整えているのであった。


その女は急にやってきた。

糸子と名乗る女は押しかけのように鴈治郎の鍼灸院にやってきて、置いてくれと言う。


「お前。黒メガネかけとるな。それに目あきだな。さっき舌も出しただろう。こっちはそんなことも全部分かるんだ」

「でも、もうあたし新宿界隈で三年も按摩をやってきたのよ」

「三年、五年なんかじゃ修行のうちに入らん。はやく帰りなさい」

「チェッ。少しは先生の肩ぐらい揉ませてくれてもいいじゃん」


鴈治郎の肩を揉み始める糸子。


「ああ。親指の力の入れ具合がまるでなってない。いいから。帰りなさい」


そこに鴈治郎の妻が現れ言う。


「あなた。置いてあげてもいいんじゃないの。うちも今いる子たちでも手一杯なのよ。この娘でもいてくれれば助かるわ」


なんだかんだ言って糸子は鴈治郎の置屋に入ることになった。鴈治郎の置屋には鶴子の他に四人余りの弟子たちがいて、朝から置屋の掃除をしていた。そこへネグリジェ姿の糸子が歯を磨きながら現れる。


「なにしてんの。あなたも手伝いなさいよ」

「ここは弟子を女中みたいにこき使うの?」

「みんな好きでやっているんだよ」

「わたし。そんなの嫌よ。バカみたい」


ある日、鶴子が外から帰ってくると、鴈治郎の部屋から声が聞こえてくる。じっと聞いてみるとそれは、鴈治郎と糸子の声であった。


「やだ。もう。先生くすぐったい」

「くすぐったいじゃないの。これが杉山式鍼灸術の基本だからな」


そういいながら鴈治郎は糸子のケツを揉んでいた。そこにいたのは鶴子が先生と敬愛する男ではなくて、ただのスケベ爺いであった。

鶴子は二人の間柄を察し、胸を押さえながら後ずさりしていった。


この糸子を演じる渚まゆみがいい。

飛んでいる女。1965年当時なら、このように呼ばれたのかも知れない。もしくはアバズレ。

大映倒産後は東映にて、深作欣二監督の「仁義なき戦い」への助走となった作品、『現代やくざ 人斬り与太』で強烈に不幸へのゴングを鳴らした彼女であったが、この作品では弟子たちがこたつで暖まっている時に、一人ラジオからビートつんざく音楽を鳴らし、ゴーゴーを踊った。


次第に糸子と鴈治郎の仲は置屋全体に知られるようになり、弟子は一人、また一人と辞めて行った。


一方、鶴子のほうは木越と会ったあの夜、あの木越の声や感触が忘れられないでいて、日ごとにその思いは強さを増していくのであった。


置屋の中に一人いても、なにかそわそわする彼女。

そこに木越への思いの丈を述べる彼女のナレーションが被さる。


しかし、久しぶりに若尾文子の主演映画を見たのだが、ファーストシーンのまだ少女だった鶴子が自身の境遇に涙する箇所があり、そこに若尾文子のナレーションが入るのであるが、やはり若尾文子は声からして色っぽいと思った。


その若尾文子演じる鶴子は、木越への思いが募るごとに色っぽさを増してゆく。鶴子の声を借りれば、木越が鶴子の中にある女性を目覚めさせてしまったのである。


だが、待てど暮らせど木越はなかなかあの料亭に来ることはない。

そんなある日、鶴子が置屋に帰ると、鴈治郎の妻が何気なく、


「木越さんって言う人があんたを指名してきたんだけど、なかなか帰ってこないから、糸子を行かせたわ」


と言い鶴子は嫌な予感がしたのであった。そこで鶴子は帰ってきた糸子を、ラーメン屋に連れ込んだ。


「なにか木越さんに変わった様子はなかったの」

「別に。ただ。鶴子姉さんが来ないって分かって残念がってたわ。姉さん。ラーメン食べないの。勿体無いからわたしが食べちゃおう」

「それで木越さん。今度いつお座敷に来るとか言っていた?」

「なに。姉さん。惚れているの」

「そんな言い方はやめて」

「大丈夫よ。誘惑なんてしていないから」


鶴子が机の上に手をやると、バッジのようなものがある。


「糸ちゃん。これはどうしたの」

「へへーん。さっきのお座敷にあったの」

「ダメでしょ。お客様のものを持ってきちゃいけないって、先生もおっしゃったでしょ」

「落ちていたものを拾っただけよ。そんなに大事なものなら500円で売ってあげる」


鶴子はそのバッジを握って料亭へと急いだ。

そして料亭の玄関に着くなり、中居に木越という客はどうしたのかと聞いたが、返ってきた答えは今さっき車で帰ったというものだった。


それからしばらくした夜。

警察が鍼灸院に突然やってきた。聞けば糸子が外で窃盗事件を起こし、ここが住所になっていることからきたというのだ。


「一応、旦那さんにも署まできてもらいましょうか」

「そ、それは困ります。示談で、示談で済ませることにはできないでしょうか」 その話を聞いていた鶴子は、自身のタンスが置いてある部屋へ急いだ。そして引き出しを開けると、大事にしまってある貯金通帳が無事なのを確かめ安堵した。


浜辺に佇む鶴子。

その姿をカメラは引きで捉え、浜辺の全景の中にポツンと座っている彼女を捉える。

彼女が浜辺から帰ろうと思って、横断歩道を渡ろうとした時、すんでのところで急停車した車があった。そして、それを運転していたのが誰あろう木越なのであった。


「鶴ちゃん。鶴ちゃんじゃないか」

「木越さん。木越さんなんですか」

「こんなところで会うなんて奇遇だな。どうだい。僕の車でドライブでもしないかい」

「ええ」

やけに車を飛ばす木越。


「あれから料亭には見えなかったみたいですけど、お仕事が忙しかったんですか」

「忙しいって言ったてね。うまく回らないんで忙しかったんだよ」

「そうなんですか」

「鶴ちゃん。もっとスピードを出すけど、怖くないかい」

「わたくし。木越さんとなら怖いことはないのよ」

「もしかしたら。海に落ちるかもしれないよ」

「わたくし。木越さんと一緒なら死んでもいい」


車を停車させる木越。雨が突然降ってきてフロントガラスを激しく叩きつける。ワイパーが作動する。


「どうして車を止めたんですの」

「僕が鶴ちゃんと出会う時はいつだって、頭が混乱している時なんだよ。でも鶴ちゃんは僕を冷静にさせてくれるんだよ」

「さっきは本当に車のまま海に飛び込もうってお思いでしたの」

「ああ」

「でしたら。わたくしもそのまま」

「鶴ちゃん。怖い思いをさせてごめんよ。どうかしていたんだよ」

「木越さんは、わたくしがめくらだから哀れんで」

「そんなことじゃないんだよ。僕は一度だって鶴ちゃんをそんなふうに考えたことはなかったんだよ。雨が止んできたなあ。鍼灸院の慰安旅行で来ているんだったけ。宿まで送ろう」


そう言うと木越はまた車を走らせはじめた。そうして別れ際にこう言った。


「6時になったらまた迎えに来るよ。僕はホテル・サンライズに泊まっているんだ」


宿の食事の時間になっても鶴子は、木越のことを考えているのか、夕飯には手をつけずぼんやりと外に顔を向けている。部屋には鴈治郎夫婦や弟子の按摩たちもいる。時間は6時を過ぎていた。そして、何気なく鴈治郎の妻が新聞の記事を読み上げた。 「「木越化粧品の社長失踪す。自殺を図るつもりか」、へえー。最近は社長さんでも首を括らなきゃいけないのかねえ」


思わず鶴子は部屋にあった電話を手にし、


「ホテル・サンライズの木越さんをお願いします」


と言わずにはいられなかった。


だが、それきり木越は消息不明になってしまった。そして糸子と鴈治郎の仲は、その妻にも露見することになり、弟子たちは鶴子を残して、みんな辞めてしまった。


鶴子がいつものように、またあの稲荷を祀ってある小祠のある階段を降りていた時、足を踏み外し落ちそうになった。だが、その腕は何者かによって掴まれた。一瞬、鶴子はまた木越が現れたのかと思ったが、聞こえてきた声は彼のものではなかった。


「危ないじゃないか」

「すいません」

「君。この辺に熊田鍼灸院っていうところがあるのを知らないかな」

「あら。それならわたしの家よ」

「それなら話が早いや。俺あそこに置いてもらおうと思ってさ。でも、あそこ腕にはうるさいんだろ」

「なら。わたしが口添えしてあげるわ。今、お弟子さんがいなくて困っていたのよ」


そう言うと鶴子は、謙吉というその男を鴈治郎の元へ連れて行った。


「ふうん。それで今までに十件回ってきたのか」

「はい。いろいろ行ったほうが修行になると思いまして。それに腕を上げたくて、専門学校にも通っているんですよ」

「片方の目は開いているのか。じゃあ。俺の肩を揉んでみろ」


そう言われて謙吉は鴈治郎の肩を揉み始める。


「なんだ。その手つきは全然なっていないじゃないか。はやく帰りなさい」

「先生。そんなこと言わないでください。わたくし一人じゃ仕事の数もこなせないし、何かと男手も必要でしょ」


鶴子の口添えもあって謙吉は熊田鍼灸院に住み込むことになった。そして片目が見える彼は鶴子の手を引いて、街を歩くこともしばしばあった。

鶴子のほうも木越と会えない心の寂しさを、謙吉と親しくすることによって埋めていった。


だがある日、鶴子が一人街を歩いていると、一人の女が声をかけてきた。


「姉さん。久しぶり」

「糸ちゃん?あなたどうしていたの?」

「まあね。きょうは姉さんに頼みがあるのよ」

「頼み?」

「先生に手紙を渡して欲しいのよ」


糸子はそう言うと鶴子の着物の胸に手紙を挟み込み消えていった。


鶴子が鍼灸院の近くまで来ると謙吉が待っていて、一緒にラーメンを食べようと誘ってきた。


「つかぬことを聞くけどさ。鶴ちゃんはいい人がいるの」

「そんな。いないわよ。でもなんで」

「胸元にラブレターなんか挟んでいるからさ」

「これは、そんなんじゃないのよ。人から先生に渡してくれって頼まれて」

「どれどれ。俺に読ましてみなよ」

「だめよ。人の手紙を勝手に読んだりしちゃ」

「どうせ。俺が呼んで聞かせることになるんだからよ。へえ。凄いことが書いてあるぜ。先生。わたしお金に困っているの。頼れるのは先生だけなの。お安くないね」

「もう。やめなさいよ」


その夜。謙吉は妻にバレないように、鴈治郎にその手紙を読み聞かせた。


それは暑い夏の日の昼であった。

謙吉がいつものように鶴子の手を取って歩いていると、急に腹が痛いと言って、道にうずくまってしまった。


「謙さん。どうしたの」

「急に腹が痛くなってきやがって。どこかで休ませてくれないか」


二人がいる路地には連れ込み旅館の看板がひしめいている。その一つに二人は入った。


「どうなの。謙さん。お腹の調子は」

「ああ。だいぶ治まってきたよ。やけに眩しいなあ」


そう言うと謙吉は窓ガラスを閉めた。


「じゃあ。行きましょうか」

「まあ。そんなに慌てることはないじゃないか。ゆっくり休んでいこうよ」

「でも、もうお腹は大丈夫なんでしょ」

「鶴ちゃん。俺は初めて見た時から鶴ちゃんが好きだったんだよ」

「謙さん。わたし、そんなつもりじゃなかったの。落ち着いて。ね」

「それは連れないぜ」 「あなた。じゃあ最初からわたしを連れ込むつもりで」


謙吉は狙いをつけた獲物に襲いかかるように鶴子に抱きついた。抵抗する鶴子。ここからのカットはスローモーションが使われている。室内に風を送る扇風機。その扇風機の風が白いレースのカーテンをたなびかせる。その半透明なカーテンに鶴子の顔が覆われる。

謙吉は強引に鶴子の帯を解いてゆく。鶴子の体は帯が解かれる速度に合わせて回転する。


なおも抵抗する鶴子であったが、そこに彼女の心の声が被さってくる。


「力一杯、拒んだわたくしであったのですが、次第に身体から力が抜け、代わりに心地よさが込み上げてくるのでした。わたくしは、その心地よさに身を任せるよりは仕方ないのでした」


やはり若尾文子のベッドシーンはいい。若尾文子はエロスを感じさせる女優だ。しかし、肉体派女優などという存在ではない。もっと内面から湧いてくるようなある種の甘美性を感じさせる人で、このような女優は彼女以外には存在しないであろう。

そう言った意味でも若尾文子という人は稀有な存在なのだ。


そして、このベッドシーンが秀逸であるところから、俺はこの作品の監督、島耕二という人の才気を感じたのである。


この後の鶴子の生活は、彼女の言葉を借りれば、このようになる。


「わたくしは自分のことを、それなりに気高い女だと思っていました。しかし、普通の女が幸せだと思うことを幸せだと感じ、わたくしも普通の女になっていったのでした」


鶴子とねんごろの関係になった謙吉は、はたから見れば、そのひものようなものでしかなかった。


「鶴ちゃん。金欠でさあ」

「この前、お金は渡したばかりでしょ」

「このままじゃ学校にも通えなくなっちゃうんだよ」

「学校にはちゃんと行っているの」

「当たり前だよ」

「じゃあ。無駄遣いしちゃだめよ」


そう言って鶴子は謙吉に金を渡すのであった。

そんな時、鴈治郎の妻の姉が脳卒中で倒れてしまい、しばらく看病をするため家をあけることとなった。鴈治郎は絶好のチャンスとばかりに糸子を家に呼び寄せ、またスケベな行為に及ぶのであった。


その様子を階下で窺っている謙吉もたまらなくなってきた。


「よお。いいじゃないかよ」

「いやよ。こんなところで。人が来たらどうするの」

「人なんか来ないよ」


いやよ。いやよも好きなうちか。言葉では拒んでみるものの、鶴子のほうでも満更でもない様子で、そのまま二人は布団の中で肉体を交わすのであった。

また違う時にはかいがいしく、謙吉のために着物を縫い上げ、彼を喜ばせるのであった。


ある日、謙吉は鴈治郎に呼び出された。


「お前。前にいたところで師匠を殴ったんだろ」

「は、はい」

「そんな者はここにはおいておけん。今すぐ出ていけ!」

「へえ。わたしを追い出してもいいんですかね。糸子とのことは全部奥さんにぶちまけますよ」

「お前。俺を脅そうって言うのか。いいから荷物をまとめて出ていけ!」

「ああ。出て行きますよ!」

「謙さん!先生に謝るのよ!今のはいくらなんでも言葉が過ぎるわ!」


それでも謙吉はボストンバッグを持って玄関を飛び出した。 「謙さん!ちょっと待って!先生に謝るのよ!」

「もう!こんなところにいられるかよ!」 「あれで先生は悪い人じゃないの!それに今、あなたに出ていかれたら、わたしはどうなるの?」


結局、謙吉は鴈治郎に詫びを入れ、鍼灸院に残ることになった。そして、鶴子は謙吉のことを信じ切っている様子であった。


その日は鴈治郎も往診に出ていなかった。鶴子も鍼灸院を出て、車に乗るところであったが、ふと忘れ物をしたことを思い出しきびすを返した。


その頃、鍼灸院の一室ではなんと。謙吉と糸子がちちくり合っていた。


「計画。うまくいっているわね。この家にある財産、全部頂いちゃうんだから」

「それがよ。鶴子のやつ、持っているには持っているんだが、身持ちが硬くてよ。なかなか金を出さねえんだよ」


部屋の入り口に立っている鶴子。


「つ、鶴子!?」

「今までの話は全部本当なの?」

「こ、これはな‥」

「バレたんなら仕方ないじゃないの。わたしもあんたにこの人を貸してあげていたんだよ。手切金の一つでももらおうじゃないの」

「まあ。そう言うことだ。三人で落ち着いて話そうや」


謙吉にビンタを喰らわす鶴子。


「なあ。鶴子」

「触らないで!」


そう言うと鶴子は一目散に家を出て、いつもの階段を登ったが、稲荷の前で倒れ込んだ。そこに激しい雨が打ちつける。だが、そのまま突っ伏したままでいる鶴子。


「君。どうしたんだ。こんなところで倒れて」


その声は鶴子にとって聞き覚えのある声であった。


「木越さん?木越さんなんですか?」

「鶴ちゃん?どうしたんだい?こんなところで?とにかくいいから一緒に行こう」


そう言うと木越は鶴子を一件の小料理屋に連れていった。そして、タオルを借りると鶴子の髪や体を拭いてやるのであった。 小料理屋の小上がりに座った二人。


「熱海ではごめんよ。約束を守れなくて。債権者が部屋に押しかけてきて、にっちもさっちも行かなくなってしまったんだよ」

「まあ。そうでしたの」


木越の元に徳利に入った酒が運ばれてくる。


「お酒。飲んでもいいですか」

「でも。君は」

「きょうは飲みたい気分なんです。それにこれをお返ししなくちゃ」


そう言うと鶴子は例のバッジを取り出した。そのバッジは鶴子が大事にしまっていたことが分かるように、帯留めのように装飾されていた。


「今の僕にはもうこれは必要ないものなんだよ。でも、ふとした時に鶴ちゃんのことを思い出していたんだ。そうすると心が落ち着いて」

「木越さん。聞いてくれますか。わたくし、お金が少しあるんです。それを会社の再建のために使ってはいただけないですか」

「鶴ちゃん。そんな。どうだい。二人して田舎に行かないかい。二人きりで暮らすんだよ」

「でも、今のわたくしは昔の‥」

「そんなことはどうだっていいよ。例え君に十人の男がいても僕は君をさらっていくよ」

「木越さん。ありがとう。でも按摩のお金じゃいやなんですか」

「そんなことはないよ」

「じゃあ。ね。わたくしは木越さんは、きっと立派に立ち直ってくれる方だと思っているんです」

「分かった。分かったよ。鶴ちゃん」


そう言うと木越はそのまま鶴子と唇を重ねた。


「木越さん。お願いがあるんです」

「なんだい」

「木越さんのお顔を触ってもいいですか」

「ああ」


木越の顔をしっかりと触る鶴子。


「やっぱりだわ。やっぱり木越さんは、わたくしが思った通りのお顔をしてらっしゃるわ。木越さんちょっと待ってらして。わたくし家に戻ってお金を用意してきますから」

「分かったよ」


そう言うと鶴子は家の玄関に着いた。鶴子が玄関を開けると、鴈治郎の妻が飛び出してきた。


「鶴ちゃん!大変なんだよ!糸子と謙吉が金庫を空にして逃げちまったんだよ!」

「えっ!」


鶴子は例のタンスがある部屋に急いだ。そして引き出しを開けて、風呂敷づつみを紐解くと、そこに確かに通帳があることを確認し安堵した。

そして急いで木越が待つ小料理屋にとって返した。


「お客さん。もう看板ですよ」

「あの。すいません。さっきまでここにいた男の方は」

「もう帰りましたよ」

「あの」

「なんでもね。あなたに一人でなんとかやってみるからって、伝えてくれと言われましてね」

「・・・」


鶴子は茫然自失とした感じで、そのまま夜の街を歩いた。この時、例によって彼女が心の声を発していたのだと思うが、それは失念してしまった。

そして彼女がそぞろ歩く姿に「完」の文字が浮かび上がった。


若尾文子が好きだ。そして『女めくら物語』というタイトルに見せ物趣味的なものを感じ、この作品のDVDを購入し見てみた。

だが期待はいい意味で裏切られた。そこには二転三転する物語があり、人間ドラマがあった。そして特殊な設定ながら、やはりその魅力を感ぜずにはいられない若尾文子の存在があった。


若尾文子の魅力を最大限に引き出したのは、増村保造監督であるが、他の若尾文子作品も益々見てみたくなった。そんなきっかけになった秀作である。


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