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執筆者の写真makcolli

からっ風野郎


「からっ風野郎」

そこにはそう歌う三島由紀夫の姿があった。

映画『からっ風野郎』は、三島由紀夫を主演にした大映作品である。嫌が応にも気になるというものである。

ファーストシーン。

ムショの中で、バレーボールかなんかをやっていて、はやくもその肉体美を晒した三島のところに刑務官がやってきて、面会者が来ていると言う。

だが、なんの弾みなのか知らないが、あるいは運命のいたずらなのか、おっちょこちょいなヤツが三島の囚人服と自分の囚人服を取り違えて、面会室に行ったら、そのまま面会人に射殺された。

普通、面会人のボディチェックぐらいするだろうと思うが、面会人は三島を殺ったと思って、刑務官たちに、

「ふっ。逃げも隠れもしねえよ。今日からは俺が、こいつに変わってここで臭い飯を食うってわけよ」

と余裕かましていたが、殺ったのが三島ではないということが分かると、慌てて遁走しようとしたが、そんなもんムショの中で人殺しておいて、逃げられるはずもなかった。

『からっ風野郎』は大映作品としては珍しく、やくざ物である。

昔気質の志村喬が率いる組は、志村喬、船越英二、三島由紀夫の三人しか残っていない。

それに対して新興勢力の根上淳の組は、大々的に勢力を伸張し、実質的に三島由紀夫が組長の組が取り仕切っている平和マーケットの利権を、我が物にしようとし、服役中の三島の命を狙った。

そして三島が借釈されるのは明日だった。

おっちょこちょいのおかげで命拾いした三島だが、命を狙われているからムショから出たくないと、所長にかけあう。

「おりゃ命、狙われているんだぜ。あと二日でいいからここに置いてくれよ」

「バカ言うな。刑期を終えたものは一日だって、置いておけるものか。それともお前、シャバに出るのが怖いのか」

「何を言う」

例えば東映の王道とも言える任侠映画で、同じシチュエーションだったら、鶴田浩二や高倉健は自分の命が狙われているということを知りつつも、黙って出所していくことだろう。

だが三島は自分が出所することに対して、さんざん駄々をこねるのである。俺、死にたくねえから、俺をムショから出さねえでくれ、と懇願するのである。

こういったこの作品における三島の姿勢は一貫していて、東映任侠映画とも異質なものを感じさせるのである。

毒々しいくらいのライトがステージを彩っている。

そこで踊る蠱惑的な踊り子四人。その踊り子に囲まれながら歌うクラブの歌手は、かつて三島の情婦であった。

その楽屋には早くも根上淳一派の組員が、三島のことを手ぐすね引いて待っていた。

そこに入る一本の電話。その受話器を手に取る女。

「あら。なにかの間違いじゃないの。私は・・・」

「貸してみろ!」

受話器を奪う組員。

「なに!ラーメン二丁!ふざけるな!」

そのまま女は階下に降りていった。そこにはボーイがいて、電話ですよ、と言う。再び受話器を手に取る女。

「ふっふっふっ。長い間待たせたな」

「あんた!あんたなの?」

「そうさ。今夜、会おうぜ。町の映画館の二階でな」

町の映画館は大映の直営舘であったが、もう終映の時間となっていた。

そこへ黒光りした革ジャンを着た三島と、髪の毛茶髪というよりも金髪にして、毛皮を着込んだ娼婦の二人が現れた。

そこで切符のもぎりや、売店の売り子をしているのが若尾文子。

「なんなんです。あなたたち。もう閉館なんですけど」

「心配するこたねえよ。ちょっと二階を拝借するだけなんだからな」

「そんな。わたし、支配人に怒られちゃいます」

「おりゃ。その支配人よりえれえんだからよ。いいのよ」

そうして三島とその娼婦は、映画館の二階にしけこみ、きつい一発を決めた。

「もう。どこにもいかないでね」

「そんなこと言ったってダメだぜ。俺がいない間、男の一人や二人いたんだろ。体は嘘つけないもんだぜ」

「そりゃあたいだってさ・・・」

「これ。とっときな」

そう言うと三島は札束をベッドの上にポンと投げ出した。

「なにさ。これ?」

「手切れ金だよ。心配するこたねえよ。ムショの中でこさえたキレイなカネだからな」

「なによ。あんたのためだと思って、ずっと待っていたのにさ。こんなはした金で終わりにする気?」

「そういうことなんだよ。これですっぱり分かれるんだよ」

憤慨して女は部屋から出て行った。

三島が例の革ジャンを着て、階下に降りていくと、売店の中で眠っている若尾文子がいた。

「おい。風邪引くぜ」

「あっ。ああ。あなただったの」

「まだ帰ってなかったのかよ」

「だってあなたたちが二階にいるんですもん」

「悪かったな。でも気を回すことはないぜ。俺はこのあたりを取り仕切っている朝比奈組の組長だからな」

「えっ。あなたが。じゃあ支配人にわたしのお給料上げてくれるように言って」

「そんな急に言われても無理だぜ」

「一月5000円じゃやっていけないのよお」

「これ取っておきな」

三島はそういうと、またもや札びらを取り出した。

「そんなお金は頂けないわ。そんな筋ないですもの」

「気の強ええ女だぜ。じゃあこれやるよ」

三島は売店のお菓子を瓶から取り出し、若尾文子に差し出した。

「ありがとう。じゃあ。わたし帰るわ。戸締りよろしくね」

それにしても三島由紀夫の演技である。

お世辞にも上手いとは言えない。台詞も棒読みである。しかしそれがかえっていい効果を生んでいる。

三島由紀夫のぶっきら棒な演技が、なにか作品にリアリティをもたらしているのである。確かにこんなぶっきら棒なやくざが、かつてはいた。ぶっきら棒な男がかつてはいた、という既視感を感じさせるのである。

それに三島由紀夫といえば、日本近代文学の代表的人物の一人であり、その学歴、キャリアなどを鑑みてみると、相当のIQの持ち主だったと思うのだが、その人物がめっちゃ粗暴で、あまり頭のキレの良くない男を演じているというのも面白い。

それに対して若尾文子である。

やはりこの人が画面に登場すると、本当に不思議なのだが、画面が締まるというか、どのようなシチュエーション、役柄であろうと一気に雰囲気が変わるのである。

若尾文子から目が離せないというか、目が釘付けになってしまう。そしてこの作品においては、物語が進行していけば行くほど、彼女の真骨頂、女優としての才能が全面展開されてゆくことになる。

組に戻った三島であったが、そこには半分棺桶に足突っ込んでいる志村喬と、どっからどう見てもやくざには見えない船越英二がいるだけだった。

志村喬。

「これから組をどう盛り立てていくつもりなんだ」

三島。

「とにかくでっけえ銭作ってよ。そしたら子分たちも集まってきてよ」

志村喬。

「馬鹿野郎!おめー任侠道ってもんを忘れたのか!今夜にでも根上バラしてこい!」

船越英二。

「叔父貴。いくらなんでもそりゃ。二代目はついこの間、出所してきた」

志村喬。

「てめえはすっこんでろ!とにかく今夜、根上をバラせ!チャカは用意してあるんだ」

志村喬はいきなり三島に無茶振りをしてきたが、とにかくその場は「はい」というより他はなかった。

だがその夜、三島はべろんべろんに酔っ払って、バーの女のケツを触るというセクハラ行為に打って出た。そうでもしなければやってられない夜もあった。

一方、船越英二は大学卒でやくざの世界に入ったという異色の経歴の持ち主だった。

三島の組が取り仕切っている平和マーケットのなかには、薬局があって、そこの店主はオールドミス的なメガネをかけた女だった。

船越英二とその店主は、やけに親しそうにしていたが、三島は、

「俺はメガネの女はきれいだぜ」

と余計なことを言っていた。

内心、船越英二はやくざの世界から足を洗うことを考えていたが、子供のような三島のことを考えると、そうもいかなかった。

薬局の店先に置いてある猿のおもちゃ。そのおもちゃはゼンマイを巻くと、シンバルを叩いて跳ね回る。その模様を見て、船越英二はこう言う。

「こいつを見ているとかわいそうでなあ」

このおもちゃの猿が跳ね回るカットが、作品中何回も挿入される。それは猿のように無意味に跳ね回っている三島の姿を象徴していることは間違い無いだろう。

ある時、いつものように店に寄った船越英二に店主は、英二を倉庫に導き、ある薬を見せる。

それはドイツ製の薬であったが、臨床実験で三人の死者を出したものの、その一部が出回ってしまい慌てて回収された薬だった。

その薬を店主はある男が持ってきたと言ったが、この薬を根上一派が大量に握っているということを突き止めた。

知恵ものである船越英二は、この薬を使って根上一派に一杯喰わし、三島一派を利するアイデアを思いついた。

だがすでに船越英二とねんごろの仲になっていた店主は、船越にやくざから足を洗い一緒に大阪に行って、堅気の商売をしようと提案する。

それに対してはっきりした答えを出さない船越英二。

店主は、

「待っているわ」

と言い残し大阪へと立っていった。

根上一派も三島に対して手をこまねいている訳ではなかった。

流れ者の殺し屋、喘息のケンを雇って、三島を葬ろうとしていた。ケンはひどい喘息持ちで、発作が起こったときのために吸引機を持ち歩いている。

殺し屋が喘息持ち。昔の娯楽邦画にはよくあるパターンだが、やはりこういう一癖ある人物の方が、キャラとしての存在感は強烈になる。

青びょうたんみたいな顔をして、ゼーゼー言いながら、吸引機で空気を吸い人の命を狙う殺し屋。

しかもケンは、とてもビジネスライクな男だ。組が出入りになりそうになった時も、

「その分の金はもらっちゃいねえよ」

と平然と言ってのけた。

ある工場ではバリケードが築かれていた。

そのバリケードの上に赤旗を立てて、「インターナショナル」を合唱する労働者諸氏。その中心には川崎敬三がいた。そこへ、

「おにいさーん。お弁当よー」

と言いながら、若尾文子が現れる。

「芳江。あれほどここは危ないから来るんじゃないと言ったじゃないか」

「でも。兄さんがお腹減っていると思って・・・」

そんなこと言っていたら、バリケードの向こう側にスト破りのために、ダンプに乗った根上一派が現れ、そのままバックでバリケードに突っ込んできた。

騒然となる一帯。乱闘騒ぎになる一帯。

そのうち待機していた機動隊たちが、川崎敬三たち労働者をパクって、護送車に無理やり乗せてゆく。

バリケードのなかを逃げ惑う若尾文子。だが追い詰められた彼女も、またパクられ護送車に乗せられた。

スト破りに成功した根上一派は組事務所で、酒盛りをしていた。

「きーっきききき。法律守るっていう名目でよ。暴れてよ。それで警察から褒められるっていうんだから、たまんねーわな」

「まったく金一封ぐらいつけて欲しいぐらいだぜ」

そこへ外出していた根上淳が現れる。

「そんなことでガキみたいに騒ぐんじゃねえ。ほれ。お前たちが欲しがっている金一封だ」

そういうと根上淳はのし袋を、ポンと末端組員たちに差し出した。

「それより例のボストンバック。はやく持ってこい」

「へい」

そのボストンバックには、例の薬がぎゅーぎゅー詰めに入っていた。

この根上淳も曲者である。片足をビッコ引いているのであるが、それはかつて三島に刺された傷が原因であった。

それが理由で三島はムショに入ったのであるが、根上はそのことから三島に対して個人的にも恨みつらみを抱くようになったのである。

その頃、製薬会社の幹部たちは頭を悩ませていた。

「こんなことなら、あの薬がなくなった時に公表しておけばよかったんですよ」

「そんなことをしたら我が社の信用問題になるじゃないか」

「誰かが薬を握っているんだ」

「もうやくざでもなんでも現れて欲しい心境だよ」

警笛が鳴っている遮断機。そこに三島を乗せた車が停まっている。

その横にすーっと停まる一台の車。そこには喘息のケンが乗っていて、三島を見るとニヤリと笑い、そのままピストルを発砲してきた。

ピストルを見た瞬間、三島は慌てて身を伏せ、そのまま車外に脱出し、踏切の向こうに駆け込んで行った。そこに列車が通過する。

ケンはそれ以上、三島を追うことはできなかった。

だがケンの襲撃により三島は腕に弾丸を受けていた。

命を狙われている三島は、件の映画館の二階を寝ぐらにしていた。そのベッドの上で苦悶の表情を浮かべる三島。傍らにはボロホロの白衣を着た浜村純がいて、三島を治療している。

「がたがた騒ぐんじゃねえ!こんなもの怪我のうちにも入らんわ!おかげで治療費撮り損ねたわ!こっちは赤字だよ」

「先生。注射はいやだぜ」

「バカヤロウ。これはわしが打つんじゃよ。もうヤクが切れやがった」

そういうと浜村純は自分の血管に針を刺した。浜村純はヤク中のモグリの医者だった。

そして浜村純は帰り際、同席していた船越英二にこう言った。

「子供でも孕んだ娘がいたら連れてこいや。いい金ずるになるんでな」

なんかこういった端役所でも、強烈なインパクトを残すキャラが出てくると、俄然映画は面白くなる。

三島が寝ぐらにしている映画館の支配人にしてもそうで、三島に洋酒なんか差し入れしにやってくるのだが、

「イーッヒヒヒヒ。なに。あっしはね。もう酒飲んでないと手が震えちゃって仕方ねえんでさ」

とか言って、何かにつけて飲んでいる、というか完全なアル中なんである。

浜村純。支配人。

彼らをストリッパーマンと呼ぶこともできよう。三上寛の曲、「ストリッパーマン」はこう歌われる。

君の街に あのけたたましい それでいて どうもすいませんでしたの

ストリッパーマンはいないか 僕の街には もう 一人も

転がっていなくなって しまった

何かが壊れているといえば壊れている。尋常じゃないといえば尋常ではない。しかし、その片一方で切なさや哀愁を帯びたその姿。

少なくとも映画『からっ風野郎』が公開された当時は、そこらへんにストリッパーマンは転がっていたのだと思うが、僕の街にはもう一人も転がっていなくなってしまった。

話は横に逸れてしまったが、三島が治療を受けたその夜、何者かがその寝ぐらに近づいてくる音が聞こえ、三島は枕の下からピストルを取り出し、入り口のすりガラスに向かい、

「誰でえ!」

と言った。すると、

「わたしです」

という女の声が聞こえたので、ガラス戸を開けてみると、そこには若尾文子がいた。

「なんだ。おめか。なにしに来たんだよ」

「わたしをもう一度、ここで雇ってください」

「いいから。入れよ」

「ここでいいんです」

「危ねえんだよ」

そう言って三島は若尾文子を部屋というか、寝ぐらに入れた。

「数日休んだからってクビにするなんて、ひどいじゃないですか」

「俺には関係ねえんだよ。支配人が勝手にそうしたんだろ」

「だから支配人に話すより、あなたにお願いしたほうがはやいと思ってきたんです。兄も工場をクビになってしまって、わたしも仕事がなければどうしようもならないんです」

「だから俺には関係ねえんだよ」

「やっぱりそうだわ。あなた臆病者なんだわ」

「なにを言う」

「だって町のみんな言っているもの。あなたが命を狙われて、逃げ帰ってきたって。もうそんな人には頼みません」

帰ろうとする若尾文子の背中に抱きつく三島。

「ちょっと。なにするの。やめて」

すでに三島のイチモツはピンコ勃ちになっていたことだろう。そのまま三島は文子をベッドに引きずり込み、キツイ一発を決めた。

次のカット。

ベッドの上でタバコを吹かしている三島。若尾文子は乱れた髪を整えている。そして彼女の緑色のカーディガンの一番上のボタンは外れたままになっている。

「心配するんじゃねえよ。おりゃ最初からおめのことが好きだったんだぜ。おめみてえな女、初めてなんだぜ」

「よくもそんなことが言えるわね。あなたって人は」

だが不思議なものである。若尾文子はこの後、断然三島に惹かれていくのである。もう首ったけになってしまうのである。

「やってから始まる恋」というものもあろう。

ラブレターを書いたり、電話番号やメールアドレスを聞き出したり、食事をしに行ったり、お茶に誘ってみたり、合コンしてみたり、映画を見に行ったり、お見合いをしてみたりする前に、まずやっちゃってから、最初からやっちゃってから始まる恋というものも存在するのではないか。

三島と文子の場合がそうであった。

遊園地の回転木馬に乗っている三島と文子。

「大人はわたしたちだけね」

「そうだよ」

園内を歩いている時、文子は三島と腕を組もうとした。

「べたべたするんじゃねえよ。これだから女はいやなんだよ」

ブランコに乗っている文子。

「あなたも乗らない」

「んなこたどうでもいいんだよ。おめ。明日から神田の喫茶店で働くんだよ」

「おめなんてよして。芳江って呼んでよ。それにどうして神田なんて遠いところに行かなきゃならないの」

「黙って俺の言うこと聞きゃいいんだよ。全部おめのためなんだよ。それよりそこらへんでひとっぷろ浴びて帰ろうぜ」

「そうね」

そう言って二人が歩き出すと、車の陰に女の子がいる。

三島がそのランドセルに書いてある名前を見ると、根上淳の娘であることが判明。三島のなかにグッドアイデアというか、悪知恵が浮かんだ。

連れ込み旅館の中で、三島は根上に電話をしている。

「くっくくく。かわいい娘は預かったぜ。娘が惜しけりゃな。てめえが握っている薬ごっそり持ってくるんだよ」

三島は船越英二から薬のことを聞いていた。で、若尾文子も、

「あなた。そんなことやめなさいよ」

とでも言うのかと思ったら、根上の娘とゴムボールで遊んでいた。根上はがっつり儲けられるネタを、みすみす三島に渡すのは断腸の思いであったが、娘のため背に腹は変えられなかった。

東京駅八重洲口のベンチで三島と根上は取引することになっていた。

ベンチに横になって座る三島と根上。

「ブツ、確認させてもらうぜ」

ボストンバックを三島に渡す根上。そのファスナーを開けると、確かにそこには例の薬がごっそり入っていた。

「くっくくく。じゃあ。こいつは確かにいただくぜ」

「待った」

その時、後ろのベンチから声がして、その声の持ち主は大親分である八雲一家の組長であった。

「この話。俺に預からせてくれねえか」

「親分・・・」

「どうなんでえ?」

「へ、へい」

からっ風野郎のくせして、押しが強くない三島は仕方なく承知した。

「根上はどうなんでえ?」

しかし根上は渋い顔をしている。すると周りから続々と八雲の子分たちが現れる。その模様をカメラが俯瞰から捉えていて、あっという間に根上は取り囲まれてしまう。

その勢いに圧倒され、承知するしかなくなる根上。このシーンは秀逸であった。

だが話を飲んだ代わりに、三島の縄張りである平和マーケットにはトルコ風呂が立ち、そのマネージャーには船越英二が就任していた。

すでにその頃、志村喬は鬼籍に入っていて、映画館の支配人が組事務所にやってきて、志村喬の遺影の前に洋酒を供えたが、それは自分が飲みたいがためにかこつけた行為であった。

「ヒーッヒヒヒ。これで根上とも手打ちができて、叔父貴も草葉の陰で喜んでいやすぜ」

「手打ち?そんなものおりゃ信じちゃいねえよ」

酒をかぶ飲みしながら支配人。

「へぇー。そんなもんですかねー」

トルコ風呂ができて実入りが良くなった組には子分も集まってきて、志村喬の葬式で集まった香典の計算をしている、そこは組事務所であった。

そこに船越英二が現れる。

「よぉー。トルコ風呂の支配人、どうだい儲かってるのかい?」

「そう噛み付くのはよせよ。まだできて半年だからな。これからいい娘が入ってくれば、どんどん儲かるぜ。なにしろトルコは、この組の唯一の資金源だからな。まあ金のことは、この学士様に任せて、お前は大船に乗った気でいりゃいいのよ」

「そんなもんかよ」

そんな暇こいている三島のもとに、ある一報がもたらされた。

例の如く映画館の二階に潜伏している三島のもとに、ねんごろの関係になった若尾文子が現れ、三島に微笑んでいる。

「なに、にやにやしてるんだよ」

「なにって嬉しい知らせがあるのよ」

「だからなんなんだよ」

「わたし、お腹に赤ちゃんができたの。どう。嬉しいでしょ?」

「・・・」

「どうしたの?」

「何ヶ月なんだ?」

「三ヶ月目よ」

「堕ろすんだよ。その赤ん坊は堕ろすんだよ」

「なんてこと言うの。やっぱりあなたわたしを愛してなんかいなかったのね」

「愛もなにもねえんだよ!俺が根上のガキさらったのを見たろ!赤ん坊なんか産んだら同じ目に遭うんだよ!」

「そんなことどうだっていいじゃない!わたしたちの赤ちゃんなのよ!」

「だから、そんな甘い考えはよすんだよ!捨てるんだよ!」

やっちゃってから芽生える恋には、産む産まないの問題はつきものであるが、その場は三島に説得され、産婦人科に向うことにした文子であった。

産婦人科の待合室。

三島はベンチに座っている。そこへ手術を終えた産婦人科のババアが現れる。

「どうだったんでえ?」

「どうだったも、こうだったもないよ。あの娘、さんざん暴れてさ。おかげでこっちは腕、引っかかれちまったよ」

「それじゃあ。なんでも産まなきゃならねえのかよ」

「慌てるんじゃないよ。こういう時のためにさ、ちゃんと薬は用意してあるんだよ」

そう言うとババアはポケットから薬を取り出し、三島に渡す。

「つわりに効くとかなんとか言ってさ。うまいこと飲ませるんだよ。舶来の薬でさ効き目は抜群だからね。しくじるんじゃないよ」

そう言い残すとババアは、また手術室に消えた。入れ替わりに若尾文子がバツが悪そうに現れる。すると病院に作品冒頭で三島の情婦だった歌手が入ってくる。

「おめ。先に行ってろよ」

三島は文子にそう言うと、文子は先に病院から出て行った。

「あら。久しぶり。あんたもあの映画館のもぎりの娘に手を出すなんて、洒落たことするじゃない。で、おめでたっていう訳?」

「まあそんなところだよ。そっちはなんの用なんだい」

「こっちもまあそんなところよ。それよりわたしを捨ててくれたお礼に、あの娘のことを根上に言いつけてやろうかしら」

「勝手にしろよ」

そう言うと三島は産婦人科をあとにした。

若尾文子が下宿している神田の喫茶店の二階の部屋。

「荷物まとめるんだよ」

「なんなの急に?」

「ここも危ねえんだよ」

「危ないってなにが?」

「いいから俺の言う通りにすりゃいいんだよ。それからさっきよ。病院のバアさんが、なんつーか体にいいからとか言ってよ。薬くれたんだよ。これ飲めよ」

「本当に?」

「ああ。本当だともよ」

「じゃあ赤ちゃんは産んでいいのね。薬は今、飲まなきゃいけないの?」

「好きにしてもいいんだぜ。その代り薬は今すぐ飲まなきゃだめだぜ」

「分かったわ」

そう言うと文子はヤカンからコップに水を入れ、三島から渡された錠剤を口に含み、水を飲んだ。

「じゃあ。荷物はまとめておくんだぜ」

三島は部屋から出て行った。その薄暗い部屋の中、一人残った若尾文子は静かに口から薬を取り出した。

数日後。

三島と文子はある隠れ家のような部屋にいて、まだ布団などの荷物はほどかれていなかった。窓を見ながら三島は言う。

「すまねえな。こんな薄っ汚いところでよ。それより、なんだいその吐き気っていうか」

「つわりのこと?」

「そうよ。そのつわりってやつの調子は?」

「別に普通よ」

「その。なんだい。あの薬を飲んでから体の具合が悪いとかなんとか」

「ふっふふふ。あっははは。わたしあの薬、吐いちゃった」

「なにを言う!」

「そんなことだと思っていたのよ。あなたの考えることなんて。あの薬で赤ちゃんを堕ろさせるつもりだったんでしょ。わたし産むわよ」

「このアマ!」

そう言うと三島は文子の頭をはたき、今風に言うならDVの嵐をさんざ文子に見舞った。

「やるならやりなさいよ!殺すなら殺しなさいよ!でも赤ちゃんは絶対、産むわよ !」

「懲りねえアマだぜ!まだそんなこと言うのかよ!」

さらに殴る蹴るの仕打ちを文子に繰り出す三島。だが文子の目つきは変わらない。

「ねえっ!分かって!あなたの赤ちゃんを産みたいのよ!」

三島の動きが止まる。そして、まだほどかれていない布団に身を預けながら言った。

「ふっ。負けたぜ。おめみてえな女は初めてだよ」

そして体を求めあう二人。

このシーンを見た時、やはり若尾文子は若尾文子だと思った。

そして、この作品の監督が増村保造だということにも納得がいった。なぜなら増村保造作品の中の若尾文子は、いつだって強い意志を持っているからだ。

それでいて〝女の性〟というものを、強烈に見せつけるのである。

自ら主体的に行動する女でありながら、同時に女としての本能のようなものを兼ね備えている。

それが増村保造と若尾文子が体現してきた「女」であった。それはそれまでの日本映画にはいなかった「女」であった。その「女」を具現化してみせたという意味において、若尾文子は邦画におけるエポックであると同時にミューズでもあるが、若尾文子が去ったのちも増村保造は、安田道代で、梶芽衣子で、場合によっては渥美マリにおいてさえ、その「女」を作り出した。

であるから、やはり増村保造の才能というのは先んじていたと言えるし、見るべきものは多いにあるのである。

シーンが変わり、今度は川崎敬三が若尾文子の隠れ家にいる。

「なあ。芳江。なんだってあんなヤクザ者なんかとつきあうんだよ」

文子は鏡台に向かいながら言う。 「また。兄さん。あの人が紹介してくれた仕事を断ったのね」

そりゃ「インターナショナル」を歌っていたような人間とヤクザじゃそりが合わないのも当然だろう。

「芳江。兄さんはお前のことを思って言っているんだぞ」

「それはあの人はヤクザよ。でも兄さんが思っているほど心根は悪い人じゃないのよ」

「そんなこと言ってもな。お前が泥沼に堕ちる前だから言ってるんだよ」

「兄さんが思っている以上に、わたしたち深い仲なの」

「お前はバカだよ。大バカ者だよ。もう好きにしろ」

そう言うと川崎敬三は階下に降りて行ったが、そこで三島とすれ違った。

「よう」

三島を無視して逃げるようにいなくなる川崎敬三。そのまま二階に上がった三島。

「おめの兄貴、俺を毛嫌いしているようだぜ」

「そんなことないわ。仕事が見つからなくて、気が引けているんでしょ」

「今度会った時に、これおめからだって言ってやれよ」

そう言うと三島は文子に札びらを渡した。

「ありがとう。助かるわ」

だがその川崎敬三が根上一派に拉致されてしまった。

三島が一人で事務所にいる時、根上から電話がかかってきた。

「クックク。今度は俺がおめえの使った手を使わせてもらったよ。あいにく、こっちはおめえみてえに頭がないんでな。こいつの命が惜しかったら、トルコの権利書持ってくるんだよ」

受話器の向こうからは、川崎敬三が折檻される音が聞こえてくる。

夜のマーケットにからっ風が吹き抜ける。その中を一人歩く三島。

すわっ。殴り込みかと思ったら、向かった先は船越英二が支配人を務めるトルコだった。

「トルコの権利書、出すんだよ」

「なんだよ。藪から棒に」

「いいから。出すんだよ」

「いくら組長だって理由も聞かずに権利書を、はいそうですかいと出せるかよ」

「芳江の兄貴が根上に捕まって危ねえんだよ」

「そんな赤の他人のために、組の唯一の資金源のトルコの権利書を渡せるかい!」

「危ねえんだよ」

「ははあ。おめえ。あの芳江っていう娘に本気で惚れてやがるな。女なんてもんはすぐに乗り捨てるもんだ、なんて言っていたのによ」

「芳江は真面目な女なんだよ」

「バカらしい。そんな組長さんの道楽にまで、付き合っていられるかい」

「もういいよ。俺一人でやるからよ。ハジキはどこにあるんだよ」

「事務所の仏壇の後ろにあらあ」

三島が事務所に戻り、船越英二の言った通りに仏壇の後ろをまさぐると、そこから小型拳銃が出てきた。

それを持って一人、根上のところに向かおうとした三島であったが、そこに船越英二が現れ、三島を殴りつける。

「バッキャロウ!本当に世話の焼ける組長さんだぜ!危なくて見ちゃいられねえや!トルコの権利書なんてくれてやるから、二人して大阪に行って堅気になるんだよ!」

この展開には、かなり驚いた。これが本当に鶴田浩二や健さんの東映任侠映画なら、黙って二人して敵の組に殴り込みをかけて、二人のうちのいずれかは命を落とすぐらいのことになるんだけど、そうはならないでリアルな選択をするという意外性があった。それも増村保造ゆえになせる技であろうか。

ある昼下がり。

三島は組の若いもんに、これ、やるよ、と言って例の革ジャンを脱ぎ捨てうっちゃった。その三島が絶えず身につけていた革ジャンは、あたかもシド・ビシャスが着ていた革ジャンのように重たく黒光りしていた。

そして駅の構内に現れた三島は白のスーツを着て、ベンチで文子と一緒に座っていた。

「どうでえ。このスーツ」

「よく似合っているわ」

「先に大阪行って商売やってるからよ。おめもガキ産んだら、あとから来るんだぜ」

「分かっているわ。あまり無理しないでね」

「なあに。商売ったって堅気の仕事よ。心配することないぜ。おっと、そりより生まれてくるガキのために産衣を買わなくちゃいけねえな」

「そんなものいつだって買えるじゃない」

「なんてったって俺のガキよ。田舎の産衣なんて着せられねえぜ。ちょっくら買ってくらあ」

「列車の時間までに帰ってきてね」

「うるせいアマだぜ。分かってらい」

そう言うと三島は駅構内にあるベビー用品売り場に向かった。

「これ。くれや。包まなくていいからよ」

「はい。かしこまりました」

三島が商品を待っている間に、その背後に影のように近づく者があった。

「声出すんじゃねえよ」

それは、あの忘れかけていた喘息のケンで、すでに三島の背中に拳銃を突きつけていた。

「くっ。この手があったのか・・・」

それは俺も同じことを思った。なんとなく幸せなムードに包まれて、なんとなくこのまま作品は終わっていくのかと思っていたら、そこへ忘れかけていた男が現れ、思いがけぬ方向に展開が回り始めたのだ。

喘息のケンは雑踏の中で三島の背中に銃弾を撃ち込むと、その雑踏の中に消えていった。

そのままエスカレーターに倒れこむ三島。その体がエスカレーターに運ばれて、上方に登ってゆく。つまりカメラは下から三島を捉えている。

立ち上がり背中から血を流し、産衣を掴みながら、なんとか必死にエレベーターの流れに逆らい下に降りていこうとする三島。その姿を横から捉えるカメラ。

しかし、だんだんと力がなくなり、足がもつれ、再びエレベーターに倒れこむ三島。

今度はカメラは上からエレベーターを捉えていて、まだそこには何も映っていないが、やがて息が絶え目をカッと見開き、口から血を流している三島の死体が運ばれてくる。

そこにエンドマークがかぶさる。

なんという秀逸なラストシーンだろう。意外な展開ということもさることながら、ここには増村保造的映像文法が存在しているように思う。いや。している。

それにこのラストに若尾文子が立ち会っていないのもいい。下手に彼女が三島の死体を見て、悲鳴なんか上げるよりも余韻が残るし、三島の死も鮮烈な印象を見る者に与える。

それに唐突に三島が脱ぎ去った革ジャンのことも気になる。三島にとってあの革ジャンは戦闘服ではなかったのか。

その戦闘服を脱ぎ捨てた時、彼のなかから戦闘意欲がなくなり隙ができてしまった。そして代わりに着替えた白のスーツは、彼にとっての死装束であったと考えるのはうがちすぎた見方だろうか。

映画『からっ風野郎』は、実に見応えのある作品であった。

ということで、いつにも増して長文になってしまったが、そう書かざるを得ない魅力に溢れていた作品だった。

そこにはぶっきら棒な三島由紀夫がいて、可愛くも自身の意思を貫徹する若尾文子がいた。そして、それら被写体の魅力を引き出し、見る者を虜にするような増村保造の映像文法があった。

あいつはまたいつの日にか歌うのだろうか。

からっ風野郎

と。

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