ディープ&ストロング。つまり深く、強くとはこの映画のために用意された言葉である。
ムショに収監されている松方さんは、仮釈がほぼ決定的となり、面会にやってきた女房であるところのジャネット八田を前にして、テンションが上げ上げになっていた。
「今度、娑婆に出たらお前にごつい指輪買うてやる。大阪城みたいな家建てたるわ。やったるでー。わしゃヘドが出るほど銭設けたるわ」
その隣ではこれまた面会が行われていて、囚人、面会人、双方ともに聾唖者であり、面会人の志賀勝は獣物みたいな外見、雰囲気を醸し出していて、両者ともに手話を用いて会話をするのであった。
こんな設定必要か、とも思うが、それが東映三角マークの作品を見るということの洗礼であることは言うまでもない。
松方さんが収監されているムショでは、大学の答案用紙を印刷していた。
その印刷係が松方さんであり、休憩時間、野球をやっている時に、看守の目を盗んでボールの中に答案用紙を埋め込み、松方さんが、
「あーっ!すんまへーん」
なんて言って暴投し、ボールが壁の向こうへ消えてゆくと、そこにはヤクザの車が待機していて、ボールを回収していくのだった。
ムショの外には遠藤太津朗が親分の組があり、この組がムショから入手した答案用紙を受験生がいる金持ちに売りつけ儲けていたのだ。
さらにムショの中には遠藤太津朗の息のかかった囚人、岩尾正隆がいて、こいつがムショを取り仕切っているも同然なのであった。
片一方で松方さんや、石橋蓮司、殿山泰司、前田吟のグループがいて、彼らは獄中でそれなりに平和な暮らしを送っていた。
そこへ松方さん、仮釈決定近しの噂がたったものだから、本人としてもテンションは上がるというものであったが、前田吟演じるところのアリラン(在日韓国・朝鮮人)が急に盲腸になってしまった。
医務室に運ばれるアリラン。なんとか手術してくれと懇願する松方さん。
「手術するいうてもな。手続きやなんやかんやで、病院に連れて行くまで三日はかかるで」
と刑務官。
「そんな!三日も放っておいたら死んでまうやないけっ!」
「緒方(松方さんのこと)。落ち着け。ムショの中で盲腸に罹ったら死刑も同然なんや。こいつの寿命やったんや」
と殿山泰司。
「緒方さん。ポクまだ死にたくないよ。子供、女房残してどうして死ねるのよ」
号泣するアリラン。
松方さんは例の幅を利かせている岩尾正隆の元へ行った。
「なあ。アリランが死にそうなんや。あんたなら顔が利くさかい。なんとかしてくれまへんか」
「ああ。ええで。その代り高こうつくけどな」
松方さんがいつものように、印刷の労働をしている時、刑務官がやってきて所長が呼んでいると言う。
松方グループも本人も仮釈が決まったと思い。みな満面の笑みを浮かべるのであった。
が、所長室に入ってみると、なんやら雰囲気がピリピリしている。
刑務所長には小松方正。課長には神経質な悪役といったらこの人、菅貫太郎なのであるが、菅貫太郎は髪型からヒゲの形まで、ヒトラーにそっくりで、実際囚人たちからヒトラーというあだ名で呼ばれていた。
それでなんやかんやと松方さんにいちゃもんをつけてくる。
「お前、もともとはヤクザだったそうじゃないか」
「ヤクザからはもうとっくに足を洗ってま」
調書には飲食店を経営していた時代の松方さんと、ジャネット八田の写真が添えられている。
「それで所長はん。わしの仮釈の件はどないになってまんの」
「それがだな緒方。うまいこといっておらんのだよ」
「身元引受人は奥さん以外にはおらんのか」
ねちっこい悪役といえばこの人、沼田曜一がそう言う。
「奥さん以外にってあいつで十分でっしゃろ」
「それがな緒方。奥さん引受人の書類を白紙でよこしたんだ」
そう言って小松方正は、松方さんに白紙の書類を見せた。
一気にハッピーからブルーに突き落とされた松方さんは、頭の中がコンフューズしてしまい暴れ出したのであったが、すぐに刑務官たちに取り押さえられ、体をロープでぐるぐる巻きにされた上、高圧ホースで水を死ぬほど浴びせられる刑を食らった。
意気消沈した松方さんは、労働にも身が入らず、上の空で印刷機の前に立っていた。
そんな松方さんを石橋蓮司たちは心配していたが、そこへアリランが戻ってきた。
「おー。アリランやないけーっ。」
「緒方さん。ありがとう。ポク、緒方さんのおかげで命助かったよ。ありがとう」
そして身体検査であるカンカン踊りの日がやってきた。
カンカン踊りとは刑務官の前で全裸になり、舌を出してから体を前後にくるっと一回転させるもので、この映画に限らず、東映の刑務所を描いた作品には頻出してくるものである。
そのカンカン踊りをやっている医務室に、突然、若山富三郎が乱入してきて医療用アルコールのエタノールを、がぶ飲みしはじめたのである。
それを目撃した松方さんは、
「担当さーんっ!こいつアルコール飲んでよりますでーっ!」
と叫んだ。
若山富三郎を取り押さえようとする刑務官たち。それでもストロングな富三郎はエタノールの瓶から口を放そうとしない。
医務室が混乱している隙に松方さんは、医者のところへ行き、隠し持っていた札を、その白衣のポケットにねじ込み、
「もう。盲腸でもなんでもええから、わしを病院に連れて行ってくれまへんか。あんじょう頼みます」
と、医者にとっては迷惑以外の何物でもないことを口走った。
しかし、その目論見は当たり前のように失敗し、再び高圧ホースの刑に処せられた。
足や胴体に水を食らっているうちはまだ余裕があるが、やはり〝男のフリーダム・ファイター〟 といえども顔面にケルヒャー以上の威力の高圧水を浴びせられると、アッブアップしちゃっている感は隠せなかった。
それでも松方さんは戦いをやめなかった。
と言うよりも、仮釈の決定が取り消されたことによって、頭のタガが狂い始めたのかもしれない。
その日は囚人が作ったタンスを、菅貫太郎の家に運び込むということになっていた。
トラックにタンスを乗せている囚人たち。そこには川谷拓三がいて、突然拓三のところへアリランが、
「哀号!」
とか言って泣きついてくる。どうやら二人は兄弟のようだ。二人は韓国語で喋り始める。
「緒方さんは自分の命の恩人なんだ。なんとか助けてやってくれ」
「わかっとる。俺に任せておけ。緒方さんは絶対逃してみせるから」
とかなんとか言っている間に、松方さんは積荷のタンスの中へ刑務官の目を盗んで入っていった。
菅貫太郎の家に到着した一同。
「今や」
拓三がそう言ってタンスから出ようとする松方さんだが、タイミング悪く刑務官が現れる。それではタンスの正面を庭に向けて置き、そのままトンズラかまそうとした松方さんであるが、
「何やってるの。向きが逆でしょ。バカなんだから」
の菅貫太郎の嫁である春川ますみの一声によって、タンスから出るに出られなくなる。
「よし。みんな帰るぞ」
刑務官の命令によって、一同は菅貫太郎宅を後にした。この時の拓三の心中はいかばかりであっただろう。
「この桐のタンスが二千円だぞ」
と菅貫太郎。
「あら。お金払ったの。バカらしい。あなた刑務課長でしょ」
「まあ。そう言うなよ」
春川ますみがタンスの扉を開いた時、そこには〝俺、腹決めたよ〟という表情をした松方さんがいた。
「キャーッ!」
「言う通りにせえやっ!言うこと聞かんと、奥さんぶち殺すどっ!」
そのまま春川ますみとともに、違う部屋になだれ込む松方さん。
冷蔵庫で入り口にバリケードを築き、その冷蔵庫に入っている瓶ビールの栓を歯で開け、がぶ飲みし、食料を手当たり次第に貪る松方さん。
一通り飲んだり食ったりしたら眠気に襲われたのか、椅子に座り眠りこけている松方さん。
それを見た春川ますみは、冷蔵庫をそっとどかしはじめる。だが、その物音に気付いた松方さんは、春川ますみにビンタを食らわせ失神させ、素早くパンツを脱ぐと、きつい一発を迷わず決めた。
「緒方!妻は大丈夫なんだろうな!」
急いでパンツを履く松方さん。春川ますみも乱れた髪を直す。
そこへ突入してくる菅貫太郎たち。
「貴様!妻には何もしてないんだろうな!」
春川ますみの首に包丁を突きつけながら。 「心配すなっ!奥さんには指一本触れてへんわい!なあ、奥さん」
「そう。わたしは大丈夫よ。この人、親切だったもん」
菅貫太郎と刑務官たちはその場に、ジャネット八田を連れてきていた。
「あんた。堪忍して」
「なんで、なんでお前。書類を白紙でよこしたんや!」
「ヤクザの連中がやってきて、白紙で出せって脅されたんや」
「ちっくしょう!あん、外道どもがっ!」
松方さんは投降するより仕方なかった。
遠藤太津朗配下のグループは、なんとか松方さんをムショの中に食い止めておきたかった。
それは答案用紙の秘密を知っている松方さんに、娑婆に出られては困るし、それがために遠藤太津朗は、ジャネット八田を脅して、身元引受人用紙を白紙で送るように仕向けたのである。
そしてこの悪のグループは、医務室を混乱に陥れたストロンガーな富三郎に目をつけてもいた。
松方さんグループが答案用紙や、なんやの紙をサイロで燃やしている時、富三郎はまたしても突然現れ、襲撃を開始した。
「おっ!なんやわれ!」
そう言って驚く石橋蓮司を一発でのすと、本命の松方さんに襲いかかり、炎燃えさかるサイロに追い詰め、その両手をサイロの壁に無理やり押し付けた。
松方さんの手のひらから、肉が焦げるジューッという音が上がる。
「ギャーッ!」
まったくこの作品における富三郎は、「悪魔のようなあいつ」である。
殿山泰司が叫び声をあげ、刑務官たちが到着するまで、松方さんの手のひらからはジューッというハンバーグが焼け上がるような音がしたのであった。
懲罰房に背中を向かい合わせのまま拘禁され、ぶち込まれた松方さんと富三郎。
「おっさん。まさかわし殺そうとしたの。アルコールの恨みだけやないやろうな。おっさん立てや」
ふてぶてしい顔で無反応な富三郎(以下、おっさん)。
「ションベンや。ションベンしたいのや。このまま垂れてもええのんけ」
それでも無反応なおっさん。
「スーッ。垂れっどー。垂れっどー」
そこで立ち上がるおっさん。松方さんの前にはバケツが置いてある。
「はよ。やりいや」
「せがれが、せがれがふんどしの隙間から出てけえへんのや」
「こうな。いち、にのさんと勢いつけて振ったらええねん」
「よっしゃ。いくどー。いち、にのさん!」
そう言って松方さんが腰を強く降った時、せがれはふんどしから出てきて、無事にションベンをすることができた。
だがここから先の二人の道は険しかった。
二人揃って別のムショに移されることになった二人は、護送車に乗せられて山道を走っていた。
その先には遠藤太津朗配下の子分たちが待ち構えていて、ダンプカーで護送車が来るのを狙っていた。
護送車が峠に差し掛かった時、突然ダンプカーは現れ、護送車に追突し谷底へ突き落としたのであった。
回転しながら谷底へ落ちてゆく護送車。回転が止まった時、おっさんが言った。
「われえ。生きとんのけえ」
「ああ。なんとか生きとるわ」
「よっしゃ。このままふけてまおう」
そんな会話を二人がして、遁走を決め込もうとした時、血まみれの刑務官がこちらに銃口を向けているのが見えた。
「き、貴様ら。絶対逃がさないぞ」
松方さんは車内に落ちていた拳銃で、顔を紅潮させ、その刑務官を撃ち殺した。
それを見ていたおっさんの表情がいい。悦楽の表情というか、また一人生きながら地獄の中を進んでいかなくてはならない人間が増えたことに、喜びの表情を見せているというような、嬉々としたものを感じさせるのである。
それが証拠におっさんは、
「これでお前も捕まったら、無期懲役やぞ」
と軽く言った。
その後、二人は逃走を図るため私服に着替えるのだが、若山富三郎、おっと、おっさんが軍服に着替えてきたのには笑った。
「どうや。よう似合うやろ」
「似合うって似合いすぎやで。おっさん、いつムショに入ったんや」
「いつって。終戦の年の十二月や」
「そんな格好じゃかえって目立ってしゃあないわ。わしが服買うてきてやるさかいに銭出せや」
するとおっさんは財布の中から、百円札を取り出し、松方さんに渡す。
「あんなあ。おっさん。今の時代、百円言うたらガキの小遣いにもならんで。一万円出さんかい」
するとバッグからピストルを取り出すおっさん。
「お前。そなこと言うてわしの銭かすめとる気やろ!」
「何言うてんねや。時代が違うわい。時代が」
このあと二人は街に出る。そこで電気屋のショーウインドーに並んでいるテレビというものをおっさんは初めて見る。
「なんやこれ。けったいなものやなー。箱の中から声がして、人間が動きよるでー」
そこにニュース映像として、脱獄を図った二人の顔写真が映る。
「おっ。なんや。わしらの顔が写っておるで。くくく」
松方さんはおっさんが被っているハンチングで、おっさんの顔を隠すと、その場から雑踏に紛れていった。
正直なところオープニングからここまで、爆笑のしっぱなしなのであった。
おっさんのエタノールがぶ飲みから、軍服での登場までコメディなのではないかと思うシーンの連続なのである。
この『強盗放火殺人囚』は、「松方弘樹の脱獄シリーズ第三弾」と銘打たれた作品である。
前二作の『脱獄・広島殺人囚』、『暴動島根刑務所』は、東映のアナーキスト、中島貞夫監督が手がけたもので、そこでは松方さんはひたすらデストロイヤー、クラッシャーとして振る舞い、秩序を混乱と混沌の坩堝に叩き込むという、〝男の突撃列車〟として突進する姿を体現した。
だが、この作品ではやや方向性が変わっている。
まず松方さんが一人で暴れ、脱獄を繰り返すというのではなく、若山富三郎というパートナーが存在し、暴力という点では若山富三郎には敵わない。
そして若山富三郎との掛け合いによって、コメディ的要素を生んでいる。
またムショの外に遠藤太津朗の組があって、こことも戦わなければならないという図式になっている。
監督は中島貞夫に代わり、将軍と呼ばれた男、山下耕作。脚本は東映の鉄腕脚本家、高田宏治である。
この二人が作品を手がけたことにより、前二作のようなアナーキズムは後退しているが、混沌の中に笑いの花が咲く、といった感じのまた違った面白さを持った作品に仕上がっていると思う。
銭湯で鼻歌なんか歌っちゃっているおっさん。マッサージチェアなんかに座っちゃっているおっさん。
そこへ女湯の入り口からジャッネット八田が現れる。松方さんとジャネットは、ばあさんが座っている番台の下でやり取りをする。
逃走用の資金を受け取った松方さんだが、春川ますみと一発決めたというものの、我が女房が裸になってゆく姿に目を離すことができない。
それでばあさんに杖で頭小突かれた。
と、そこへ刑事が入ってきていきなり、ピストルを取り出し、
「緒方だな!」
と叫んだ。荷物を持って一散に番台をくぐり抜け、女湯に突入する松方さんとおっさん。パニックに陥る女湯。素っ裸の女たち、刑事、松方さんにおっさんがくんずほずれつの様を展開する。
荷物は守りながらも湯船へと入ってゆく、松方さんとおっさん。パイオツを隠す女。ジャネット八田によって、湯船に引きずり込まれる刑事たち。
松方さんとおっさんは、びしょ濡れになった猿またを晒しながら、銭湯の奥へ消えていった。
二人はお遍路さんの格好をして、四国に現れた。
聞けばおっさんには終戦の年に生き別れになった娘がいて、まずはその娘が暮らしていた孤児院を訪ね、現在暮らしている住所を聞くことができた。
「その娘って、どんな子やったんや」
「そうやな六つの時に別れたんやけどな。こう高峰秀子みたいな子やったわ」
「アホらし。六つの子に高峰秀子もエテこうの子もあるかい」
ネクタイをビシッとしめ、スーツ姿でアパートにやってきた二人。
教えてもらった部屋のドアをノックしてみても返事がない。そこで松方さんがドアを開いてみると、そこには大の字になって口にパンを突っ込みながら、豚みたいないびきをかきながら寝ている女がいた。
「これが高峰秀子けえ。えげつない腐りようや」
「鰹節でも20年も経てば腐りよるわい」
ふと目を覚ます女。
「ギャーッ!なんやのあんたら。人の家に勝手に上がりこんで!泥棒!泥棒!」
後ろに目をやると、ちょっとイカした女が立っていた。
「奥さん。この人ら泥棒でっせ」
「この人や。この人がわいの娘や」
シーン変わって夜のアパート。
そこには娘の旦那も加わって、すき焼きをつつく四人の姿があった。この旦那がピラニア軍団の一人、野口貴。
「お父さん。突然訪ねてきて、驚いたわ」
「わしもな。ようやっくのこと、ここを人から聞いてわかったんや」
「それでお父さんは、どんな仕事をしているんですか」
「んっ、いや。それは鉄鋼にな木工。印刷なんかな手広くやっとるちゅう訳や」
「社長はブラジルに農園を持っていて、貿易をされているんです」
どうやらここでは、おっさんが貿易会社の社長、松方さんはその部下という設定になっているようだ。
野口貴。
「僕も終戦の年に二親を亡くしましてね。お父さんのことは、一度お目にかかりたいと思っていたんですよ」
「そうか。そうか。よっしゃ。家建てたる。二人のために家建てたるさかいな」
そう涙まじりに言うおっさん。
「社長。そろそろ時間が」
「えっ。そんな。こんなところでよかったら泊まって行ってくださいよ」
「そうしてくださいよ。ねっ」
「そうけ。ほな。そうするかいな」
「社長。時間が」
「お父さん。そんなに忙しいの」
「社長はきょうお忍びで来ているんです。さあ。行きましょう」
「ほうか。ほうか。じゃあ。この次来るときは、孫に土産買うて来るからな」
旅館の一室。
松方さんは布団の上で漫画雑誌か、なんかを読んでいる。おっさんは机の上のお銚子からグビグビと日本酒を飲んでいる。
「なあ。かわいいもんやないけ」
「なにが」
「あの子、わしを見た瞬間にお父ちゃんと分かったみたいやったで。なんや。やっぱり親子の愛情いうのはあるんやな」
「おっさん。ちょっとおかしいんちゃうか。おっさん娘と別れたのが六ついうたよな」
天井位置から完全な俯瞰のアングルで、二人を映し出すカメラ。
「せやったらあの娘、二十六とちゃうか。それやのにあの女、自分が二十二言うとったで、こりゃおっさん食わされたんちゃうか。あの二人もアホやで、ものの計算もできんと。ギャーハハハ。こりゃ傑作じゃ。ギャーハハハ、ハ」
もう腹がちぎれるばかりに爆笑する松方さん。のたうちまわって爆笑する松方さん。
その瞬間、マウントポジションを取り松方さんの首を締め上げてゆくおっさん。
「ちょっ、ぐっ、うっ」
さっきまで浮かれて爆笑していた松方さんの表情が、苦悶のそれに変わる。
「われえ。あの子がわしの娘やないん言うんけえ」
「ちょっ、まっ、そっ」
おっさんの手が緩んだ隙に部屋の隅に逃げる松方さん。おっさんをと見ると、何やら脱力した感じで、佇ん
でいる。
「おっさん。かんにんや。わしが悪かった。そりゃ20年や。4年、5年の狂いも出るわい。なっ。ありゃおっさんの娘や」
このような親子のペーソス的部分を描くというのも、前二作にはなかったものだが、旅館では宴会が開かれていて、その音がさっきから二人は気になっていた。
大広間で気勢をあげて騒いでいる連中の中へ、松方さんに娘のこと言われてクサクサしちゃっているもんだから、おっさんが突如乱入しお銚子でそこらにいる者の頭をぶっ叩いた。
しかし連中にはすこぶる強い奴がいて、おっさんを二度背負い投げで畳に打ち付けた。
そこへ松方さんが現れ、
「おどれら!年寄りになにすんねん!あんまりひどいことすると、警察呼ぶぞ!」
と言ったのだが、相手から帰ってきた言葉は、
「わしらが警察じゃ。なんならもっと詳しう話聞いてやってもええぞ」
で、松方さんはとっさに対応を変えた。
「これ。わしの親父でんねん。アル中で頭おかしなってしもうて。迷惑かけてすんまへん」
と言った。この時のおっさん、おっと若山富三郎の演技がもう最高なのである。
アーパーな感じと言えば簡単な表現になってしまうが、アタマいっちゃっている感じをこれでもかと見せつける。
前後不覚。白痴の人を見事に体現している。やはり若山富三郎は図抜けた演技者である。
二人が去ったあと、警察はあの二人が脱走犯だということに気づき騒ぎ始めるが、二人はちょうど庭の出口から遁走を決め込むところであった。
始まる追跡劇。
「おっさん!もっとはやく走れんのけえっ!」
「水、水飲ませてくれや」
おっさんの手を引っ張って、ひた走る松方さん。暗闇の中に砂山を見つけた。
「おっさん。ここに隠れているんや。三日経ったら通天閣の下で会おうや」
「お、おう」
ジャネット八田は絶えず警察に尾行されていた。
喫茶店でバイトしていた時のことである。トイレに入ったら突然、ボットン便所の下から松方さんが這い出してきた。
「あんた!」
「シーッ」
ローアングルの中、まずはジャネットときつい一発を決める松方さん。あまりに興奮して自分も大きな声を出しちゃいそうになる松方さん。
このあと松方さんとジャネットは、遠藤太津朗を脅して、一千万円を手にすることを思いつく。
遠藤太津朗には高校生の娘がいて、まずこの娘を誘拐した。そして遠藤太津朗の家に脅迫の電話を入れる。
この時の遠藤太津朗がすこぶるいい。電話越しに娘を誘拐されたということを知ると、半泣き状態になるのである。
顔には脂汗をどっぷりかき、目はうるうるとしている。ここにも図抜けた演技者が確かにいた。
そして松方さんはというとモーテルにて、ジャネットが寝ている間に、別室に監禁している娘にちょっかいを出そうとしていた。
「お前。初めてちゃうな」
急速にパンツを降ろし、娘の股を開く松方さん。と、そこへジャネットが現れ、痴話喧嘩が始まったと思ったら、遠藤太津朗以下ヤクザが乱入してきて、松方&
ジャネットは命からがら逃げるが、途中で交通事故を起こし、〝男のフリーダム・ファイター〟は、またしても獄中の人となったのである。
ムショの中で松方さんは刑務官たちに取り囲まれた。そして、そこに用意されていたのは松方さんに殺された刑務官たちの遺影であった。
親の仇とばかりに松方さんを、殴る蹴る踏み潰すの、今で言ったらパワハラって言うの、とにかくすさまじいリンチを加える刑務官たち。
こうなっては松方さんとしても、あれほどこだわっていた仮釈なんてどうでもよくなっていたのかもしれない。
むしろまたもや一刻もはやく娑婆に出て、遠藤太津朗をいてこましたることしか頭になかったのかもしれない。
それが証拠に遠藤太津朗配下の岩尾正隆を、雨がそぼ降る日に呼び出し、
「ボケッー!懲役に上下あんのけーっ!」
と吠えながら叩き潰し、
「われの親分にわしの仮釈に骨折るように言うとけーっ!」
と、どやしつけた。
嵐の夜。
松方さんと川谷拓三は雑居房の中で、死神みたいな表情をして紐をよじっていた。
よじった紐はロープとして完成され、その先端にはスパナが取り付けてあった。二人は獄舎の屋根に登り、勢いよくロープを壁に向かって投げ、何度目かで向かい側の電柱に引っかかった。
しかし電柱に引っかかったことによって、スパナと接触し、そのたびに火花が立ち上る。
そのロープを松方さんが渡って行く。
途中、強風に煽られたり、落ちそうになったりしたが、なんとか壁までたどり着くことができた。
次は拓三の番である。こうくれば失敗するとは分かっていたが、途中でものの見事に地面に落下した。
川谷拓三の場合、こういったパターンでは即死するというのがお決まりなのであるが、ヤツはまだ生きていた。
そして騒ぎを聞き、駆けつけた刑務官たちよって連行されたのである。
松方さんが断腸の思いで壁から飛び降りると、そこにはジャネットとおっさんの乗った車が待機していて、松方さんはその車に乗って、逃走することに成功した。
三人は釜ヶ崎のドヤ街に潜伏した。
新聞に例の闇で取引されている答案用紙の件が載っているという。だがそこに遠藤太津朗の名前は載っていない。
「警察にパクられる前にこっちが先手打つんや」
「お前。相手はヤクザやで。勝ち目はないで」
「おっさん。銭要らんのけえ。娘に家建ててやるんやないのんけえ」
作戦は即実行された。
再びスーツ姿で固めた二人が、遠藤太津朗邸の前に現れる。
「なんや。おっさん。なんか」
そう言う暇も与えず、おっさんは二人の若衆をぶちのめした。松方さんは、なんのためらいもなしに家の周りに灯油をまいていき、そこに火を放つ。
邸内で歓談をしている遠藤太津朗たち。そこにはあの聾唖者の志賀勝もいて、
「ギーッギギギ」
とか言っていたら、他のヤツから、
「お前はすっこんでろ」
とか言われたが、窓の外に恐ろしいばかりの火柱が立ち上ると、完全にみなパニックに陥った。
パニクった遠藤太津朗は金庫からボストンバックに金を必死で移し始めた。
そこへ突入してくる松方&若山のディープ&ストロングタッグ。
子分撃ち殺すわ、ついでに遠藤太津朗も撃ち殺すはの凶行に打って出る。だが戦いの最中、おっさんの腹に鉛玉がめり込んだ。
おっさんを肩に背負いながら金を強奪し、その場を後にする松方さん。
警察が到着したものの、火事の勢いにテンパるばかり。
その場にいた志賀勝に警察が尋問する。
「これはどうなっておるんだー!」
「ギッーギギギ」
「きさま!ふざけておるのかーっ!」
志賀勝は体から出血している血で、壁に「オガタ」と書いた。
「緒方が、緒方がおるんやなーっ!」
しかし、松方&若山、それにジャネットの三人は山の中に逃げ込んでいた。
松方さんに抱えられて、ふらつきながら歩いているおっさん。
「水、水あらへんか」
「おい。水汲んでこいや」
遠くで三人を追ってくる警察犬の鳴き声が聞こえる。ジャネットはハンカチに含ませた水で、おっさんに水を飲ませる。
「お前らアホやな。はやくせんと犬に食われてまうぞ」
「なに弱気なこと言ってんねん」
「あの子もお前の言う通り、わしの娘やなかったんやな」
「ありゃ間違いなくおっさんの娘や。ごっつい家建ててやるんやろ。老いては子になんとか言うやろ。わしに任せとき」
松方さんとジャネットが二人きりになった時、ジャネットが言った。
「なっ。おっさんの言う通り、二人で逃げよ。二人ならなんとかなるって」
「アホーッ!」
そう言うと松方さんはジャネットにビンタをかました。
しかし元の場所に戻ってみても、おっさんの姿はない。
松方さんが茂みの中から下を見下ろすと、そこに集落がある。二人はその集落に降りていった。
するとそこにはパンの配送車があり、二人はこの車をパクって走り始めた。しばらく行くと検問があったが、帽子を目深に被り、積荷もパンしかなかったため、検問を走り抜けることができた。
だが、しばらく行ったところで山の方から銃声が聞こえた。ブレーキを踏む松方さん。
「あなたなに考えてるの。このまま二人で逃げましょうよ」
「黙っとけ」
「わたしとおっさんとどっちが大事なの。おっさんはただの赤の他人じゃない」
「女のお前には一生分かりゃせんのじゃ」
とかく女は現実的に物事を考えるものである。それに対して、いつでも馬鹿さ加減を披露するのは男の方である。
夢とかロマンとか言っちゃっているのも男の方である。ジャネットを車から降ろすと松方さんは、馬鹿さ加減の方にハンドルを切った。
猛スピードできた道を取って返すパンの配送車。
検問所まできた時、松方さんの目に映ったのは憔悴して、警官に連行されているおっさんの姿だった。
そのまま松方さんはアクセルを踏み込み、検問所にとっこむとおっさんを救出し助手席に乗せた。
「わしもアホなら、お前もホンマもんのアホやで・・・」
「おっさん!わしらムショも地獄、娑婆も地獄ならホンマもんの地獄へ行こけーっっっ!」
札が散らばっている運転席の床に、ゴロっと転がるおっさんの死に顔。
そして作品は終わった。
てんこ盛りである。山盛りである。下手すりゃ消化不良を起こすってなもんである。
そもそも松方&若山のストロンガー・コンビが脱獄を図るというだけで、破壊度は200%というものである。
だがその中にも、ギャグやペーソスを織り込んでくるという高度なことをやっている。
いや。理屈は言うな。ただこの最強タッグがタイトル通り、強盗をやり、放火をやり、殺人も行ったということだけは事実なのである。