top of page
検索
執筆者の写真makcolli

濡れた荒野を走れ


かつてチイチイと呼ばれた男がいた。その男は、「ちい散歩」なんていうテレビ番組をやっていて、その晩年は好々爺のような姿を見せていた。

そう。その男とは、地井武男のことである。

だが仮に70年代に地井武男のことを、チイチイなんて呼んだ日にゃ、半殺しの目に遭ったことだろう。それくらい70年代の地井武男は、ギラギラしている。いや。それはギラギラしているなんていう、生易しい表現ではなく、ギランギランしている、とでもいうような一種狂気を孕んだ、殺気さえも感じさせる姿だ。

そんなギランギランした姿を、地井武男は日活ロマンポルノ作品『濡れた荒野を走れ』で、いかんなく見せつけ、劇中終始レイバンのグラサンを外すことはない。

作品の冒頭、京王線の駅前で復興に立ち上がったベトナムの人たちに、寄付を呼びかけている牧師一行を物陰から見ている地井武男と、もう一人の男。

寄付金を募る箱の中には、金が次々と入ってゆく。

その日の晩、牧師とその娘は自宅兼教会のリビングで、寄付金が多く集まったこともあり、祝杯をあげていた。

と、そこに突然、頭に黒いストッキングを被り、全身を黒い服に包んだ集団がなだれ込んでくる。

そして牧師を羽交い締めにして、机にあった紙に大きく「金」と書き、金を要求する。

しかし牧師は言うことを聞かない。すると男たちは、リビングの壁のような扉を開け、その向こうに広がっている教会に娘を連れ込み、犯し始める。

それでも言うことを聞かない牧師の頭に花瓶を叩き付け、そのポケットから金庫の鍵を奪うと、男たちはしまってあった金をごっそりいただき、そのままバッくれた。

教会に犯されたまま大の字になっている娘。その首には十字架の首飾りが、飾られており、その瞳からは涙が伝う。そこに一瞬流れる聖歌。

逃走した男たちは暗闇の中で、ストッキングや黒ずくめの服を脱ぎ始めるが、なんとその男は地井武男なのであった。

しかも側に止めてある車はパトカーで、そこに無線が入ると、地井武男をはじめとする強盗集団は、ある者は刑事姿になり、ある者は巡査姿になって、さっきの教会に取って返す。

そこで地井武男たちは何喰わぬ顔で、牧師親子から事情聴取などを行うが、さりげなく現場証拠を破棄したり、隠したりするのだった。

本署に戻ってみると分ったことなのだが、ここの警察署は署をあげた犯罪組織になっていて、地井武男ももちろん、その一人なのだった。

この犯罪組織の実態というものが、作品のラストまで詳細には描かれないまま終わってゆく。

いわゆる謎を残したまま終わる形式の作品で、東映映画とか見過ぎた自分としては、苦手な部類に入るものなのだが、次々に劇的なことが起こるので、あまりその部分は気にせずに見ることができる。

この警察署兼犯罪組織にとって、重大なことが起こった。

それは同じ署の職員で、組織の事実を知っている中村(だったか?)は精神に異常をきたし、精神病院に入っていて、さらに病院の看護士などにすぐに抱きつく色情魔になっていたのだが、その病院が全焼。中村はそのまま逃走した。

もし仮に、中村が詐病を用いていて正気だった場合、組織の真実を誰かに告げる恐れが出てきたのだ。

その中村を処理することを命じられたのが、地井武男と最初から教会の寄付金に目をつけていた男の二人だった。

ここでは仮にこの男を相棒と呼ぶことにしよう。その相棒は最初から中村は、正気で精神病を装っているだけで、今すぐ殺したほうがいい、というおまえが気狂いだろという主張を展開する。

とりあえず中村のアパートに行った地井武男と相棒は、奥さんに、

「中村から連絡はねえのかい?」

などと聞いていた。同時刻、中村は駅前の公衆便所の壁越しに、あまりにも熱い視線で、もう狂おしい視線で女子高生の一団に視線を注いでいた。

一方、相棒は、

「中村も奥さんにこんなことさせたんじゃねえのかい」

と言いつつ、キンキンになっている自らの象徴を奥さんに握らせていた。その頃、公衆便所には若い女が入っていった。ふーっとそのあとに着いてゆく中村。

アパートの電話のベルが鳴り、地井武男がその受話器を取ると、公衆便所で若い女が殺されたという。

急いで現場に急行する地井武男と相棒。

現場ではすでに鑑識が行われていたが、到着した地井武男は、その駅から今すんでのところで列車が出発するというアナウンスを耳にし、急いでプラットホームに向かい、列車のなかに中村がいないかどうか窓越しに探し始める。

動き出す列車。それでも中村を探す二人。

すると座席にうつろな目をした中村の姿があった。

「いたっ!いたぞーっ!」

列車にとりすがろうとする二人であったが、中村を乗せた列車は加速し、駅を出てゆく。

そのまま車に戻った二人は、列車を追いかけ始める。

遮断機を破壊し、踏切の中に突っ込んでゆくなど、迫力あるカーチェースを見せる。

一方列車の中の中村は、駅前で熱い視線を送っていた件の女子高生たちと、四人がけの席に座り、相対していた。

冷や汗だろうか。中村は青ざめた顔色に、どっぷりと汗をかいている。女子高生は三人で、どこかの国体に出場しにいくらしい。

そして眠りに落ちている中村のことを見て、ひそひそ声で、

「なんか変わっているおじさんよねー」

とか、

「チョコ。食べる?」

とか、とりとめのない会話をしているのであった。

女子高生のうち二人は、用事があるのか、どこかへ行ってしまった。

その頃、中村は目が覚め、再び熱過ぎる視線を女子高生に注ぐのであった。どうやら中村が最初から目をつけていたのは、この女子高生であったようだ。

中村の熱過ぎる視線に困惑する女子高生。最後は作り笑いを浮かべるしかない。

女子高生が網棚からボストンバックを取ろうとした時、体のバランスが崩れ、その重心は中村のほうに傾いた。

女子高生の腰を握り、放さない中村。そんな時間が45秒は続いたであろうか。

中村は女子高生の腰を放し、トイレのほうへ向かって行った。

トイレ内の鏡で、自分の顔を見つめている中村。

その顔はやはり青ざめ、どっぷりと汗をかいている。そこへさっきの女子高生が現れ、中村にハンカチを渡す。

ハンカチの臭いを嗅ぐ中村。彼の中でギューンとこみ上げてくるなにかがあった。女子高生の姿はハレーションを起こして、真っ白に光り輝く。

その体に思わず抱きすがる中村。胸をまさぐる中村。だが不思議なことに、女子高生は抵抗を示さない。

と、そこへトイレに用を足しに男が現れた。

「あっ。なんだ。おまえは!この子にこんな真似して!」

「違うんです。この人はわたしが体調が悪いんで、介抱してくれただけで」

「ははーん。君も合意の上っていうことか。近頃の女子高生もませているからな」

そう男がいうまでもなく、中村は男の首を締め上げてゆき速攻で窒息死させた。さらにそこにウンコしたかったのか、小便したかったのか知らないが、婆さんが入ってきて、地獄絵図が展開されているのを目撃する。

「ギャーッ!人殺しーっ!」

この一連の展開には笑ってしまった。なにか神秘性をたたえた少女の姿。そこからおっさんを絞め殺すという突発的な殺意。それが急転回するので、笑いをこらえることはできなかった。

車内はパニック状態になり、中村と女子高生は次の駅で降りたが、そこには車で中村を追ってきた地井武男と相棒がおり、とにかく中村を一刻でもはやく殺したいと思っている相棒は、その場でなんの躊躇もなく発砲したが、中村は女子高生を連れてそのまま逃走してしまった。

二人が辿り着いたのは、人気のない湖畔だった。

そこには車があり、二人がどこかで車を用意してここに辿り着いたことは明らかだった。そして、そこには焚火の炎が燃え盛っていた。中村はピストルを持っていたが、少女は最初からそれがオモチャであるということを見抜いていた。

「こんなことになって心配していないかなあ」

「心配って?」

「つまり君の友だちとか、ご両親とか」

「平気よ。わたしこれでも常習犯なんだから」

「常習犯って?」

「家出のことよ。四回も補導されたことがあるの。わたし、不良に見える?」

「いや。そんなことないよ」

「おじさんは、どこに行くの?」

「どこって別に。自分の名前も分らないんだ」

「自分の名前も?」

「ただ19番って呼ばれていただけで」

「ふーん。かわいそうね。そうだっ。お腹減ったでしょ。わたし、なにか買ってくるわ」

少女はその後、逃げもしないで食料を買って戻ってきた。

そして彼女はジーバンを脱ぎ捨てると、そのまま湖に入っていき水遊びをはじめた。

「わー。気持ちいいわ。おじさんも来てごらんなさいよ」

「そうか」

ズボンのひざをたくし上げ、湖に入り、少女と一諸にはしゃぐ中村。少女は湖畔に戻ると、ラジオをつけはじめた。

なんでもラジオの投稿番組で、仲間が集合する場所を教えてくるというのだ。

70年代当時、ラジオの投稿番組が若者にとっては重要なコミュニケーションツールであったようだ。

かたや地井武男と相棒は、連れ込み旅館にしけこみ、パンパンに札ビラを与え気持ちよくなっていた。

そんな地井武男の脳裏に、ある景色が浮かび上がる。それは警官姿の中村が、地井武男を叱責している模様だった。

「いいか!力を持つということは、加害者にもなりうるということなんだぞ!」

「なんでもいいんだ!なんでもいいから強くなりてえんだ!」

出すもの出した地井武男は、トランジスターラジオから流れる放送を何気なく聞いている。

相棒のほうは、さっきまで地井武男とやっていたパンパンとバックでやっている。しかもパンパンは、そのスタイルのままラーメンを食っている。

その地井武男の耳元に、

「○○ちゃーん。劇団 白昼夢一座が●●で君のことを待っているよー」

というご機嫌なDJの声が響いた。その○○ちゃんこそ、中村に連れ去られた女子校であり、二人は図らずも違う場所で同じラジオを聞いていたのだ。

湖畔では中村と女子高生が結ばれていた。

「おじさん。恐い・・・」

未知なる体験を前に、恐怖とも不安ともつかない表情を浮かべる少女。それを焚火越しに、または湖畔の反対側からのロングショットなどで撮っているのだが、ラジオからそのまま流れていたのは、モップスの「たどりついたらいつも雨降り」で、2010年代の今から考えると、モップスを聞きながらセックスなぞするか、という気にもなるが、70年代当時はそんなこと構うもんかと、ラジオのスピーカーからは、

「ああーっ!ここもやっぱり!どしゃぶりさーっ!」

という鈴木ヒロミツのシャウトが聞こえてきた。

しかし、この女子高生役の山科ゆりである。

ロマンポルノに関しては、あまり知らない俺だが、この人は独特の存在感を放っている。例えるなら〝ロマンポルノの天使〟とでも言えばいいのだろうか。

この作品の役柄がそうなので、余計にそう思えるのかもしれないが、純真無垢な中にも何か不思議なものを宿しているような気がする。

当初は山科ゆりを我がものにしたいと思っていた中村も、中盤からは自らの運命を山科ゆりに預けるようになる。

そして、二人は劇団白昼夢一座のいる場所へ向かった。

川の土手に白昼夢一座の小屋はあった。だが、それは常設の小屋ではなく、当時流行っていたテント芝居の小屋のようであるが、テントという形式でもなく、土手につい立てなどを建てた簡易式のもので、そこにはサイケデリックなペイントが施されており、一座にはヒッピー、いやフーテンだけれども確かにヒッピードリームスの臭いをぷんぷん放っている連中が集まっていた。

この流れは現在、渋さ知らズに受け継がれている。

「ヤッホー。元気ーっ?」

「おお。やっぱりきたかー!」

山科ゆりと座長とは旧知の仲のようで、中村も含めて、すぐにみんなは打ち解けていった。

そこに地井武男と相棒、そして中村の奥さんが姿を現す。

「すいません。こいつがそこで足挫いてしまって、ちょっとここで休ませてもらえませんか?」

「そりゃいけねえや。すぐに救急箱持ってきますから。まあ。ゆっくりしていって下さいよ」

相棒は足に包帯を巻きながら中村の様子をうかがう。

「あいつは俺たちの顔を見ても、顔色一つ変えねえが、やっぱり気狂いのふりをしているだけなんだ。ここで一思いに」

「待て。ここまできたんならチャンスは、いつでもある」

そのまま夕食になったが、中村は山科ゆりと仲良くしているだけで、地井武男や相棒、そして自らの妻にもなんら関心がないといった態度を示している。

そのまま劇団の稽古に加わった中村だが、それは当時流行っていた前衛演劇で、股旅姿のヤツが台詞を言うと、その度に他の者が、バケツで水をぶっかけるというもので、こういったハプニング性というものも現在、渋さ知らズに受け継がれている。そこにめっちゃ熱心に参加している中村。

ヤツは正気なのか狂っているのか、それを見極めようと、その模様を注視している地井武男と相棒。

とそこへ、やにわに暴走族の集団が襲いかかってきて、白昼夢一座のセットは炎に包まれる。

誰彼となく襲われ、地井武男は頭から流血し、中村はさんざん追いつめられた挙げ句に土手の下に突き落とされる。

頭にきちゃった地井武男は、落っこちていた棒切れを拾い、暴走族たちをめった打ちにしてゆく。

「ちっくしょう!誰に頼まれたんだ!誰の仕業なんだ!」

暴走族たちは、ひとしきり暴れると、夜の闇に吸い込まれていった。

朝。

もやが立ちこめる川岸。カエルの鳴き声が聞こえる。その芦原の中を、中村は蒼白の顔つきで歩いている。近くからは、うめき声が聞こえてくる。

少し開けた場所にゆくと、そこには手錠によって後ろ手に木に繋がれた中村の妻が、ストッキングを被った相棒に犯されている姿があった。

「あ、あなた助けてーっ!」

その光景を目撃しても、トロンとした目つきをしたままで、引き返そうとする中村。だがそこには地井武男が待っていて、中村を捕まえ、

「よく見ろ!あれは、おまえの女房だよ!」

と、その顔を犯されている妻のほうに向ける。

すると中村は、気が狂った獣のように一散に走り出し、妻を犯している相棒に襲いかかる。

くんずほずれつの死闘が展開される中、中村は相棒から拳銃を奪い取った。這いつくばって芦原を逃げ惑う相棒。

「頼む!中村さん!助けてくれ!頼む!」

完全にたがが外れている中村は、辺り構わず発砲をする。木に繋がれている裸体の妻の乳房から、噴水のように赤い鮮血がほとばしる。

その銃声は近くにいた白昼夢一座の耳にも届いていた。撃ちに撃ちまくった中村の拳銃には、もう弾がなかった。いくら引き金を引いても弾が出ないので、焦る中村。

その様子を見ていた地井武男。 中村に近づき、その銃口を彼の頭に向ける。そして引き金は引かれ、中村の眉間に弾は入ってゆき、その衝撃で彼は後ろに飛んだ。しかしまだ息があったのか、上半身は一度持ち上がったが、そのまま倒れ絶命した。

中村の死顔にかぶさるカエルの鳴き声。

そこに白昼夢一座のみなが駆け付ける。

あたりには地獄のような光景が、繰り広げられていた。死んでしまっている中村の姿に衝撃を受ける山科ゆり。

「みなさん!わたしたちは刑事です。こいつは気狂いで、精神病院を放火した凶悪犯なので射殺しました!落ち着いてください!」

その場に集まってくる警察たちに報道陣。

彼らに取り囲まれながらも劇団のトラックに乗り込む山科ゆり。彼女は涙を見せながら、別れ際、地井武男に意味深なことを言う。

「あなたもかわいそう」

たばこをくわえながら押し黙っている地井武男。

結局、組織の実態も分らないままだった。そして中村が本当に精神を病んでいたのかも、詐病だったのかも分らないままに終わった。

だが映画に描かれていることが、すべて明瞭である必要もないと思った。ここにはバイオレンスとセックスが満ちあふれているのだから。

ラストシーン。地井武男はカメラに向かって歩いてきて、最後にレイバンを外し、悪魔のような含み笑いを浮かべると、荒野の彼方に去っていった。

閲覧数:19回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page