毒をくらわば皿まで。それが乾いた心に一服の清涼剤をもたらすこともある。
69年当時、異常性愛路線を連発していた石井輝男の撮影現場にいた牧口雄二は、その監督の人を人とも思わぬ演出ぶり、そして狂気そのものの撮影現場に嫌気がさし、逃げ出した。
その石井輝男が、岩城滉一主演の暴走族映画の中で、志垣太郎と清水健太郎のホモダンスを撮っている頃、なぜか牧口雄二は石井輝男の異常性愛路線に迫らん、とする力作を連発していた。
汐路さんが映画の中で、イモリ食っている・・・
そんな伝説が東映ファンのなかでは、語り継がれていた。その真偽を確かめるために『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』を見た。
汐路章なんて俳優の名前なんて、知らなくてもいいのかもしれない。いや、知っているほうがある意味おかしい。しかし、時代劇、現代劇、任侠物、東映のスクリーンに汐路さんがそのアクの強過ぎる顔面をさらしたのは、百回や二百回ではきかないだろう。
長崎奉行所の青年同心、伊織は山道で蛇に噛まれ怪我を負う。その時、伊織を介抱してくれたのが山里の娘・とよであった。ふたりは自然と親密な仲になって行ったが、それも束の間。汐路奉行は異教徒狩り(キリシタン弾圧)に、異常な執念を燃やしていた。
それは己の職務の全うというよりも、キリシタンたちに責め苦、拷問を加えることに諧謔性を見いだしている。気狂い奉行なのであった。
巨大な信楽焼の狸の焼き物の中に人間を閉じ込め、蒸し焼きにしたり、蛇がうじゃうじゃいる水槽の中に女を放り込んで、爆笑してみたり。
とにかく拷問をもっとやれ、もっとやれ!と配下どもにけしかけるのであった。
そんな折、奉行所の配下の目明かしがとよの一家もキリシタンであることを探索し、一家もろとも捕まってしまう。
しかし伊織と、とよがねんごろの仲であると知った汐路奉行は、わざととよを妾にし、ねちねちと伊織に見せつけるのであった。
夜な夜なとよの肉体をもてあそぶ気狂い奉行。そんな濡れ場のシーンで、本当に汐路章は生きたままのイモリをばくばく食べていた。
「あの監督はボンみたいな顔をしてやる事がえげつない」
「イモリを食べたら口の中で小さな足を突っ張っていややいややって抵抗した」
(by 汐路章)
とよには妹がいたが、目に焼きごてを当てられ、そのまま捨てられた。両親は気狂い奉行が酒盛りをするなか、磔の刑に処せられた。それを眼前で見せつけられ、発狂寸前に泣き狂うとよ。
こんな気狂いにはもう着いてゆけないと、伊織はとよにいつか救いにくると約束し出奔。
その一年後。
汐路奉行を乗せた駕篭が通ると、浪人姿の伊織が物陰から飛び出し、汐路さんに切り掛かる、があえなく返り討ちにあってしまう。
「伊織様~っ!」
とよの声が無情に響く。
それでもうこれは、このシーン撮りたいからやったんだろ。としか解釈できないのだが、とよは伊織と姦通していたという罪で、牛裂きの刑に処せられることに。
両足を綱で二匹の牛に繋がれ、非人たちによって牛裂きの刑の準備が進む。それを満足そうに眺めている汐路さん。
ドッと牛がハッパをかけられ、突進し出す!めりめりめりと裂け出すとよの股。苦悶の表情のとよ。さらに牛が走り出す。
そして股が裂け、とよの内蔵が飛び出した!
「やった!やったぞー!やった!やった!やった!」
めっちゃガキみたいにはしゃぐ気狂い奉行。歓喜を体いっぱいに表現する。飛んで跳ねて大喜びする。
そのあとナレーションで、「長崎奉行高坂主膳はその後、寺社奉行に出世したという」という言葉が入り、第一話は終了。なんの救いもないままに終わった。
とにかく汐路章の気狂い演技ぶりがすさまじい。まさに彼の代表作の一本であることは間違いないだろう。この人が普段は京都で、静かに書道教室を開いていたとは人間とは分らないものである。
間髪入れず二話目。
捨蔵こと川谷拓三は、江戸の郭で遊女を上げてドンチャン騒ぎをしていた。腹にへのへのもへじを描いて、ふんどし一丁姿で、
「わいは難波の捨蔵や!難波ではちいと知られたええとこのボンなんやでー!酒、もっともってこんかいー!」
人生誰でも一度や二度は羽目を外して、馬鹿騒ぎしたくもなる時もあるだろう。しかし捨
蔵のこの「一度や二度は」という考えが、その後彼を地獄にたたき落とすことになる。
夜が明けて、郭の男が、
「お客さん。そろそろお代をいただかないと」
と言うと、捨蔵・川谷は、
「は、はは。ワイ実は一銭も持っとりませんのや・・・」
と覇気なく言うしかなかった。そのまま郭の地下室に強制連行される捨蔵。
恐いお兄さんたちに殴る蹴るの仕打ちに合わされ、
「働いて、働いて返しますさかいに~」
と泣きつくより他になかった。そこで捨蔵は逃走できないように頭は坊主にされ、女の襦袢を着せられ、オバQもしくは白塗りの暗黒舞踏の帝王・土方巽のような姿にさせられ、郭の雑用係としてこき使われる毎日が始まったのであった。
薪割り。風呂焚きはまだよかったが、客の取り合いになり問題を起こした女郎への折檻。
妊娠した女郎を堕胎させるためにババアが、女郎の胎内に手を突っ込み、胎児を引きずり出すなどを目撃した捨蔵は恐怖におののく。
そんな中、労咳病みの女郎がいたのだが、それでも無理矢理客を取らされていた。そんな姿を目撃したなじみの客・野口貴史は女を足抜けさせようと画策したが失敗。
やはり地下室に強制連行されリンチを受ける羽目に。殴る蹴るならいざしらず、耳をそがれる羽目に。
そして恐いお兄さんがこう言った。
「おい。捨蔵。こいつの一物を切り落とすんだ」
「そんな殺生な!ワイはただ雑用係ちゃいまんの?」
「うるせえ!つべこべ抜かすと、てめえの一物切り落とすぞ!」
絶対絶命のピンチに陥る捨蔵。カミソリを震える手で持ち、
「堪忍な。堪忍な」
と半べそをかきながら、野口貴史(実はプライベートでは親友だった)のチンポを切り落とす拓三。
「ギャーッ!」
赤い鮮血がほとばしり、野口貴史は崩れ落ちた。気づくと野口貴史が足抜けさせようとしていた労咳病みの女郎も息絶えていた。
「ちぇっ。死んでやがら。おい。捨蔵、この女明日の朝、寺に捨ててこい!」
「へ、へい」
捨蔵は郭でつかいっぱ生活を送っているうちに、仲良くなっている女郎がいた。女でありながらピラニア軍団に非常に近いポジションにいた女優・橘真紀であった。
捨蔵はその夜、橘真紀に郭脱出計画を告げ、死んだ女郎の死体の代わりに橘真紀をお館に入れて、郭を出発。
なんとか地獄の郭から逃亡したのだった。しかし夜鷹と間違われた橘真紀が、縄張りを荒らしたと夜鷹たちが呼んだ乞食たちによってお回しにされてしまう。
そこに捨蔵が駆けつけ、乞食たちを撲殺。
「わい。人を殺してまった。逃げよう。とにかく逃げよう」
と、拓三、橘のふたりは江戸の町に潜伏。しかし世すぎ身すぎのために、スリ、かっぱらい、置き引きなどを連発し奉行所からマークされる身に。
そうとは知らず美人局を企てたが、相手が岡っ引きだった。そして連行され速攻で拷問に合うふたり。足の指を切断される拓三。乳房を引きちぎられる橘。
そのまま拓三は水車にくくりつけられ、何回も何回も回転させられ、
「上げろー!下げろー!」
の声のもとに水中に投入されたり、引き揚げられたりを繰り返される。むっちゃ水飲み込んでいる拓三。
やはりこういう時の川谷拓三が一番絵になる。体張ってボロボロになっていく運命の人間をやらせたると、もの凄く魅力を発する。
また拓三がやってくれているよ。と、爆笑もするが、同時に感動もする。
結局ふたりはノコギリ引きの刑に処せられることになった。奉行所の門の前に頭を固定された台に座らされたふたり。ノコギリ引きの刑は、通行人が罪人の首をノコギリで引いていいのだが、当然そんなことをする者はおらず、一定の期間が過ぎると、刑場で磔になるのが普通であった。
橘真紀のほうはまだ使えるからと、郭の主人が引き取って行ってしまった。
「やっぱり最後もひとりぼっちなんか。難波のええとこのボンやなんていうてたけど、実はわい捨て子だったんや。それで拾われて捨蔵言う名前つけられて・・・」
そんな独り言を言っていた夜。見張りの役人は居眠りしていた。そこへひたひたと近寄る足音。気づけば捨蔵にチンポを切り落とされた野口貴史が立っていた。
捨蔵を見た野口はにやにやと笑い出した。捨蔵の全身に嫌な予感が走った。ノコギリを手に取る野口。その顔つきは完全に狂っていた。
「ちょっと。ちょっと。なにしてんの?役人さーん? ちょっとって」
言う間もなく、野口は全身全霊の力を込めて、捨蔵の首をノコギリで引いて行った。
噴水のように舞い上がる血しぶき。絶叫を上げる間もなく、捨蔵は絶命していた。
ほうけた野口は捨蔵の生首を見て、ケタケタと笑うのであった。
見よ!そして体感せよ!牧口雄二のバッドテイストと、それを体現した役者たちの魂を!
映画を女、子供たちから奪還せよ!