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執筆者の写真makcolli

遊び


1971年。大映は倒産した。

同時期、東映は実録やくざ映画前夜。加えて「温泉芸者」シリーズ、鈴木則文の「女番長」シリーズなどで、そのアナーキーな魅力をスクリーンに放出していた。

日活も経営的危機にあったが、逆にそれが力となり、「日活ニューアクション」と呼ばれる作品群が連発されるようになった。

そこには、かつての日活アクションにあった明朗さは存在せず、刹那的に生きる若者たちの滅びの美学がきらめいていた。

そんな状況下。

大映はもがいていた。50年代から60年代を大映の全盛期とするなら、すでにそれはとっくの昔のこととなっていた。大映を代表する俳優や女優は、すでに同社を去っていた。

得意としていた文芸物なども予算的な理由から製作できない。

大映首脳陣がそう決断したのかは知らない。

だが同社は東映や日活のように若者受けする作品を製作しはじめ、そこに社運をかけることとなったのだが、出てきた作品は、そこは大映というか、粘着質なものばかりだった。

そもそもが愛憎劇を得意としていた同社が、スカッとした、あるいはスタイリッシュなヤング・ジェネレーションを虜にするような作品など撮れるはずもなかった。

『タリラリラン高校生』は、まったくタリラリランではなかった。『高校生番長 深夜放送』は肉屋のせがれ、篠田三郎が思い余って、その指をミンチマシーンでひき潰すという荒技に出たが、かえって笑うに笑えなかった。

そんなにっちもさっちもいかなくなっていた末期の大映で、一人増村保造は気を吐いていた。

増村保造といえば若尾文子を主演にした一連の作品で、傑作、秀作をものしてきた男である。

誰よりも増村保造こそは、若尾文子の才能を最大限に引き出した監督であろう。

だが増村保造は若尾文子が大映を去ったあとも、同社に残りメガホンを取り続けた。

例えば渥美マリの『でんきくらげ』。渥美マリなぞ若尾文子に比べたら動き出したダッチワイフも同然である。だがその『でんきくらげ』が面白いのである。どぶさらいのようなスナックから、銀座のホステスへと駆け上がってゆく渥美マリ。お水の花道をダッチワイフのような表情で、駆け抜けてゆく渥美マリを増村保造はその確かな演出技術で彩ってゆく。

そんな増村保造、ここにあり感を示した末期大映であったが、71年にいよいよ倒産を迎える。そしてその年に増村保造が監督したのが関根恵子を主演に据えた『遊び』であった。

『遊び』はいたってシンプルな作品である。

町工場で毎日退屈に働いていた少女と、チンピラにもなれない少年が偶然に出会い、お互いに急速に惹かれあっていき、最後はその体をお互いに求めるいわゆる純愛ものだ。

モンド色が強い渥美マリの軟体動物シリーズとは違うが、この作品が若者をターゲットにした作品であることは明らかである。

関根恵子は工場の寮で他の女工たちと一緒に暮らしていたが、そこへ元女工の女がギャバレーのマネージャーを伴って現れ、水商売の素晴らしさ、ウハウハ感をとくとくと説明するのだった。

関根恵子は母親から金をせびられていた。

実家にはカリエスに罹り寝たきりになっている姉もいたが、給料を前借りできないのかとまで言い出す母に嫌気がさしていた。

関根恵子は町の公衆電話から、あの元女工のホステスの元へ電話を入れようと電話帳と格闘していたが、いくら探してもその名前は出てこない。

と、そこへ調子良さそうな男、大門が現れた。

大門はなんだかんだ言って、関根恵子がキャバレーの門を叩こうとしていることを聞き出し、

「それなら夕方まで待たなきゃだめだぜ。ああいったところは開くのが遅いからな。それまで俺と付き合えよ」

とか、なんとか言って関根恵子を喫茶店に連れて行った。

大門は聞くと19歳だという。

C調という感じでもない。かといって硬派でも生真面目という感じでもない。簡単に言えばチンピラ風情なのであるが、実はそうでもないということが、のちのち分かってくることになる。

夕方まで俺に付き合えと言った大門に対し、なぜか不信感も抱かずに了承する関根恵子であった。

こんな夜もあった。

つまり、この作品の構造は現在の中に回想シーンが挿入されてくる。そのことによってキャラクターの背景などが深く描き出されていく、という手法を取っている。

で、その夜なのだが、工場の女たちは男に飢えていた。

そんな中、男などにからっきし興味を抱かず、真面目済ましている関根恵子はみんなから槍玉に挙げられていた。そこに玄関で服がボロボロになり、下着、パイオツをもさらけ出している女が呆然と立っている。

「どうしたのさ!?」

「学生の連中に無理やり車の中に押し込められて・・・」

「やられたんだね!」

「うわーん!!」

喫茶店にいる時も大門は、兄貴に連絡すると言って公衆電話をかけるのであるが、その電話の先はやくざの事務所であったが、肝心の兄貴という男は不在であった。

そして大門は関根恵子に言う。

「お前。キャバレーの女なんて、てんで向いてないぜ」

「なんで」

「お前。ホステスって言っても大変なんだぜ。指名は取らなくちゃいけないし。客にゃあどんどん酒を飲ませなきゃならねえしよ。そのためには体も使わなきゃいけねえんだぜ」

「お酒を飲ませるって?」

「そんなこともわかんねえのかよ。店は酒の売り上げで儲けるんだよ。そのためにゃ嫌な男にもおべんちゃら使わなくちゃならねえのよ」

「そう」

「はは。もうこんな話よそうぜ。それより映画でも見に行かねえか?」

「どんな」

「やくざ映画よ。こうかっこいいお兄さんが出てきてよ。最初は我慢してるんだけどよ。そのうち我慢の限界にきて、長ドス持って敵に乗り込むのよ。それでバサッー、バサッーとな。こんな映画嫌いか?」

「そんなに映画なんて見に行かないし。なんでもいいわよ」

そして映画館の暗がりの中。

大門と関根恵子はポップコーンを食べながら、ペプシコーラを飲みながらスクリーンに見入っている。

「おっ!きた!きた!きた!待ってました!」

そう威勢良く叫ぶ大門であったが、その暗がりの中、その腕は次第に関根恵子の太ももを弄りだす。だが、それに対して拒否反応も示さず、逆に大門の空いているほうの腕を握り、己の頬に近づけ、その肩にしな垂れかかる関根恵子。

この時、大門のナニがピンコ勃ちになっていたということを断言してはばからないが、奴はなぜか、

「表に出ようぜ」

と言って、またしても青天井の下、二人して歩き出すのであった。

そして、またしても公衆電話を見つけると兄貴という男の元に連絡を入れた。そして、その受話器に出た兄貴こそ誰あろう若き日の蟹江敬三なのであった。

大門は夕方、兄貴の息のかかった飲み屋で待ち合わせをすることを約束した。

大門は関根恵子に、

「俺の顔が効く店があるから行こうぜ」

と言って、スナックに連れて行った。バーテンにやけに横柄な態度を取る大門。

「この娘にカクテル作ってやんなよ。あんまり濃いのじゃだめだぞ」

「わたし。お酒なんか飲むの初めてだから、何を飲んだらいいのか」

「俺に任せときゃいいってことよ」

そう言うと関根恵子は、そのカクテルを立て続けに4杯も飲んだのであった。

そして彼女の中に浮かんでくるある記憶。

ボロ小屋と言っていい家。そこでは母が内職に勤しんでいる。カリウスを患っている姉は浴衣姿で寝たきりだ。そこにランニングを着て、腹巻姿で一升瓶の酒がなくなったから買ってこいと喚いている東映映画『実録 私設銀座警察』では、渡瀬恒彦にぶち殺されたのち、豚小屋に放り込まれた内田朝雄の姿があった。

「うちにゃもう酒なんか買う金はないね」

「飲まなきゃやってらんねえんだよ!俺のせいじゃねえよ!あの婆さんがいきなり飛び出してきたのが悪いんじゃねえか!」

「それでも白ナンバーのダンプ運転手が人一人殺しちまったんじゃないのさ!」

「ちっくしょう!警察もどいつもこいつもみんな俺に罪をおっかぶせやがって!」

やにわに母が内職で作った商品を破壊しだす内田朝雄。そして姉に向かって、それを言っちゃおしめえよということを言う。

「なんだ!お前なんかいっちょまえにカリウスなんかになりやがって!このまま寝たきりのまんまだったら死んでくれたほうが助かるぜ!薬代も払わなくて済むしな!」

号泣しだす姉。

「何言ってんだよ!この甲斐性なしがよ!」

「ヤガッーシーッ!」

馬乗りになり母の首を絞める内田朝雄。その模様を見ていた関根恵子は、たまらず父である内田朝雄を突き飛ばした。壁に突き飛ばされた内田朝雄は、こう言った。

「心配するんじゃねえぜ。お母ちゃんを愛しているから首を絞めるんだぜ」

気づくとスナックのドアに兄貴の子分がいて、大門を外へ呼び出した。

そして、そこには蟹江敬三兄貴がコートを肩からかけていたのであった。

「用ってなんだよ。こっちは忙しいんだぞ」

「へ、へい。スケコマしたんでさあ」

「スケ?どうせその辺にいるブスなんじゃねえのか」

「そんなことありません。顔だっていいし、プロポーションだって」

「まあ。確かめてくらあ」

そう言うと蟹江敬三は店の中に入り、関根恵子の顔をしげしげと見た。

再び外に出る蟹江敬三。

「お前にしちゃいいできじゃねえか。何してる女なんだ」

「町工場で働いている女ですよ」

「町工場で働いている女なんてのはよ。欲求不満なんだよ。あとでいつもの連れ込み旅館に連れてこいや。てめえが先に手を出したら半殺しにするからな」

そう言って兄貴たちは行ってしまった。

「なにしてたの」

「なあに。野暮用よ。それよりゴーゴー踊りに行かねえか」

「だってわたしゴーゴーなんて踊ったことないし、そう言うところには綺麗な格好した人もたくさんいるんでしょ。わたしこんな格好じゃいやよ」

「気にすることねえんだよ。お前はそのままで十分さ。お前よりてんでいかさねえ女だって、うんといるんだぜ」

「本当に?」

「ああ」

シーン変わりストロボライトが激しく点滅し、きつくフランジャーのエフェクトがかかったギターの音が空間を彩るゴーゴークラブの中は若者で溢れ、その熱気に満ちている。

リズムに合わせて踊る大門。それをじっと見ている関根恵子。

「さあ。踊るんだよ。リズムに身を任せればいいのよ」

「だって、わたし」

「ルールなんてねえのよ。感じたままに、でたらめな感じで自分を解放させるんだぜ」

ぎこちなく踊りだす関根恵子。

「その調子だぜ。うまいもんだぜ」

「どうわたしイカしている?」

そして大門に抱きつく関根恵子。大門も彼女の体に抱きつく。

「やっぱ女の体っていうのはいいもんだよな。お前、きつく抱きしめたら壊れちゃいそうだもんな」

「キスして」

ストロボライトが明滅を繰り返す中、二人は唇を重ねた。その大門の脳内にかつての出来事が浮かんでくる。

大門の母親は屋台のおでん屋を営んでいた。

その母親が『でんきくらげ』において、渥美マリの母親を演じていた根岸明美。あばずれな母親の役を演じさせたら根岸明美の右に出る者はいないであろう。

が、その根岸明美はもう一升瓶を抱えちゃって、完全にできあがっているのであった。傍に大門もいる。

「母ちゃん。そんなに呑んじまったら商売にならねえよ。俺が屋台引くから今夜は、もう終わりにしようぜ」

「なに言ってんだよ!商売はこれからじゃないか!そんなに帰りたかったら、お前一人で帰りな!」

そこへサラリーマン風の男が通りかかる。

「旦那。旦那。おいしいおでんですよ。どうか一杯やっていってくださいな」

そう言うと根岸明美は、男におでんのタコを差し出すが、男に振り払われタコはどこかへ飛んで行ってしまった。

暗がりの中、四つん這いになってタコを探し回る根岸明美。

「タコー。わたしのタコー」

「タコならここにあるよ」

そう言うと大門は泥だらけになったタコを母に渡した。母はさも嬉しそうな表情を浮かべ、その泥だらけのタコをおでん鍋に戻したのだった。

「ヒヒヒヒ。よう婆さん。今夜も儲かっているかい」

そう言って現れたのは蟹江敬三たち、やくざであった。

「最近、男日照りで困っているんじゃねえのかよ」

「婆さんからかうのもオツなもんだよな」

「なにごちゃごちゃ言ってんだよ。そんなに見たけりゃみせてやるよ。さあ!」

そう言い放つと根岸明美は、おもむろに着物をたくし上げ、赤いズロースを開陳するのであった。

「あっはははは。婆さんのストリップだせ。色気もなにもあったもんじゃねえや」

「ちっくしょう!てめえたち!」

そう言って向かって行ったのは大門。だか逆にやくざたちにボコボコにされてしまったのであった。

「そのへんにしといてやれや。お前、度胸はあるな。面倒見てやるからうちに来いや」

そう言ったのは蟹江敬三。

キスを交わす二人であったが、関根恵子の脳内にも過去の出来事が蘇っていた。

朝日の中、内田朝雄は運河で水死体となっていた。駆けつけたダンプの仲間たち。

「あーあ。野郎、いい顔して死んでやがるぜ」

「酔っ払ったまんま落っこちて、そのままあの世行きよ」

長屋の中に飾られた内田朝雄の遺影。部屋には身なりのバリッとした男がいる。

「あんな飲んだくれでも、やっぱり亭主は亭主だったんですよ。わたしの内職だけじゃこのさきどうやっていけばいいのか」

「借金の返済は必ずしてくださいね。寝たきりのお子さんもいることだし。この際、どうですか。下のお子さんをわたしの知っている工場で働かせてみては」

関根恵子がゴーゴークラブのトイレから戻ると、大門が知らない女と話していた。

「あたいと踊らないのかさ」

「きょうはそんな気になれねえんだよ」

「なにさ。いつもならホイホイ寄ってくるくせに」

「お前みたいな女と踊っているほど俺は暇じゃねえんだよ」

その様子を遠くから見ていた関根恵子は、クラブから出て行ってしまった。大門もクラブに関根恵子がいないことに気づくと、速攻で店を飛び出していった。

そして月明かりの下に立っている関根恵子を、見つけたのであった。

「あんな女なんでもねえんだよ」

「嘘。随分楽しそうに喋っていたじゃない」

「ただの知り合いなんだよ。とんでもねえアバズレなんだよ。お前となんか比べ物にならねえんだよ」

そのアバズレが売れる前の松坂慶子であるということは全く気付かなかった。

そのまま夜道を歩いて行くと、やがて町には連れ込み旅館の看板が目立ってきた。

「腹減ってきたな」

「うん」

「入らねえか?」

「こういうところ連れ込みって言うんでしょ」

「なんにもしやしねえよ。ただよ。飯食ってよ」

「分かったわ」

「なんだよ。もっと綺麗な部屋はないのかよ」

「あいにく、この部屋しか空いてないんだよ」

「じゃあ。いいから飯食わせろよ。飯」

「うちじゃ飯は出してないよ。出前になるんだよ」

「じゃあ。味噌ラーメン大盛り二つだよ。急げよな」

連れ込み旅館の中で大門、関根恵子の間に気まずい空気が流れる中、またしても大門の脳内には過去の出来事が再生されるのであった。

連れ込み旅館の中。

蟹江敬三をはじめとするやくざたちは、全裸の女に強烈なボディブローを決めて失神させた。

「女犯るにはこうするのが一番なんだよ。暴れられても骨が折れるしな。おう。しっかり写真の準備はしとけよ。フラッシュもよ」

「へ、へい」

兄貴である蟹江敬三が一番手だった。そして次々に女を回してゆくやくざたち。

「しっかり見るんだよ。女の一人もコマセねえようじゃ、やくざにはなれねえぞ」

そう言ってやくざは大門の頭を現場に向ける。

「最後はお前の番だぞ」

「へ、へい。兄貴。でも俺は」

「なんだよ」

蟹江敬三が大門のナニを握ると、完全に縮んでいたのである。

「あっーはははは。これじゃあできる訳ねえよな。俺の手を綺麗に洗うんだよ」

そう言うと蟹江敬三は、大門に自分の掌を舐めさせた。

しかし、何故にこの作品の回想シーンは、こうもディープなのだろうか。評論家じみたことは書きたくないが、大門と関根恵子の関係が純愛的に見えるのも、回想シーンによって描かれるそれぞれのある種悲惨な背景があるからなのだろう。

そういった記憶が大門を駆り立てたのか。ヤツは関根恵子に部屋にじっとしているように命じると、部屋の外に出て行った。そして下駄箱で靴を取ろうとしていた。

「なにしてるんだい」

「なにしてるって、ちょっと外の空気を吸おうと思ってよ」

「逃げるっていうんじゃないだろうね」

「なに言ってやがるんだ」

「逃げたら兄貴に殺されるよ」

「・・・」

「分かってんだろうね」

自分と関根恵子の靴を手に取ると、脱兎のごとく走り出す大門。

「あんたー!あんたー!大変だよー!」

するとガタイのいい男が現れ、大門に殴る蹴るの嵐を降り注ぎ、大門は床に崩れるしかなかった。

「なめんじゃねえーっ!このガキっ!兄貴が来たらてめえ殺されるぞ!」

やにわに部屋にあったビール瓶でオヤジの頭をぶん殴った大門。

「ギャーッ!」

血だるまになって悲鳴をあげたオヤジ。なおも取りすがるババアを振り払い、関根恵子と共に夜の闇の中へ遁走を決め込む大門。

「ねえ。なにか。あったの」

「なんでもねえよ」

そのままタクシーをひろった大門は、関根恵子と後部座席でいちゃつく。そして運転手に言った。

「なんでもいいからよ。ここらで一番高いホテルまでやってくれよ」

着いたホテルは豪華な内装の豪華な食事が出てくる立派なホテルだった。その豪華な食事に目を丸くする二人。

「わたし、こんな豪華な料理なんて食べたことないわ。ずいぶん高いんでしょ。お金のほうは大丈夫なの」

「金の心配なんかするんじゃねえよ。今夜はいくらでも持っているんだぜ。さあ。食おうぜ」

そう言うと、食事を平らげ始める二人。

その食事の間、大門の脳内にまたしても過去の記憶が蘇る。

ボロいアパート、廃墟と言っていい木造のアパート。その窓に飛び乗り人気のない部屋に入ると大門は、冷蔵庫からハムなどの食品を抱えて、また素早く窓から出て行った。

しばらくするとそこへ現れるおっさん。その服は醤油を煮詰めたような色をしていて、頭には鉢巻をしている。大門は盗んだ食料をシャツの中に隠す。

「印刷の工場もやめたって言うじゃないか。やくざなんかと付き合っていると、ろくなことないぞ」

「ほっといてくれよ」

「それにここは淫売宿じゃねえんだ。お前のお袋はとっかえひっかえ男連れ込みやがって」

そこに根岸明美が男とまぐわっている映像が挿入される。

「男に小遣いをやる余裕があるんだったら、家賃を入れろとお袋に言え」

おっさんがいなくなると大門は、物陰でハムを貪った。

食事が終わると大門は言った。

「じゃあ。俺、先に風呂入るからよ」

「背中、流そうか」

「気使うんじゃねえよ。すぐにでてくるからよ」

大門が風呂に入っている間、関根恵子は食器を洗い始めた。風呂から出てきた大門。

「なんだよ。そんなことするこたねえんだよ。お前も風呂入ってこいよ」

「う、うん」

だが関根恵子が風呂に入ると、大門も食器を洗い始めた。

隣の部屋には布団が敷いてある。そして大門が襖を開けると、そこには鏡張りの壁があった。

浴衣姿の二人。

「こっちへ来いよ」

「う、うん」

布団が敷いてある部屋から関根恵子を呼ぶ大門。

おのずと唇を重ねる二人。だが大門は言う。

「おりゃあダメな男なんだよ。はじめからお前を兄貴に売り飛ばす気でいたんだからな。でもよう。本当に好きになっちまったのよ。もう、お前がいなけりゃどうにもならないのよ」

「そんなこと途中から分かっていたわ。わたしもあなたが好きなのよ。抱いて。好きにして」

「不思議だよな。きょう出会ったばかりの俺とお前がよ。こんなことになるなんて。本当にいいのかよ」

「はやくして」

大門は関根恵子の胸元を開くと、その芳醇な乳房をがむしゃらに吸った。

「こんなこと初めてなの?」

「そうともよ」

「わたしもよ」

若過ぎる二人は一心不乱にお互いの体を求めあった。

だが、見ているこっちとしては一抹の不安もあった。

大門と関根恵子がホテルでいいことをしているうちに、地団駄を踏んでいるであろう蟹江敬三たちは何をしているのか。この後、もう現れないのか。

この作品のオチがどうつくのかだんだん心配にもなってきた。

朝。

葦原。その中を歩く二人がいた。

「大丈夫かよ。夕べ全然寝てなくてよ」

「平気よ。それよりこれからどうするの?」

「どうするもこうするも。行く当てはないし、金はないし。どうにでもなれって感じさ」

「わたし。幸せよ。あなたとならどこだって行くわ」

「俺もだぜ。お前がいればなんでもできそうな気がするぜ」

若い二人はそんな言葉を交わした。そして、どうやら兄貴はもう追ってこないらしい。

二人が水辺に近づくと、そこには木製の船が浮いていた。

「あの船に乗るんだぜ」

だが、その船には水がすでに入っている。

「裸になっちまうんだよ。そして、この船を押して川まで出て行くんだ」

ブリーフ一枚になった大門。関根恵子はブラにパンティ一枚。

その姿で船の後方に掴まり、バタ足で船を押していく。

「わたしたちどこに向かっているの?」

「知らねえぜ。だが、やけに水が深くなってきやがったな」

そんなことを言っていたような気がする。

そして遠ざかって行く船の形。そこに浮かぶエンドマーク。作品は終わった。

決して増村保造の代表作といえるような作品ではないだろう。

だが、ここにも増村作品に共通している要素は存在している。それは主演が若尾文子であれ、安田道代であれ、渥美マリであれ、彼女たちはある意味己の中に存在している性に対して素直なのだ。

そのことによって自己、自我と言うものを獲得している。

ただ、ただ男に付き従うだけの弱々しい女ではない。

『遊び』においては大門という男の存在を珍しく大きく描いているが、大きく性へと向かってゆく関根恵子の中にも、それは存在しているのではなかろうか。

増村保造。大映最後の作品はかように終わった。

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