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執筆者の写真makcolli

女吸血鬼


食わせ者と言う言葉がある。煮ても焼いても食えないと言う言葉がある。

新東宝映画『女吸血鬼』が、まさにそれに当たる。

ドラキュラ伯爵と天草四郎と、狼男を無理やりドッキングしたこの映画は、まさに食わせ者としか言いようがない。

詳しい経緯については知らない。

しかし、日本映画界において戦後最大の争議として、東宝争議と言うものがあった。

ストライキ体制に入った東宝社員と、会社側の攻防は続き、東宝は映画を製作できないと言う状態に陥った。

そこで東宝首脳は新東宝と言う、言わば衛星会社を設立し、そこでの映画制作を開始した。

であるから、当初の新東宝は東宝の監督である成瀬巳喜男などを使って、文芸物や芸術性の高い作品を作っていた。

だが東宝争議が終結すると、本社である東宝は以前のように映画製作を再開した。

となると、新東宝の存在意義はなくなったのも同然になったのだ。

しかしである。ここで一人の男が登場した。大蔵貢である。

活弁仕上がりのこの男は、新東宝を買収し、社長兼プロデューサーとして辣腕を奮いはじめたのだ。

大蔵の考えはこうだった。

「狸映画を撮れ! 狐映画を撮れ! 各社が気取った映画を撮っている間に、うちはお化け映画を撮るんだ!」

活弁仕上がりと言う叩き上げの大蔵にとっては、教養だとか文学だとか、芸術なんて言うものはどうでもいいものだった。

それよりも大蔵が取った戦略は、エログロセクシー路線を全面に打ち出すことで、新東宝を特化させると言う、あまりにも先鋭的過ぎるものであった。

だが、あまりにもやり過ぎたのか、または独自の配給網を持っていなかったからなのか、新東宝は61年に倒産することとなった。

大蔵時代の新東宝は、こうして邦画史において徒花を咲かせる結果となったのであるが、一部の好事家の間では、現在でも熱烈な指示を集めている。

で、『女吸血鬼』である。

タクシーに乗った新聞記者(当時の言葉ならブン屋とか、トップ屋とか呼ばれていたことだろう)は、恋人である池内淳子亭を目指していた。

池内淳子の家は邸宅という趣があり、そこでは若者たちがドレスアップして集まっていた。

横道にそれるような形になってしまうが、50年代の邦画を見ていて、しばしば思うことの一つに当時の日本人の、特に都市生活者の生活様式が、かなりアメリカナイズされているという点がある。

この作品でも若者たちは、池内淳子亭に集まって、バースデーケーキを用意し、彼女の誕生日を祝っていた。

終戦からまだ間が経っていなかったであろう日本だが、逆に終戦を迎えたことで一気にアメリカ文化が流入し、アメリカへの憧れは強いものになっていたのであろうか。

まあ。それはさて置いておいて、ブン屋が池内淳子亭に到着し、みんなで、

「♫ ハッピーバスデー ツー ユー」

なんて歌っていたら、突然家の照明が落ちた。

慌てて執事や家政婦がろうそくに火を灯し、池内淳子の父親と共に、邸内の開かずの間の扉を開けてみると、そこには元祖ヴァンプ女優・三原葉子がネグリジェ姿でソファーに寝ていた。

父は驚いた。

三原葉子こそは20年前に突如として失踪した自らの妻であったからなのだ。しかも父はすでに老人という歳を迎えていたが、三原葉子のその姿は20年前と何ら変わらぬものであったのだ。

池内淳子は突然現れた母の姿に動揺した。

二期展という絵画の展示会があった。

ブン屋と池内淳子は揃って、その二期展を見に出掛けた。するとそこに特選作品として飾られていた絵に描かれていたのは、半裸状態の三原葉子の姿なのであった。

驚いたブン屋は会場の係員に、あの作品を描いたのは誰なのかと聞いたが、係員は出品者の名前を調べても、それは偽名であとのことは分からないと答えた。

ブン屋が係員と喋っている間に、池内淳子に近づいてくる男がいた。

黒のスーツを着て、黒の帽子を被り、サングラスを掛けた男。その男こそまさに元祖ニヒルな顔をした男・天知茂なのであった。

「お嬢さん。その絵にご興味がおありですかな」

「えっ?」

ブン屋が池内淳子の方に戻って行こうとすると、天知茂は足早にその場を立ち去った。

その夜、閉館している二期展を開催している美術館に蠢く、小さな影があった。

その影の持ち主は小人であった。それはCGとか着ぐるみとかではなく、本物の小人であった。顔はおっさんなのに身体は小さい小人であった。

だから俺、この当時の映画が好き。

差別とかなんとか、もうそういう意識もなしに、小人を使いたいから使うって言う、ただそれだけの理由で小人を使っている訳で、現在のやれコンプライアンスがどうのとか、人権がどうのとか言っている方が、不健全で不自由だと思う。

とにかく小人は美術館に侵入し、例の三原葉子の絵に小細工を仕掛けた。

天知茂はと言えば、ホテルの一室でソファーに深く腰を落とし、ワインを飲んでいた。

その部屋の通気孔から小人が姿を現した。

「うまくいったか。チビ」

チビと言われた男は、確かにうなずいた。どうやら口もきけないらしい。

窓辺には月が浮かんでいる。

その月の光に照らされた時、天知の体に異変が生じた。

「はやく!はやく!カーテンを閉めるんだ!チビ!」

だがそこは小人ゆえ、スムーズにはいかない。すると天知は苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えはじめた。

悶絶し始める天知。

その唸り声がホテルの廊下まで聞こえてくる。そこへ通りかかった女の、このあとこの女は天知に殺されるのだが、新聞の三面記事には、「女給士、斬殺さる!」と書かれていたので、女給士と書けばいいのだろう、女給士はその声を不審に思い、部屋の中に入って見ると、そこにはベッド付近でうずくまり、唸り声を発している天知がいた。

「お客様?どうかいたしたんですか?体調でも悪いんですか?」

やにわに立ち上がった天知の口には牙が生え、その爪は鋭く伸びていた。吸血鬼と化した天知は女給士の喉元に噛みつき、その体に爪を立てて、彼女を斬殺した。

程なくすると、ホテルの廊下には警察関係者が集まっていた。

廊下のソファーには惨殺された彼女の遺体が横たわり、それを警察関係者が取り巻いていたが、その中にブン屋の姿もあった。

ドアの隙間から顔を覗かせて、その様子を窺っている天知。

「あの。すいません。どういった状況だったか、ご存知ですか」

「・・・・・・」

ブン屋が質問すると、天知のあのニヒルな顔が、ドアの隙間に消えていった。

「誰だ!こんなものをここに置いたのは!」

それは池内淳子の父の声であった。そして邸内のリビングと言える場所に、あの二期展で飾られていた三原葉子の絵が置かれていたのだ。

「不思議ね。ゆうべはきちんと戸締りをしたはずなのに」

と池内淳子。

「この絵だ!二期展に出品されていたのは!」

とブン屋。

と、そこへ。今まで眠ったままでいた三原葉子が現れて、悲鳴をあげた。

「おっ!〇〇(役の名前を忘れた)気がついたのか!」

「お母さん!」

「思い出したの!思い出したのよ!」

と、ここから三原葉子とその夫の新婚旅行の回想シーンが始まる。

「どうだい。君の故郷の天草に行ってみないか」

その夫の一言で始まった新婚旅行であったが、二人が焚き火で火を起こし、三原葉子が料理をしている間に夫は辺りの景色を見渡していた。

「あなた。できたわよー」

「うん」

夫が振り向いた時、すでにそこに三原葉子の姿はなかった。

三原葉子は虚な目で草原を歩いていた。何かに導かれるように。彼女は足を止めた。そこには油絵を描いている天知がいた。

「ずいぶんとお上手ですのね」

「ついに来たな。俺は長年、お前を待っていたのだ」

三原葉子が連れて行かれたのは、RPGに出てくる地下ダンジョンのような城で、天知はそこの城主であった。

もう。このへん。回想の回想みたいだったのか、なんだったのか分かんないのであるが、天知が言うには、三原葉子は勝姫という姫の血を受け継いでいるんだと言う。

それで、その勝姫は天草四郎と血が繋がっていて、島原の乱の時に天知は勝姫に支えていた。

だが天草四郎軍が幕府軍に攻め滅ぼされる時に、勝姫は、

「介錯しておじゃれ」

とか言って自刃して、その介錯を天知がした。で、どう言う訳か天知は勝姫の血をすすって吸血鬼となり、以来400年間生き続け、地下城の城主として君臨し続けてきたと言う。

そして勝姫の子孫である三原葉子を手元に置き、あの二期展の絵のモデルにもさせた。作品を描きながら天知は、三原葉子に言った。

「お前の目には憎しみが宿っている。そんなに俺が憎いのか。まあ。それもいい。しかし、俺に逆らった者たちはみな、ああなるのだ」

天知がそう言うと、それまで何も写っていなかった鏡の中に、女たちの姿が写り始めた。そして、その女たちは一様にロウで固められていた。

「俺に逆らった女たちは、黄金のクルスを掛けられて、蝋人形にされるのだ。お前もよく覚えておくんだな」

そして、三原葉子は天知の隙を窺い、島原の地下城から抜け出した。で、そこはどう言う訳なのか知らないが、夢遊病者みたいな感じだったのか、九州から池内淳子亭がある東京に、ネグリジェ姿でたどり着いたのだ。

三原葉子に逃げられた天知は、彼女を追って東京までやってきた。だがそれは天知にとって、非常にリスキーなことであった。

先に記したように彼は月の光に照らされると、吸血鬼に変身してしまう。だが、そんな彼も地下城の城主でいれば、その心配もなく地下世界の主人として暮らせていけるのだ。

その夜。天知は銀座の地下にあるバーで飲んでいた。

と、そこへ例の小人が紛れ込んできたから、その場にいたみなはパニックに陥った。小人はそれに興奮したのか、バーカウンターの上に上り、酒瓶を辺りに投げつけ始めた。

その中の一本が窓ガラスに直撃し、ガラスは粉々に飛び散った。

その窓の上方にはポッカリと月が浮かび、月明かりが地下空間に注ぎ込む。

天知は自らの体の異変を感じた。

あの女給士を殺した時のように、苦悶の表情を浮かべ、頭を抱え出し、次第に雄叫びを上げ始める天知。みなは遠巻きに、その様子を見ている。

次の瞬間、天知が立ち上がると、その姿はヴァンパイヤのそれに変わっていた。

その場にいる女の首に喰らいつく天知。その血をすする天知。その鋭く尖った爪で、女の体を八つ裂きにする天知。

店内のパニックは、より度を増していく。そりゃそうだよな。都会のど真ん中に、突如吸血鬼が現れたんだもん。その吸血鬼が椅子を投げつけてきたり、机をひっくり返したりするんだもん。

天知は外に飛び出すと、銀座の路上にいた女たちに襲いかかった。その喉笛に噛みつき、生き血をすする天知茂。

こうしてこの夜、天知は計六人の女を銀座にて惨殺し、夜の闇に紛れていった。

翌日の新聞には、このような文字が踊った。

「現代の怪奇! 銀座の路上で六人の女性が惨殺さる! 化物の仕業か!」

「誰だ!こんなことをしたのは!」

その声を発したのは、池内淳子の父であった。見ると、例の三原葉子が描かれた絵のキャンバスは切り裂かれ、そこに黄金の十字架が掛けられていた。

「こんな薄君の悪いものは、とっとと処分してしまいなさい!」

父はそう執事に命じた。

その父が三原葉子の様子を見るために、彼女の部屋の扉を開くと、そこに天知が立っていた。

「だ、誰だね。君は」

「ふっふふふふ。この女の主人だよ。こいつを取り返しにきたのさ」

「そんなバカな」

天知が三原葉子を抱いて、二階の窓を突き破り、逃げたのか。そこのところの記憶が曖昧である。

そうすべてにおいて、この作品は曖昧なのである。作品の細部が荒くしか作られていないので、大雑把な印象しか受けないのだ。

しかも脚本の土台が、吸血鬼と天草四郎と狼男を安易にごちゃ混ぜにして、ドッキングしたものにしか過ぎない。

この作品の監督が、名匠と謳われる中川信夫であるということに失望を覚える者もいるやもしれない。中川信夫は『地獄』などの傑作を遺している監督なので、中川信夫という名前に惹かれて、この作品を見た者は、なんとも言えない気分になる可能性は十分にある。

もしくは、この作品だけを見て、中川信夫という映画監督の才能を決めつけないで欲しい。

おそらくこの作品は、中川信夫が企画を出した訳ではなく、新東宝の社長・大蔵貢が企画したものを、中川信夫が嫌々ながら撮った可能性が非常に高い。

三原葉子を拉致された父は、直ちに警察に通報をした。警察はその日のうちに非常線を張った。

その夜。 検問所にてセダンに乗りながら、警察の質問に答えている天知がいた。警察は天知の免許証を確認して、異常なしということで天知を通過させたが、天知がいかなる場所で免許証を取得したのかは分からない。さらに夜であるのに、なぜ天知が吸血鬼に変身しなかったのかということも分からない。

天知が運転する車はそのまま発車したが、そのトランクには三原葉子と小人が入っていたことには警察は気づかなかったのである。

ブン屋は三原葉子が天草に連れ去られたとヤマを踏んだ。

そしてわたしも行きたいと言い出した池内淳子と共に、天草行きの列車に乗った。

天草に着いてみると、現地の駐在所に現金300万円を盗んだという泥棒が拘束されていた。

「旦那あ。信じてくださいよ。あっしはこの目で見たんですよ。小人やら入道みたいに大きいのやらが地下のお城みたいなところにいて。あっしは驚いて、そこに300万を置いてきちまったんですや」

犯罪者が刑事のことを「旦那」と呼んでいた時代もあった。

「貴様。でたらめを言うな。そんなバカなことがある訳ないだろ」

「キミ。その話をもっと詳しく聞かせてくれないか」

と、ブン屋。

と言うことで、警察、さらにブン屋と池内淳子は、泥棒の案内で地下城を目指すこととあいなった。

「ここです!ここでさあ!」

どれだけ山奥に入ったことだろう。その入り口は、人知れぬ岩場の間にあった。

「本当だったんだな。よし。気をつけて入るぞ」

入り口付近に飛び交うコウモリがいい。完全に吊るして動かしているだけのコウモリがいい。CGなんかじゃなくて、このアナログ感がいい。って、ただ新東宝に予算がなかっただけのことかもしれないが。

まさにダンジョンを進んでいく一行。すると最初のモンスターとして大男が現れた。だが、言わばこいつはザコキャラなので、簡単にダンジョンの池の中に沈んでいった。

次に例の小人が現れた。こいつはストーリーにも絡んでくる結構なキャラなので、そう簡単には倒せない。

小人なのでチョコマカチョコマカ、チョロチョロ、ピョコピョコ動いてなかなか捕まらない。その動きに同行した警官たちも混乱させられてしまう。

そのうちに小人に池内淳子がさらわれた。

そしてダンジョンのパレスのような場所に、ボスキャラである天知が現れた。

「ふっふふふ。あれを見ろ」

天知が指差す方向を見ると、ロウで固められた三原葉子がいた。

「俺に逆らうとああなるのだ。永遠の命を手に入れた俺を倒すことはできない」 「お母さん!」

「あいつだ!銀座で暴れたのは、あいつだ !」

そう言ったのはブン屋だった。

天知は片手で池内淳子を抱きながら、片手でデカい炎がついた蝋燭立てを振りかざしながら、自らの部屋に入って行った。そして池内淳子に言った。

「お前は勝姫の血を受け継ぐ者だ。そのお前の血を吸えば、俺はさらに生きながらえることができる」

そこに召使いの婆さんが入ってきて言った。

「殿。なりませぬ。それは一族の決まりで禁じられていることでござります。そのようなことをすれば、この城は滅びまする」

「えい!うるさい!」

そう言うと天知は、蝋燭立てで婆さんをぶっ叩いた。

混乱する警察官たち。そのどさくさに紛れて、泥棒はトンヅラをかました。しかし、ダンジョンの入り口まできた時に思い出したのだ。自分がこの地下城に、300万円を忘れてきたことを。

泥棒は慌てて、再び地下へと取って返した。そして、300万円を埋めた場所を掘り始めた。次第に見えてくる札束。

「あった!やっぱりここやったんや!」

そう言った瞬間、足元が抜けて階下へと落下していった。泥棒は即死した。

泥棒が落下したところに穴が開き、そこから月明かりが地下帝国にもれ入る。

それまで我が物顔で暴れ回っていた天知が苦悶の表情を浮かべる。またもや彼が吸血鬼に変身する時がきたのだ。

吸血鬼に変身した天知は、さらに拍車をかけて暴れ回り、殺された警官は一人や二人ではなかったことだろう。

しかしながら、このクライマックスにきて、またもや記憶が曖昧になってしまっているのだが、天知の身体は急速に老いてゆくのだ。

それは池内淳子の血をすすったと言う、一族の掟を破ったからなのだろうか。しかし、結局ラストはハッピーエンドで、ブン屋と池内淳子は三原葉子の墓前で、手を合わせていたというふうにも記憶しているのだが。

もう。よぼんよぼんの爺さんに老いさらばえた天知は、警察に捕まるのならということで、自ら入道が沈んでいった池に入っていった。小人のその後については知らない。

城主がいなくなった地下城は、崩れ始めた。

先に新東宝は予算がないからということを書いたが、この地下城に関しては大道具さん、小道具さん、美術さんがいい仕事してますねえ、ということを書いておきたい。

まあ。結局、いろいろ書いても吸血鬼と、天草四郎と、狼男を無理やりドッキングさせた新東宝ならではのチープな作品なのであるが・・・。

この映画は中川信夫の作品というよりも、大蔵貢の指向性が全面に出た作品であろ

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