「グラッチェ」と言ったのが、かのケーシー高峰であったということは、言うまでもない真実だろう。
ファーストシーン。この映画は、そのケーシーとフランキー堺との絡みで始まり、軽い笑いを取る。
フランキーは和歌山、南紀にある捕鯨で有名な町、太地にある太地駅の駅長として赴任してきた。そのことに対してそもそも面白くないのが、古参の国鉄マンである三木のり平であった。
「今度赴任してくる駅長な。あいつはそもそも俺の後輩だったんだよ。ヘマばかりしてやがってさ。オマケにクソ真面目すぎる男でな。融通ってもんが効かないんだからな」
そう記している俺の脳内には、この映画を見ている時からある思いが浮かんでは消え、浮かんでは消えているのである。
そもそもこの松竹映画『喜劇 怪談旅行』という作品は、論じるのに値する作品なのかどうか。それなりの労力を使って、文章化する価値がある作品なのかどうか。
この作品についての文章をワープロソフトなんて使って書いちゃって、ブログだのなんだのに載せて、それを誰が読むというのだろうか。
それでも俺をパソコンの前に座らせ、キーボードを叩かせる思いとはなんなのだろうか。仮に俺が、この『喜劇 怪談旅行』に関する文章を記すことを放棄した時、何か俺が俺ではなくなってしまうような気もするのだ。
だからと言って『喜劇 怪談旅行』を構造的に論じたりしても意味がないし、そのような作品でもない。
ふっと四月の緑なす丘の上に立ち、下から吹いてくる風にその身を預け、散ってゆく桜の花びらたちを眺める。それを感じた時のように、軽い気持ちで書いて仕舞えばいいのだ。
切なくはかなく散ってゆく桜のように、俺も刹那的に、この『喜劇 怪談旅行』に関する文章を書いて仕舞えばそれでいいのだ。そう踏ん切りをつけて、この文章を書くことにする。
園千佳子。
その名前を聞いてピンとくる者は、かなり60年代、70年代の日本映画、しかもコメディーに精通していると思える。
その園千佳子が自らの家で、美容体操をしている時、その二階では売り出し中の現千葉県知事・森田健作が、剣道の練習をしていたのだが、誤って雨戸を叩いてしまい雨戸が落下。
「なんや。大ちゃん。危ないやないのう」
「ごめん。ごめん。勢い余っちゃってさ」
その森田健作の父親が、三木のり平で二人とも国鉄マンとして、太地駅の駅員をしていた。三木親子は園千佳子の家の二階で下宿暮らしをしていた。
それで例の如くのり平は駅にて、森田にフランキーの愚痴をこぼしていたのだが、それを完全にフランキーに聞かれていた。
フランキーは、のり平をはじめとして、駅員たちに舐められてはいかんと言うことで、厳しい指導を行ってゆくとのたまわった。
のり平が音頭を取って、新駅長歓迎会を町の有力者を集めて行ったが、とにかく飲みたいのり平に対して、フランキーは団体旅行客の予約を取ろうと、宴席でもセールスに余念がなしと言ったふうで、のり平が送り込んだ芸者にもまるで関心を示さないのであった。
夜になると、のり平はフランキーを宿舎に案内すると行って、尼寺の裏手にある墓地に案内してきた。
「君。どこまでゆくんだね。薄気味の悪いところじゃないか」
「ここですよ。なにね。新しい宿舎ができるまでの仮の宿舎なんでね。ここですよ。ここ」
そこに建っていたのは朽ち果てる寸前の日本家屋であり、実際にフランキーが雨戸の戸袋に手をやると簡単に壊れてしまうほどボロボロの家であった。
「なんだい。君。僕にこの家に住めって言うのかい」
「なにね。こんな家でもいい特典があるんですよ。この裏がね。尼寺の風呂場になっていて、覗けるんですよ」
「なにを君は下らないことを言っているんだね。私には覗きの趣味なんかありませんよ。いいから早く帰りたまえ」
「は、はい」
フランキーは一人きりになると、荷物の中から妻の遺影を取り出し、仏壇に飾った。その遺影に手を合わせ、縁側から尼寺のほうを何気なしに見ていると、風に乗って一枚のパンティが飛んできた。
見ると洗濯竿越しに風呂場があり、そこから尼たちの声が聞こえてくる。
フランキーとて男である。
何かにすい寄せられるように、暗闇に紛れて風呂場に近づいてゆくフランキー。そっと窓から覗くと、そこには尼の裸体があった。
さらに覗こうとすると、何者かに肩を叩かれた。風呂場を覗いたままその手を振り払うフランキー。だがその手が何回もしつこいので振り向くと、そこにはあの遺影に写っていた妻・うめ子の姿があった。
その姿は白い着物を着て、肌も真っ白、いわゆる幽霊のそれであった。フランキーは小さな声で言う。
「ダメじゃないか。こんなところに出てきちゃ。とにかく家の中で話し合おう」
家の中に入ったフランキーと妻の幽霊。
「僕が赴任してくる列車の中でも君はいたずらなんかしていただろ。ダメじゃないか」
「ごめんなさいね。でも今のことだって、わたし怒っている訳じゃないのよ。あなただって生身の男ですもの。気持ちは分かるのよ」
「うめ子」
妻に抱き着こうとするフランキー。
「ダメよ。わたしたちお話しかできないって分かっているでしょ」
「そんなこと言わないでさ。うめ子」
「もう。ダメよ」
そのまま妻の幽霊は消えて行った。
風呂に入っていた尼が窓からフランキーの家を見ると、生垣越しに布団を抱いて恍惚の表情を浮かべているフランキーの姿が見えた。
その頃、森田健作は売り出し中であり、この作品の中でも森田の歌を大々的にフューチャーしたシーンがあり、森田は自転車に乗って歌いながら、太地の町を颯爽と走るのであった。その森田の自転車の後ろに続くのが川崎あかねである。
川崎あかねに関する経歴についてはよく知らない。だが末期大映のモンド青春映画にも出演していたような気もする。その川崎あかねが、森田のガールフレンド役。
川崎あかねの姉が野川由美子で、町で小料理屋を営んでいた。
それで南紀の漁師町という狭い町特有の事情だろうか。野川由美子と三木のり平は、表向きには女将と客という関係であったが、実際には年ごろの仲なのであった。
すでに廃れてしまった制度として、かつては駅止めというものがあった。
小荷物を駅にて預かり、それを小荷物の受け手が取りに来るというものである。
森田健作は恋人の川崎あかねの荷物が駅止めになっているので、届けに行ってやろうとしていた。しかし、それを見たフランキーがとがめる。
「なにしてんだ」
「いや。ちづちゃん宛の荷物があるんで届けてやろうと思って」
「なに言っているんだよ。お客様の荷物を駅で預かるから駅止めって言うんじゃないか。それを勝手に持ち出そうとなんてして。公私混同も甚だしいよ」
「いや。だって」
「だってもクソもないんだよ。そう言うルーズなことをしちゃいかんのだよ」
「はい」
そう言ったフランキーは海岸へと向かい、海女たちに団体旅行の売り込みをしようと試みた。だが逆に海女たちからからかわれる始末。
「なんや。駅長さん。チョンガーや言うやないの。今度、夜這いしてんか。たっぷり可愛がってあげるわ」
「そ、そんな」
そう言うフランキーの眼球には、あらわになる寸前の海女たちの乳房ががっつりと写っている。
「なんやの。駅長さん。どこ見てるの。ほんまにすけべえやわ。外に出ていてくれへんか」
海女にそう言われると、フランキーは海女小屋の外に出て行ったが、それでも小屋の中の様子が気になって仕方がない。
海女小屋は簡易的に丸太で柱を建て、そこにヨシズを張っただけのものである。フランキーが動いたひょんな弾みで、ヨシズを張っていた縄が切れ、海女小屋はバラバラになり、全裸の海女たちが満天下の元に晒されパニック状態に。海女の股間にモザイクがかかったのには笑った。
50年代から70年代までの日本映画には確かに、アマ映画の系譜と言うものが存在した。
その場合のアマは海女であっても、尼であってもいい。
この作品にも出演している野川由美子の『尼寺博徒』、藤純子の『尼寺(秘)物語』、若尾文子が尼に扮する『処女が見た』などの尼映画。
新東宝の『海女の化け物屋敷』、中村晃子が海女に扮する『ちんころ海女っこ』などの海女映画。
当時の日本における男子は尼、並びに海女に対して特別なものを感じていたのだろうか。ある種のセックスシンボルのようなものを感じていたのだろうか。
そのことと各地にて海女ショーが実演されていたこととは関係があるのだろうか。
そのように盛んであったアマ映画なのであるが、この『喜劇 怪談旅行』は贅沢なことに尼も出てくれば、海女も出てくると言う二本立てなのである(ついでに書くと園千佳子はアンマで、フランキーに性感マッサージを試みる)。
言わば大衆食堂に入ったら、ラーメンとカレーが同時に出てくるようなものなのである。
それで、この映画の監督なのであるが、瀬川昌治である。
瀬川昌治と言えば松竹における喜劇で活躍した監督で、特に「喜劇 ◯◯旅行」シリーズで有名であるが、デビュー当初は東映で監督をしていた。
しかし不良性感度の強い東映にては資質が合わなかったのか、松竹で監督を手掛けるようになって頭角を表してきた。
しかし、同じく松竹の喜劇映画監督であり、同世代の森崎東や前田陽一のような喜劇の中にも社会性を盛り込むと言うか、社会における底辺の人々を描くことによって笑いを生み出すと言う指向を持ち合わせている訳でもないし、同じく山田洋次的な喜劇によって家族を描き出すと言うものとも違う。
瀬川昌治の作品は、もっと純粋に喜劇と言うこともできるかもしれない。
しかし松竹の監督の中では穏当と目される瀬川昌治であるが、尼の入浴のシーンといい、海女の全裸のシーンといい、この作品がやけに挑発的なのはどういうことであろう。
パニックに陥った海女たちであったが、その中に森田の恋人であるちづもいた。
「あなたがちづさんですか。あなた宛に駅止めの荷物が届いています」
「まあ。あなたが駅長さん。じゃあ荷物を取りに行くわね。わたし、姉がやっている小料理屋で働いているの。今度、遊びにいらっしゃいよ」
その言葉を間に受けてフランキーは野川由美子が切り盛りする小料理屋に行くこととなった。
はじめは挨拶程度に飲んでいたフランキーであったが、そのうちに毎晩のように野川由美子の店に顔を出すようになってきた。
店の奥で野川由美子とフランキーの会話を聞いている三木のり平は、そのことが面白くなかった。
店の壁には川湯温泉、湯峯温泉と言う紀伊半島でも少し山の方に入ったところにある名湯のポスターが貼ってあった。それを見たフランキーが、
「温泉ですか。いいですなあ」
と言った。それを受けて野川由美子は、
「川湯温泉なんて泳げるくらい広いんですのよ」
と言えば。フランキーが、
「どうです。今度二人で行ってみませんか」
と野川由美子を誘った。それを聞いていた三木のり平はじくじたる思いを抱いていた。
店が看板になったあと。
「おい。どういうつもりだ。駅長となんか温泉に行く約束なんかして」
「なにも起こらないわよ。これもあなたのためなのよ。何かと駅長さんにごまをすっておけば、あなたの出世の役にも立つでしょ」
「ふん。そんなにしてまでして俺は出世なんかしたくないね」
「まあ。そう言わずに。ね」
その時、のり平の脳内にはあるアイデアが湧き出てきた。のり平は下宿先に戻ると、息子の森田健作に命じた。
「おい。大介。お前、明日休暇取れ」
「なんだよ。出し抜けに」
「休暇とってな温泉に行くんだよ。そして女将と駅長のことを見張るんだよ。分かったな」
「なんだか損な役回りだな」
「つべこべ言わずにちゃんと見張るんだぞ!」
「はい」
フランキーが野川由美子との待ち合わせの旅館に行ってみると、そこには森田健作がいたので、フランキーは不意を突かれた形になった。
「な、なんで君がここにいるんだ」
「いや。いろいろとありましてね」
野川由美子は妹のちづと一緒に温泉まで来ていた。そのことは森田も知らないことだったので、当初のフランキーを見張るという役目を忘れて、
「大人は大人。若者は若者ということで行きましょうよ」
なんて言って、ちづとデートにそのまま行ってしまった。当初の計画と違ってきてしまった野川由美子は当惑したが、
「じゃあ。わたしたちも行きましょうか」
なんてフランキーが言って、出かけることになった。
湯峯温泉。いいところだったなあ。
学生の頃、熊野古道を中心に南紀を旅したんだっけなあ。湯峯音と言えば、名物は壺湯だったなあ。説経節で有名な小栗判官伝説が伝わるひなびたいい場所だったよなあ。
その壺湯の前に立ちフランキーは野川由美子を誘った。
「そ、その僕たちも入りませんか」
「い、いや。でもあの先客がいるようですわ」
「えっ。先客。僕ちょっと言って、早く出るようにしてやりますよ」
「でも。その」
フランキーが壺湯の中に入ると、そこには湯船に一緒になって入っている森田健作と川崎あかねがいた。
ここで壺湯の構造的説明をしておこう。
まず壺湯は河岸にお湯が湧いていて、その湯船は壺湯の名前のとおり壺に似ていて、人二人が入ればキツキツになってしまうくらいに狭い。
その湯船を囲うように木製の小屋が建っており、その壁の一面が上下に開閉するので、入浴客は川の流れを眺めながらお湯に浸かれるというおつな側面がある。
また壺湯のお湯は一日に七色に変わると言われており、仮死状態になった小栗判官が、このお湯に浸かり蘇生したという伝説はつとに有名である。
その壺湯に森田健作と川崎あかねは、しっぽりと混浴していた。
「な、なんだね。君たちは。不埒な婚前前の男女がそんな。なにを君たちは」
「駅長さん。なにをそんなに興奮しているんですか」
森田と川崎あかねが壺湯から出てくると、二人とも水着を着ていたのであった。
夕暮れ。
土砂降りの雨が降ってきた。泊まる宿の予定も立てていなかったフランキーと野川由美子は、ある建物の軒下で雨宿りをするしかなかった。それでも容赦なしに雨は降ってくる。
「濡れるよりはましだ。中に入りましょう」
「はい」
二人が建物の中に入ると、そこには古くなった提灯や灯篭、卒塔婆が立っていて、どうやらそこは、かつては幽霊の芝居小屋だったようで現在は廃墟になっていた。
フランキーと野川由美子は、あたりの様子を探るように一歩ずつその歩みを進めてゆく。
が、その二人の気配に感づいた者たちがいた。 奴らは芝居小屋の楽屋のようなところで、花札賭博を開帳中であったが、フランキーたちの気配に気づくと、一斉に賭博道具をしまい、各々にお化けのマスクを被ったり、化粧を施したりして、小屋の中に散って行った。
恐る恐る小屋の中を歩いていくフランキーと野川由美子。
そこに出し抜けに物陰から小岩さんが現れたり、生首の作り物が飛んできたりするからもう大変。二人は右へ左への大騒ぎを繰り広げるのだが、そこにまた一つ目小僧とか唐傘お化け、ドラキュラ伯爵なんかが現れるものだから、二人は完全にパニック状態になって小屋から逃げ出して行った。
それをドラキュラ伯爵や小岩さんに化けていた連中が見て、高笑いを上げるのであった。 このシーンを見て大映映画『妖怪大戦争』を思い出すのは、俺だけだろうか。
森田健作は先に太地の町に帰ってきていた。
「どうだった大介。駅長と由美(野川由美子のこと)は」
「いやね。湯峯に行ったらね。ちづちゃんも一緒に来ていたんだ。それでこっちはこっちでうまくやってさ」
「馬鹿野郎。それじゃあ駅長を見張ってなかったんだな。この役立たず」
「だってさあ」
「もう。いい。俺が直接、由美から話を聞いてくる」
野川由美子が営む小料理屋に向かうと、三木のり平は開口一番、彼女に言い放った。
「やい。駅長と温泉の一つでも一緒に入ったんだろう」
「なに言ってんのよ。そんなことてんでないのよ。それよりね。お化けが出たのよ。怖かったわあ」
「なにがお化けだ。そんな子供だましの話で俺は騙されんぞ。もういい。一緒にこれから駅長の家に行こう。行って話をつけてやろう」
その頃フランキーは、あの尼寺の裏にある自宅にて夢の中にいた。
彼の夢の中で野川由美子は、彼の自宅にいて、フランキーは野川由美子に言い寄り、キスをしようとしていた。
だがフランキーが何度キスをしようとしても、あとちょっとのところで襟首が引っ張られ、キスをすることができない。
フランキーが気になって後ろを振り向くと、そこには妻、うめ子の幽霊がいた。
「なんだよ。なんでったって邪魔するんだよ」
「あなた。今度のは浮気じゃなくて本気ね。それじゃあ許せないわ」
「俺だって、もう限界なんだよ。したいんだよ」
「愛しているのは、わたしだけじゃなかったの」
「もう。いいところなんだよ。邪魔しないでくれよ」
その後も何度もキスを試みるフランキーであるが、ことごとくすんでのところで引き離されてしまう。怪訝な表情を見せる野川由美子。
フランキーが夢の中で野川由美子にキスを試みようとしているその時、話をつけてやると息巻いている三木のり平と彼に連れられた野川由美子がフランキーの家にやってきた。
しかし、二人がフランキーの様子を見ると、枕を抱いて恍惚の表情を浮かべている。
そのうちにフランキーは、のり平に蚊帳を被せて、
「由美さん。由美さん」
なんて言いながらキスしようとし始めた。
「ああ。気持ち悪い。駅長どうしたんですか。やめてくださいよ」
ふと我に帰ったフランキー。
「なんだね。なんだって君たちは、こんな夜分に人様の家に上がり混んでいるんだね。失敬じゃないか」
「きょうはもう帰りましょうよ」
「そ、そうだな」
のり平と野川由美子は、フランキーの家を退散した。
数日後、勝手に思いを決めたフランキーは、野川由美子に告白しようと小料理屋にやってきた。そこでステテコ姿になっているのり平と鉢合わせしてしまったのだ。
お互いに言葉をなくすフランキーとのり平。
「あなた。この際だからきちんと言っておきましょうよ」
「そ、そうだな。あの駅長、落ち着いて聞いてくださいよ。実はあたしと由美はそういう関係なんですよ。今は籍は入れてないんですけどね。ゆくゆくはちゃんとしようと思っているんですよ」
「そうかい」
「その際は駅長にひとつ、仲人などをやっていただこうかとかように」
「いいよ」
「まっ。駅長。ね。一杯やりながらどうですか」
「もうね。僕は帰るよ」
「ちょっと。駅長にも縁談があるんですよ。ねっ。ここにお見合い写真があるんでね。どうですか。この人なんて駅長にぴったりだと思うんですけどね」
フランキーはその写真に目もくれず、肩を落として帰途に着いた。しかし、その写真に写っていたのは、亡妻、うめ子にそっくりな女性であった。
明くる日の夜。
のり平がただごとならぬ表情をして、駅の事務室に入ってきた。
「どうしたんだね。なにがあったんだね。騒がしい」
「駅長。貨物の運転士がトンネルの中で見たっていうんですよ」
「なにをだね」
「女、女だって言うんですよ。それがね。もう。顔がこんなにひしゃげて、血塗れになって、見られたもんじゃなかったって言うんですよ」
「なにをそんな。あらかた夢でも見たんじゃないのか」
「本当に見たって言うんですよ」
「なら。確かめに行ってみようじゃないか」
フランキーがカンテラを持ち、のり平はフランキーにしがみつくような形でトンネルの中に入ってゆくと、天井から滴り落ちる水滴の音がぴしぴしと響いてくる。
のり平はカンテラが照らし出す影に怯える始末。二人は恐る恐るトンネルの中を進んでゆく。
すると奥から女のすすり泣くような声が聞こえてくる。
「駅長。なにか聞こえてきませんか」
「ああ。確かにな」
二人がさらにトンネルの奥へと進んでゆくと、さらにその声は大きくなってくる。二人が固唾を飲んだその時、トンネルの壁沿いに寄りかかるような形で、顔のひしゃげた長い髪の女が、こちらを見てニヤリと笑う姿が、暗がりの中から浮かんできた。
「出たーっ!」
フランキーとのり平は踵を返して出口に向かい走り出した。
その頃、駅舎で留守番をしていた森田健作は不可思議なものを見た。駅の踏切の方で、闇の中に白くてふわりとしたようなものが走ってゆくのを見たのだ。
森田はすぐさま竹刀を手に持って駅舎から出て、その正体不明なもののほうを見やった。狐につままれたような気分になった森田が駅舎に戻ると、書類などが散乱し、金庫も開けっぱなしになっていた。
「出たーっ!お化けが出たーっ!」
血相を変えて走り帰ってきたフランキーとのり平は、完全に荒らされた駅事務所の様子に状況を飲み込めないようだった。
「すいません!外でおかしなものが動いたもので、出てみて帰ってきたらこんなになっていたんです!」
「駅長!金が取られています!」
「なんてこった俺たちははめられたんだなー!」
「すいません!」
次の日。駅に猛抗議に来ている町の古老がいた。
「どうしてくれるんじゃ!あのかみしもは、今度の晴れの日に着ていくはずじゃったんだ!それを盗まれるなんて無用心にもほどがあるじゃろ!あのかみしもが戻らなかったらどうしてくれるんじゃ!」
「誠に申し訳ありません。太地駅職員並びに地元警察の力を上げて、現在お客様が盗難に遭われた品物については責任を持って捜査をしているところであります。今しばしのお時間を頂戴くださいませ」
フランキーは平身低頭謝るしかなかった。たが、そのフランキーよりも責任を痛感しているのは森田健作のようであった。
夜。下宿に帰ると森田健作は物干し台で思い詰めたような表情をしていた。そこへのり平がやってきて声をかける。
「そう自分を責めるなよ」
「父さんには僕の気持ちなんて分からないよ」
そう言うと森田は机の引き出しから封筒を取り出すと、フランキーの家に持っていき、その封筒を渡したようであった。
森田のあとをつけてきたのり平は、フランキーに挨拶をすると、家に上がり彼に聞き始めた。
「あの。大介のやつが駅長に渡したのは辞表でしょうか」
「まあな」
「駅長。その辞表をわたしにいただけませんか」
「なにを言っているんだね。君は。大介はわたしに辞表を出しに来たんだよ」
「駅長には子供がいないから、親心と言うものが分からないんですよ。あいつは悩みに悩んで、ここまで辞表を持ってきたんですよ」
「もう。問題は大介一人のものではなくなっているんだよ。辞表はわたしが預かっておくから、君はいいから帰りなさい」
翌朝。
フランキーは駅事務所に駅員を集め、厳かな感じでこう言った。
「大介。君は今回の事件について、どう責任をとるつもりなんだね」
「はい。僕は太地駅の駅員を辞めて責任を取ろうと思います」
「いや。子の不始末は親の不始末。わたしが辞めて責任を取ります」
「大介。君はいいお父さんを持ったな。しかしな君が駅員を辞めたからと言って、責任が取れる訳ではないんだ。我々にも落ち度はあったんだ。幽霊の話なんかに乗せられて、駅を後にしてしまったんだからな。大介、君が責任を取れるのは犯人を捕まえることだけなんだ」
そう言うとフランキーは机にしまってあった辞表を取り出し、その場で破り捨てホームに向かって歩いて行った。あとを追ってくるのり平。のり平はフランキーの手を握ると、涙ながらに言った。
「駅長。ありがとうございます。わたしはあなたのことを誤解していました」
「いいんだよ。これからも太地駅のために頑張って行こうじゃないか」
そんなジーンとくるシーンもあった。
太地駅にはその他に二人駅員がいた。
彼らが言うには駅を荒らしていった犯人は、南紀を渡り歩いているやくざみたいな連中で、賭場を開いているのだが、わざと他人が近づかないようにお化け屋敷のようなところを使っていると言う。
そして、その一団が太地の盆踊り大会に顔を見せると言う情報ももたらされた。
盆踊りの夜。
フランキー、のり平、森田の三人は会場の中を巡りながら、記憶の断片にあるはずの顔を探していた。その中に確かにトンネルの中で、幽霊に化けていた女の顔をフランキーは発見したのである。
「待て!」
驚いた女は逃げ始めた。それを見たかの湯峯温泉の幽霊芝居小屋で、ドラキュラ伯爵や入道に扮していた男たちも逃げ始めた。
だが奴らは張り込んでいた警察によって捕まってしまった。
ひと段落ということで、盆踊りを楽しむことになったフランキーたちだが、フランキーの横にある女性が立って、恥ずかしそうにしていた。それを見てフランキーは、
「なんだい。また君かい。ダメだよ。どっからそのメガネを持ってきたんだい。いいからはやく返してきなさい」
と言ったが、女性はその言葉に全く状況が飲み込めないようであった。するとフランキーは、目に見えない何者かに会場の隅へ連れて行かれた。
そして、そこに現れたのは亡妻、うめ子での幽霊であった。
「う、うめ子。じゃあ。さっきの人は」
「わたしにそっくりな人ね。わたし、あの人とあなたが一緒になるんなら本望だわ。だってあの人、わたしにそっくりなんですもの」
「うめ子。じゃあ」
「これでわたしも安心して天国に行けるわ。あなた。幸せになってね」
そう言うと、うめ子は夜空に消えて行った。
「駅長。なにをしているんですか。そんなところで」
そう声をかけてきたのは、のり平と野川由美子だった。
「こちら里枝さん。この前、縁談があるって言ったでしょ。駅長、写真も見ないで帰っちゃうんだもんなあ」
「いや。えっ。これは失礼しました。でも不思議なことがあるもんですなあ」
「なにがです」
「いや。この方が死んだ女房にそっくりなんですよ」
「そうですか。それは奇遇ですな」
そんな会話を聞いていて、里枝は恥じらっているようであった。すでに盆踊りの輪の中には森田健作と川崎あかねとがいる。
「どうです。わたしたちも踊りませんか」
「はい」
そしてフランキーと里枝も踊り始めた。
盆踊り。それは近しい関係にあった者の霊を慰撫し、あの世に送り出すためのものであり、新しい何かが始まる夜と民俗学では考える。
そう言った意味において、映画『喜劇 怪談旅行』のラストは綺麗に締められていたと言える。
何気ない喜劇。そう言ってしまえばそれだけの作品かもしれない。
しかし、俺自身はこの作品を見たあと、こうして文章化すると言う楽しみを味合わせてもらったのだ。
そのことからして、まだまだ映画を見ることの快楽は終わっていない。その快楽は終わっていないということに気づかせてくれただけでも、この作品を見た価値はあったのである。