狙撃
ビルの屋上にいる加山雄三。彼は狙撃用の肩当てや、肘当てが付いている革ジャンを着ている。彼は慌てた様子もなく、タバコを一服すると、その火を消し、証拠が残らないように、そのタバコをポケットの中にしまった。
彼がライフルを構え、スコープを覗くと眼下に新幹線が走り込んできた。車窓の中の一人に照準を合わせると、加山は引き金を引き、新幹線車中の人物は絶命した。
そして、加山はライフルをゴルフバッグに仕舞うと、そのままビルの下に停めてあったトヨタ2000GTに乗り込み現場をあとにした。
そして始まるタイトルバック。ここまでの描写で、加山がいかに凄腕なスナイパーかを説明している。
ある日、加山が射撃場で射撃をしていると、グラビアか何かの撮影班と思しき一団がやってきた。その中の女が加山に話しかけてくる。
「ねえ。撮影の背景をお願いしたいんですけど」
その女こそ、浅丘ルリ子だった。
「断る」
と加山。一団はそのまま行ってしまったが、ルリ子は加山から遠ざかりながらも、彼に視線を送っていた。
そのあと、ロッカールームで加山とルリ子は一緒になった。
「さっきはすまなかった」
「いいのよ。そんなこと」
「送っていこう」
ルリ子は撮影スタッフに適当なことを言うと、そのまま加山のトヨタ2000GTに乗り込んだ。疾走する2000GT。そのカーラジオから、加山が新幹線に乗っている男を射殺した事件のニュースが流れてきた。
「この事件を起こした人って、きっと孤独なんだわ」
「そうかもしれんな」
二人を乗せた車体は、そのままルリ子が暮らすマンションの駐車場に滑り込んだ。
ルリ子の部屋はいかにも瀟洒なマンションの一室といった感じで、部屋全体の色が白で統一されている。ルリ子がモデルであることを示す、彼女が被写体になった写真パネルが飾られている。さらに部屋には、おびただしい数の蝶の標本箱が置いてある。そして、その壁には巨大な蝶の標本箱がはめられていた。
「トリパネ蝶って言う世界最大級の蝶なの。この蝶はニューギニアの森奥深くにしかいないわ。この蝶を採ろうとする人は、興奮のあまり、採ることさえ忘れてしまうのよ」
「俺はそんなことはしないね」
そう言うと加山は、ルリ子を抱き寄せ、その唇にキスをした。
「あなたを最初に見た時から、こうなることは分かっていたんだわ」
より深くキスを交わす二人。そのまま二人はベッドでお互いの身体を求め合った。そうなるはずだったが、加山は、
「すまない。きょうはできないんだ。君のせいじゃないんだ」
と言って、ルリ子の身体を払いのけた。あっけに取られるルリ子。加山はさっさっと服を着て、ルリ子の部屋から出て行ってしまった。
「このまま別れるなんて、わたしいやよ!」
加山はインポだったのだろうか。
ここまでが1968年公開作品『狙撃』の冒頭部分と言えようか。とにかく、この映画、お洒落なのである。スナイパーである加山は、今でも国産スポーツカーの最高峰と呼ばれるトヨタ2000GTを乗りこなし、その恋人には美女である浅丘ルリ子。
さらにサウンドトラックには、モダンジャズが多用されていて、作品のクールな感じをうまく演出している。この作品のサウンドトラックをまとめて、売り出せば、それなりに売れるだろう。いや。すでに売り出されているのだろうか。
浅丘ルリ子についても、書いておこう。
当時、浅丘ルリ子は28歳であった。やはり、若い頃のルリ子は美しい。今時の女優やアイドルが束になってかかっても、敵わないような魅力を振りまいている。彼女の存在が、この作品のお洒落度を強化しているのは間違いないだろう。
さらにこの作品は東宝作品なのであるが、当時日活所属であったルリ子が出演していると言う点にも注目したい。70年代まで、日本の映画会社には五社協定というものがあり、俳優でも女優でも、さらに監督をはじめとするスタッフも、自由に他社の作品に出演したり、監督できたりすることはできないという、一種の専属協定があったのだ。
『狙撃』のプロデューサーは、そんな状況下にあっても、ルリ子を同作品に出演させたいと思い日活と交渉を重ねたそうだ。
それにしても、あったその日にベッドインというのも、なんとも羨ましい話であるが、抱いた女が当時、トップ女優であった浅丘ルリ子なのに、やっぱりやめておくとは、どういうことなのだろう。それも男のロマンということにしておこう。
加山にはアジトのようなところがあった。それが横田基地と思われる基地が目の前にあるガンショップであった。加山がその店の前に、2000 GTを横付けして入っていくと、米兵と話している店主の岸田森がいた。岸田は米兵たちが、店から出ていくと、窓のブラインドを閉め、そして地下室への入り口になっている床の扉を開けた。
そこはレンガで固められた射撃室であった。
「警察っていうのはバカの一つ覚えで、使われた銃と弾の痕跡が一致すれば、それが証拠になると思っていやがる。それでこっちは二度と同じ銃は使わないって訳さ」
そう言うと岸田森は、加山が新幹線事件で使ったライフルをロッカーの中にしまった。
「今度の仕事はヤバいんだろ。このへんでやめておいたらどうなんだ」
この作品を見ていて思ったことなのであるが、登場人物がしゃべる台詞が観念的な感じがして、何を言っているのか分からないことが多々あったのだ。
このあと、岸田森にもうこのへんでスナイパーは辞めたらどうなんだと、加山は問われるのだが、それに対する答えが簡単に言えば、スナイパーをやることが俺の生き甲斐なんだ的なことを言うのだが、
「俺が銃で、銃が俺なんだ。引き金を引く瞬間に全神経が、指先の集中し、銃は一つの機械ではなく俺の身体そのものになっているだ」
とか、分かるような分からないことを言うのだ。それも作品をお洒落に仕上げたいと言う思惑なのであろうと思うが、観念的な映画が苦手な自分としては、こういった部分に関しては、逆に冷めたものを感じてしまった。
次に加山が依頼された仕事は、密輸される金塊を強奪するということだった。加山は計画の詳細を聞くため花田商事という商事会社に赴いたが、この花田商事社長、藤木孝は社長と言っても裏でヤバい仕事をこなしているようだった。
加山の2000GTは湘南バイパスを下り、伊豆半島へと入っていった。そこの漁村にて落ち合う加山と、花田商事の者たち。夜になるのを待つと、漁港に一隻の船が入ってきて停泊し、その荷物をトラックへと積んでいたが、船員が話す言葉は、どこかトルコ語のような響きを持っていた。
トラックが走り出すと、山に隠れていた加山たちは、その車体目掛け一斉に発砲を始めた。加山が持っているライフルは、岸田森から新しく提供されたもので、特殊なスコープを装着しており、暗闇の中でも照準を合わせることができ、スイッチを押すとマシンガンに切り替わる優れものであった。
銃撃戦が展開されたが、加山の腕とライフルの性能の高さにより、加山と花田商事の連中は、金塊を奪取することに成功した。
花田商事の事務所。
「報酬はこの金塊の一部ということでどうだ」
「いや。キャッシュだ」
「金より確かなものはないぞ」
「俺は現金主義なんだ。明日までに用意しておけ。取りにくる」
そう言うと加山は事務所を後にした。そして、2000GTのエンジンをかけると、そのままルリ子のマンションへと向かった。
再びベッドインする加山とルリ子。恍惚の表情を浮かべるルリ子。その恍惚感が、燃える太陽のフレア。蛍光色に光り輝くトリパネ蝶。赤く染まり沸々と湧いてくる粘土。その粘土の中から現れる中世ヨーロッパの怪物。ニューギニアの部族の人々などの映像で表現される。
そして、エクスタシーに至った二人は、ルリ子が頭を上にして、加山が頭を下にしてという構図でベッドの上で語り合う。
このベッドシーンの間中、気だるいスキャットがサントラとして使われており、それがなにか幻想的なこのシーンに効果を与えている。
だが、ルリ子が言っている台詞がまたしても観念的で、何を言っているのか分からない。それを要約すると、ルリ子にとっては、憧れのトリパネ蝶がいるニューギニアこそが、自由の楽園であり、理想郷であるために、そこに自分は行きたいこと。さらにその大空に輝く太陽のもとで加山と結ばれたいと言うことが述べられる。
ゴーゴークラブに行って、二人は強烈なリズム、耳をつんざくようなエレキの轟音、そしてサイケデリックな照明に照らされる中踊ったが、その強烈な音も次第に、あの気だるいスキャットの音に溶けていくのだった。
その頃、羽田空港に着陸したパンナム機から、一人の男が降りてきた。白人の女を伴って。その男のことを書く前に、その白人女のことについて書いてみたい。
タイトルバックでキャストの名前が記された時、サリー・メイという文字が浮かび上がった。そのサリー・メイなる名前は、俺の記憶の中に仕舞われていて、自然にその記憶は思考として俺の中に蘇ってきたのである。
そう。サリー・メイなる白人女は、同じく68年の松竹作品『喜劇 爬虫類』にて、白人のストリッパーを演じた女優で、日本において外国人女優が珍しかった当時において、「白人女役」という需要を、ほぼ独占していたのかもしれない。
それでパンナム機からサリー・メイを伴って降りて来た男が、森雅之という俳優なのであるが、この人の役は加山、並びに花田商事そのもの。つまり金塊を強奪した者たちの命を狙うスナイパーなのであるが、この森雅之という人が、この役を好演している。
見た目は初老の紳士といった感じ。いつもスーツで決めており、国際線から降りて来たとおり、海外からやってきた、あるいは帰ってきたという設定だ。この人が浮かべる不敵な、そしてニヒルな笑いというものが、作品の後半になると効いてくる。
ルリ子はホテルで開催されたファッションショーに出演していた。時代が反映していて、彼女はミンクのコートを着てランウェイを歩く。すると客席の奥に加山がいるのを、彼女の視線は捉えた。
ショーが終わると加山はビリヤードをしていた。
「来ていたのね」
「ああ」
二人はルリ子の部屋に行き再び身体を求め合った。そして果てる二人。
「仕事は嫌いなのか」
「ええ。ショーが終わったらパーティー。それが終われば、またショー。その繰り返しだけなのよ」
このあと、思わず「えっ。なにこれ」と口に出してしまったシーンが始まった。加山が太鼓を叩き、ルリ子は踊っているのであるが、二人ともニューギニアの人たちのように、身体を黒く塗っている。さらに加山は現地の人のように、その黒く塗った身体の上にし白い塗料で模様を入れ、完全に現地の人になりきっているのである。
自身が叩く太鼓の響きに恍惚の表情を浮かべる加山。踊るルリ子。
これがギャグとかではなく、真面目にやっていることに時代を感じざるを得ない。今だったらこれ、コンプライアンス的なことでも無理だと思うし、ギャグにしか受け止められないと思うのだが、わざわざこのシーンを用意したのは、二人のニューギニアにかける熱い思いを、この形で表現したかったからに違いない。
その頃、金塊を強奪した藤木孝は、売り捌くルートが見つからないので焦っていた。
「少々ヤツらを甘く見ていたようですね」
「うるさい!黙っていろ!」
と藤木は子分に言われて、焦りのあまり怒鳴ったが、その「ヤツら」というのが、この作品では全然説明されないのだ。この作品に関して、俺はああでもない、こうでもないと根掘り葉掘り書いているが、それは俺が一度頭の中で解釈して説明的に書いているだけで、実際の作品は登場人物の背景とか曖昧なまま進んでいくので、やはり違和感は否めないのである。その違和感を感じさせるところに、この作品の狙いはあったのだろうか。
そして68年の加山雄三と言えば、同じ東宝の「若大将」シリーズで主役を張り活躍していた。『ハワイの若大将』とか、『エレキの若大将』と言った作品群である。
むしろ世間では、若大将としての加山雄三のイメージが定着していたと言えるだろう。そこでの加山はサーフィン、スキー、ボウリング、エレキが得意で、女にはもてもての青年という役を明朗にこなしていたと思う。それが一転、クールなスナイパーとなったのだから、東宝も思い切ったものをしたものである。
そもそも俺がこの作品を見てみたいと思ったのは、同系列の作品、『豹は走った』を見て、なかなかに面白いと思ったからなのであるが、その系列を東宝ニューアクションと呼ぶらしい。
ニューアクションと言えば、日活ニューアクションが有名だ。
日活が60年代後半、経営状態が傾いて来た時、それまで主演を張れなかった俳優、藤竜也や梶芽衣子などが起用され、無軌道にそして刹那的に生きる若者の群像劇を描いた。
そこではバイクやジープのエンジン音が唸り、それを乗りこなす若者たちは「クスリ」の話をしていた。ニューロックの激しい音に彩られた「野良猫ロック」などの作品は、最後に若者たちが全員死ぬという、それまでの日活青春映画の明朗さからは考えられないラストシーンで終わっていた。
日活ニューアクションは、明らかにアメリカンニューシネマからの影響を受けていた。
そんな時代に呼応するかのように、東宝でもニューアクションと呼ばれるシリーズがスタートし、この作品『狙撃』こそが、その第一作であったのだ。
「野良猫ロック」が群像劇なのに対し、『狙撃』は寡黙で孤独な男の話だ。その男はやはり車で疾走するが、それは高級スポーツカー。そして、人間よりも銃を信用していると言った具合だ。
「野良猫ロック」が当時の若者が共感できる作品だとしたら、『狙撃』の加山雄三は憧れの存在と言えようか。
本当にこの作品について、根掘り葉掘り書いている訳であるが、加山はそれからレーシング場のコースにて2000GTのアクセルを踏み込み、そのスピード只中にいた。それをコース脇から見つめているルリ子。
だがそこに突然ヘリコプターが飛来し、2000 GTに近づいてくる。そのヘリに乗っている森雅之は操縦手に指示を出すと、自身はライフルを構え、2000GT目掛けて発砲をする。
サイドミラーが吹き飛ばされると次第に、2000GTは追い詰められてく。そしてタイヤに弾が命中した時、2000GTは制御不可能となり、コース外に出ていき、そのまま横転した。
そして森雅之を乗せたヘリは上空で旋回をすると、そのまま去って行った。急いで駆け寄ってくるルリ子。横転した車から這い出てくる加山。
「大丈夫なの!」
「ああ」
二人はそのままホテルに戻って行った。加山はソファーに座り悠然としている。
「どうして、あんなことがあったのに、そんな平気な顔をしているの?」
「俺は命を狙われて当然なんだ」
「なぜ」
「それは俺が多くの者から恨みを買っているからだよ」
「恨み?」
「俺は今まで多くの者たちを殺してきたんだ。だから、その分恨みを買って命を狙われるのは当たり前なんだ」
「・・・」
「驚いたかい。別に隠していた訳じゃないんだが、俺は金で殺しを請け負うんだよ。世間では俺のことを人殺しと呼んでいるよ」
このあと、加山はなぜ自分がスナイパーを続けているのかと言うことを述べるのだが、それがまた観念的であった。命のやり取りをするその戦いの緊張感の中でしか、自分は生きる喜びを実感できないとか言うのであるが、それを小難しく理屈をこねる。
森雅之は不敵にも、加山とルリ子が泊まっているホテルの部屋のすぐ近くの部屋へと入って行った。
「あいつはサーキットで、俺のことを殺そうと思えば、殺せたんだ」
その頃、奪った金塊を売り捌くルートが見つからない藤木孝は、加山に電話をかけて助けを求め、次の日に子分が加山の元へ現金を運んでくることになった。
確かに次の日、子分は加山の部屋にやってきて、アタッシュケースに入った現金を手渡した。
「俺はこのまま東京に帰るよ」
「待ってくれ。手伝ってほしいことがあるんだ」
加山は子分にそう言った。
ホテルの屋上には加山と岸田森がいた。岸田森は望遠レンズで、何かを撮影できるように準備をしている。ホテルの庭の森の中を、森雅之は歩いている。すると草藪に潜んでいた子分が、森雅之めがけて四匹のシェパードを解き放った。
森目掛けて襲いかかるシェパード。しかし、森は懐から素早く銃を取り出すと、四匹全てを射殺した。その様子を見て絶句する加山と岸田森。
部屋に戻ると、そのことを知ったルリ子は言った。
「ヤツがゴルフをしているところを襲えばいいのよ」
「黙っていろ。これは俺の生き甲斐なんだ」
そう加山はルリ子に口出しするなと言ったが、森との闘いが終わったら、ルリ子と一緒にニューギニアへ行くと約束した。
例のアジトで岸田森は、自身が撮影した8ミリフィルムを映写しはじめる。そこにはシェパード目掛け銃を早撃する森の姿が映っていた。その様子を見て、加山は言う。
「ヤツは化け物だ。まともにやっては俺に勝ち目はない」
夜の暗闇の中。加山はスコープを覗き、あるビルの一室の様子をうかがっている。その一室とは花田商事の事務所であった。そこへ入ってくる森。加山は狙いを定め、引き金を引こうとしたが、森はすぐにカーテンを閉じた。
「こんなことでヤツを仕留められるはずはなかったんだ」
加山は隣にいた岸田森に言った。
花田商事の事務所には、ある男が入ってきた。だが、カメラはこの男を後ろ向きにしか映さず、その顔を見ることはできない。
男は着席すると、中国語で何か喋り始めた。それに中国語で返す藤木。
「我々をあなどりすぎたな。もう金塊を売り捌くルートは全て塞いである」
「待ってくれ。金塊なら返すから」
「もう遅い」
なんか、そんなやり取りが交わされて、謎の男は部屋から出て行った。
作品冒頭のタイトルバックのキャストに、確かに小沢昭一と書いてあったのだ。しかし、いつまで経っても小沢昭一は出てこない。これ以後も出てこなかった。
もし、あの謎の中国人が小沢昭一だったのだとしたら大したものだろう。なぜかと言えば、その後ろ姿だけで「小沢昭一的」な雰囲気を醸し出していたのだから。
その頃、ルリ子は旅行代理店に行き、ニューギニア行きの旅券とパスポートを受け取り、笑顔を浮かべた。そんなルリ子がマンションに帰るとチャイムが鳴る。ドアを開けるルリ子。
「車の修理が終わりましたので、下まで持ってきました」
「あら。そうなの」
そう言ってルリ子が2000GTの鍵を受け取り、ドアを閉めようとしたところ、それを邪魔する者がいた。ドアの隙間から森が顔をのぞかせ、不敵に笑った。
加山は2000GTではない車で花田商事に行った。そこで彼が目にしたのは、皆殺しにされた藤木孝をはじめとする花田商事の者の死体だった。
加山の勘が働き、車をルリ子のマンションに走らせた。彼女のマンションの扉を開けると、そこには書き置きが残されていた。
「車は修理しておいた。礼を言うんだな。女は預かった」
すぐに加山は部屋から出ていくと、階下に置いてあった2000GTに飛び乗り、そのアクセルを踏み込んだ。森の車は路地に潜んでいて、加山の車が通り過ぎると、そのうしろをつけながら走り出した。その助手席にはルリ子が乗っている。
加山はバックミラーを見ると、うしろから森の車がつけてきているのを確認した。始まる深夜の追跡劇。加山が広い駐車場に車を停めると、森は相対するように自身の車を停めた。
「行くんだ」
森は銃でルリ子を脅すと、彼女に加山の車へ向かって歩くように促した。もはやルリ子は、森の命令に従う他はなかった。
その様子を確認した加山は、2000GTをルリ子目掛けて走らせる。だが、加山がルリ子を救えるもう少しのところで、森はルリ子目掛けて狙いを定めると発砲した。
その銃弾はルリ子の身体を射抜き、彼女は絶命した。
その死体を2000GTに乗せると、加山は再びアクセルを踏み込んだ。さらにそれを追う森の車。どれくらい走ったのだろう。空は白々と開けてきた。
加山の2000GTは砂浜に突っ込んだ。森の車も同様である。
加山と森は車から降りると、砂浜を走り出し、銃を抜くタイミングを計っている。
どちらが早かったのだろう。銃声が轟くと、砂浜に倒れ込んだのは加山だった。
逆光の中、不敵な笑いを浮かべる森。フルショットで映し出される森。次のカット。加山のアップが映し出されると、その瞳はまだ生気を湛えていた。
おもむろに加山は森目掛け発砲する。膝から崩れ落ちていく森。加山はすれすれのところで、森を倒したのだ。
2000GTの助手席が空き、すでに死体となったルリ子が、車外へ倒れ落ちる。負傷し左手、左足の自由を奪われた加山は、そのルリ子目指して這いつくばって行く。
その姿に「完」の文字が浮かぶ。
1968年公開の邦画としては、すこぶるスタイリッシュな作品であると思う。それは進んでいると言うことも含まれているのであるが、作品全体が観念的であると言うことも進んでいると思う。
アクション映画の中に芸術性や美術性を取り込んだのは、この作品が嚆矢だったのだろうか。そんなことを考えさせる見応えのある一本であった。

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