関東テキヤ一家 喧嘩仁義
- makcolli

- 2月10日
- 読了時間: 16分

関東浅草、テキヤの組である菊水一家の国分(菅原文太)と、その弟分である五郎(南利明)は、大阪浪花升一家の葉山良二を頼って、新幹線にて大阪入りしたが、その新大阪駅を出たところで、一人のトルコ嬢(現ソープ嬢)が暴力団に拉致されかけているのを見て、早速暴力団たちをのしてしまった。
とにかく、この国分、喧嘩っ早いのが特技のような男で、行く先々で誰彼構わず喧嘩を仕掛けてしまう。
葉山は浪花升一家の時期跡目、有力候補として一家をまとめていたが、一家の中にはそんな葉山を快く思わない者もいた。
それが名前は分からないのだが、現代劇、時代劇を問わず小悪党をやらせたら彼の右に出る者はいないという俳優で、仮にTと呼ぶことにしよう。そのTは浪花升一家の帳元、加藤嘉が病床から葉山に、一家を頼む的なことを言うのを、冷めた目で見ていた。
葉山、国分、五郎は早速、新世界の街に繰り出し飲み明かそうと言うことになったのだが、入った店で国分は流しの男が肩にぶつかってきたと言う理由だけで、その男をぶん殴った。その男こそ誰あろう。我らが梅宮辰夫で、辰兄は、
「ふっ。悪いけど効かねえよ」
と言うと、国分を殴り返した。殴られた国分も、
「ふっ。悪いけど効かねえよ」
と言うと、辰兄を殴り返した。
「国分!やめたれや!この人は岡山の観音寺一家の花井さんから預かっている人なんや!」
と葉山。そんな殴り合いから国分と辰兄との間には、男の友情が芽生えた。
そんな真面目なテキヤを通そうとしている浪花升一家を潰そうと企んでいる組が、油ギッシュな悪役と言ったらこの人、今井健二が演じる石堂が組長の石堂組なのであった。
だがこの石堂組。テキヤではなく、完全な暴力団、ヤクザなのであった。さらに石堂の背後には、岡山のテキヤの大物、的場がいた。
Tは石堂と的場に車のスクラップ置き場に呼び出され、そこには廃車がうず高く積まれていた。
「ぐっふふ。十日戎あるやろ。これをワレんところで売るんや」
そう言って石堂がトラックの荷台を開けると、そこからは不合格と箱に書いてある菓子が出てきた。
「これはまがいもんでっしゃろ」
「そう言うことだ。これを浪花升が取り仕切っている縁日で売れば、浪花升の信用もガタ落ちになる。お前だって葉山のことは苦々しく思っているんだろ。この車と同じさ。うまく時代の波に乗らなければ、人間も廃車にされてしまうのよ」
と的場、おっと鉄板的悪役ならこの人、天津敏は不敵に言った。
国分は一人の女を探していた。その女の写真を取り出すと、彼はじっとその姿を見つめたが、その人こそ誰あろう。「東映城のお姫様」と謳われた桜町弘子なのであった。
葉山には弟がいるのだが、この弟は葉山に反発し、石堂の周りをうろつくチンピラのようなことをしていた。その弟、徹は石堂が経営するトルコ(現ソープランド)のトルコ嬢、エミとねんごろの仲になっていた。
「あんた。今のままでええの」
「今のままもクソもあらへんわ。兄貴ばかりいい目を見よって」
徹がそのサングラスを外すと、その左目は潰れていた。
「あんた。世の中すねたらあかんえ。ええやないの。めっかちでも片輪でも」
「おまえにわしの気持ちが分かるんけえー!」
そう言うと徹は部屋から飛び出して行った。
そのトルコのロビーには、三つ葉葵の紋がデカデカと飾ってあり、店の名は大奥と言った。居並ぶトルコ嬢たち。その女たちはシースルーの着物を着ている。
五郎は彼女たちを品定めしていったが、わたしこそ最強のトルコ嬢よ、とばかりに現れたのが安定的な笑いを供給してくれる女優と言えばこの人、若水ヤエ子だった。
「わたしのテクニック。最高でしょ」
「テクニックって言ったって。これじゃあほぐしているか、壊しているのか分からんわ」
そう言う五郎は部屋の格子から隣の部屋を覗いたのだが、そこには見覚えのある刑事がいて、トルコ嬢のテクニックにヒーヒー言っていた。
その刑事こそ。かつて国分と五郎が大阪にきてゴロをまいた(かつては喧嘩をすることを、ゴロをまくと言ったらしい)時に世話になった刑事であった。
「本官は風俗営業の実地調査にきて。ああー。気持ちいいー」
そう快感の声を上げる刑事。
五郎がすっかりいい気持ちになり、ロビーの椅子に座っていると男たちに連れ出され、ボコボコにされた。その男たちは石堂の子分たちで、新大阪で国分、五郎にやっつけられた男たちだった。
鼻血を流し倒れる五郎の元に国分と、辰兄が現れ、またもや喧嘩になりそうな時に、あの刑事が冬の寒いのに腰にタオルを巻いただけで現れた。
「解散!解散!またしても本官に面倒をかけるのか!」
「なにを言うとるんだぎゃ。ええこんころもちになっておったのによ」
「くっ。きょうはこの刑事さんに免じて帰ってやるぜ」
と石堂は言って去って行った。
大阪でも最大と言える縁日、今宮戎の十日市の日。その境内には多くの人が繰り出していた。その境内で国分は啖呵売を行っている。
「さあ。さあ。さあ。さあ。ここに取り出したる漢方薬。市販の薬、医者に出された薬が効かない人は、この漢方がいいの。漢方が効くの。そこのお姉ちゃん。芋虫の煮詰めたのなんて知らないだろ」
五郎は暦と英会話の教科書を売っていた。
「みんな。聞いてちょうよー。ここに持ってきたのは英会話の本なんだぎゃよ。万博やるだろ。今時、外人さんがきたらよ。ハローの一言ぐらい言えにゃいかんやろが。だからよ。この本を読んでよ」
五郎がそう喋っている間に、人垣はなくなっていた。俺はその人垣の中に、川谷拓三がいたのを見逃さなかった。さらに石堂の子分の中に志賀勝がいたのも見逃さなかった。それはピラニア軍団結成前夜であった時期だから、二人ともくすぶっていたのだろう。
そんな五郎が苦戦しているところへ現れたのが、長門勇だった(若い!)。
「ちょっと。その本をワシに貸して見んさい」
そう言うと長門は啖呵売を始めた。
「さあ。さあ。みんな寄ってきておくれよ。ここに取り出したるのは、英会話の教則本だ。当節ハロー、グッモーニングは当たり前。万博が始まるご時世だ。大阪にやってくる外人さんに道を聞かれても分からないんじゃ恥を書いてしまう。挨拶ぐらいのことは、この本に全部書いてあるんだ。きょうのところは、この暦と合わせて200円にしておくから買っていかないか。さあ。どうだ」
すると集まっていた人たちは、我も我もと英会話の本と暦を買い求めた。そして、長門勇はそのまま行ってしまった。
「あのおっさん。誰なんや」
「あの人が観音寺一家の帳元、花井精三や」
かつては縁日の花と言えば、この啖呵売であったが、それも現在では見かけなくなってしまった。そこでは商いと地面が直接繋がっていた。商いの原初的形態が、そこにあったから人間的でもあったと言えるだろう。
そこでは喋るというテキヤの技量がものをいった。立板に水を流すかのようなテキヤの話術は、一種の芸であり、その達者たちが縁日という祝祭空間を盛り上げ、演出していた。
現在発達したネット通販は確かに便利ではあるが、そこに人間の熱量のようなものは感じない。地面とは直結していない。無機的で味気ないということは間違いない。
そんな十日市の縁日で騒ぎが起こった。
「なんやこれ!まがいもんやないけ!」
「そ、そんな。うちは確かな仕入れ先からもの仕入れとるんや」
「確かもクソもあるけえー!これラベル剥がしたら不合格って書いてあるやないけー!」
そのまま石堂と的場、そしてその子分たちは浪花升一家に乗り込んだ。
「これは何かの手違いなんや!」
「手違いもクソもあるけえー!この箱にちゃんと不合格って判が押してあるやないけー!」
「そ、それは・・・」
「お前ら!病人の枕元に土足で上がり込んできやがってー!」
すわ。一色触発というところへ長門が現れた。
「この男をワシに預からせてくれんかのう」
その一言によって国分と五郎は岡山に向かうことになった。
この『関東テキヤ一家 喧嘩仁義(ごろめんつう)』が公開されたのが1970年。前作『関東テキヤ一家』の公開が69年だから、第二作目を間髪入れずに作ったことになる。監督は前作と同じ鈴木則文である。
だが前作と比べると二作目には若干の作風の違いが見られる。第一作はテキヤ稼業における掟、商売を中心として義理や人情が描かれていた。言ってみれば従来の任侠映画のセオリーを踏襲していたのである。
だから、そこにおける菅原文太は従来の任侠映画を支えてきた俳優、高倉健や鶴田浩二の亜流を脱することができていなかったと言えよう。
しかし、70年にもなると徐々に従来の任侠映画の人気にもかげりが見え始めたようである。この時期、他の菅原文太のシリーズ物で言えば、「まむしの兄弟」があり「現代やくざ」があった。
この二つのシリーズとも、よりアナーキーに文太が暴れ回ると言ったもので、のちの実録やくざ路線に繋がっていくものと考えられる。
鈴木則文は、「まむしの兄弟」を撮った中島貞夫、「現代やくざ」を撮った深作欣二よりは、アナーキーではなく、より東映の時代劇から任侠映画と続く系譜を継承していったと考えられるが、やはり時代の空気は十二分に吸っていたとみられる。
本作では前作に比べ、今井健二演じる石堂がテキヤではなく、暴力団そのものであったり、国分も困っている人に財布ごと金を渡すようなこともしない。
さらにトルコ風呂のシーンを描き、笑いを誘うなど、のちに再度文太とタッグを組んで大ヒットとなる「トラック野郎」も彷彿とさせる。
また梅宮辰夫の起用も効いている。70年の梅宮辰夫は、「不良番長」真っ盛りであったと言えるだろう。そこにおいて辰兄は、バイクを乗りこなし、スケコマシをし、金の臭いを嗅ぎ回り、ダイナマイトを炸裂させるという、東映映画にあっても任侠映画とは真逆なキャラを演じていた。
その辰兄の起用が、この作品を旧来の任侠映画とは、また別なものにしているのだ。
岡山・西大寺の全景が映し出される。そこで縁日の準備をしている露天商たち。花井の案内で国分と五郎は、そこを下見していた。
「さすが西日本一の縁日と言われる西大寺の裸祭りだ。規模が違いますね」
「そうじゃろ。前祭り、本祭り、あと祭りも合わせると40日間の縁日じゃ。昔はこれだけで一年暮らせていけたんじゃ」
「い、一年」
驚く五郎。
そのまま国分と五郎は花井が帳元を務める観音寺一家の敷居をまたぐことになった。その一家の軒先で国分は仁義を切る。
「わたくし。関東は浅草、菊水一家に籍を置きます。国分勝と申します。ご当地にては初お目見えとなります。縁ありましてご一頭さんの前に参上となりました。お見かけ通りの若輩者です。以後、お見知り置きをお願い致します」
それからしばらくして、花井のもとにはあの天津敏、的場が訪ねてきていた。おさらいになるが、的場は花井と同じく岡山を本拠地とするテキヤの帳元である。
「どうだ。花井の。裸祭りの縁日、俺にも少し差配をさしてくれんかのお」
「それは断る。露天商のみんなはワシを頼ってくれているんじゃ」
「ほうかのう」
この的場の話は裸祭りの利権を握ることによって、一気に岡山を牛耳ろうという魂胆があり、そこには悪のタッグである石堂も絡んでいた。さらにTはこの二人と組むことによって浪花升一家を乗っ取ろうと企てていた。
そんなある日、国分は街のスナックに入った。そこにはあの葉山の弟徹がいた。徹は相変わらずすねた感じだった。
「徹。お前、こんなところで何してんだよ」
「見れば分かるやろ。的場さんから盃もろうたんや」
「バカヤロー。あんな奴から盃なんかもらったら後戻りできなくなるんだぞ」
国分は根っからの喧嘩っ早さがまた出て、徹を殴り蹴った。そこに止めに入る現在はホステスをしているエミ。
「やめてんか!殴るのはやめてんか!」
そんな店内の騒ぎに気付き一人の女が現れた。
「通子・・・」
「国分さん」
現れたのは桜町弘子で、彼女は国分から視線を逸らした。
「おあいにくさまやで。ママは的場さんの凡妻(確かにこう聞こえた)なんや」
と徹。そのまま桜町弘子は外に駆け出して行った。国分はネオン街をさまよいタバコに火をつけると、そのままその火で桜町弘子の写真を燃やしたのだった。
岡山、西大寺の裸祭りを知っているだろうか。正式には会陽(えよう)と言うのだが、寒空の下、西大寺の境内に何万というふんどし一丁姿の男たちが集まり、宝木(しんぎ)という札を奪い合うのだ。その模様はテレビや新聞、雑誌で紹介されたり、現在ならネットでも紹介されていると思う。
その宝木というものは、裸祭りの縁日で一般の者にも販売されるらしく、木のお札に刻印を入れている製造業者がいた。その工場(こうば)に石堂のごろつきどもがやってくる。
「おう。今年から宝木は的場の帳元に下ろすんだよ」
「そ、そんな。うちは昔から観音寺一家に下ろしてきたんです」
「いいから。この書類に判子を押しなよ」
「キャッー!」
ごろつきは事務員から無理やり判子を奪うと、書類に押した。そこへ駆けつける国分。ごろつきたちをぶっ飛ばすと、書類を破いたのであった。
国分が岡山の街を歩いていると、和装でスーツケースを持って、どこかへ旅立とうとしている桜町弘子の姿が目に止まり、そのまま声をかけた。
岡山城が見える後楽園を歩く二人。
「わたし。このまま、この街を出て行こうと決めていたんです」
「それは本当なのか」
「わたしも好きであんな男と一緒にいるんじゃないんです」
「あれから三年か。女の身で三年は長かったんだな」
黙って涙をこぼす桜町弘子。だがその様子を石堂の子分が見ていたのである。
その直後、関西のテキヤの帳元衆が集まる西日本神農連合会なる寄り合いが執り行われ、そこに花井も的場も出席していた。司会者が喋り出す。
「議題を裸祭りのことに移そうと思うんだがの」
「それについて一言あるんです。裸祭りの縁日は観音寺一家が独占的に取り仕切っていて、他のものは参入できない。どうです。ここで、こんな独占的なことはやめては」
「なにを言うんじゃい。裸祭りについては、この観音寺一家が取り仕切ると昔から決まっておるんじゃい」
「それが前近代的だと言うのよ」
揉め始める的場と花井。そこへ国分が待ったをかけた。
「わたくし。国分というしがない者で、末席を汚しております。どうですか。ご一統さん。ここは従来通り、観音寺一家に任せていただくというのは」
「なにを言うとるんだ。こいつは的場の帳元の凡妻と、駆け落ちしようとしていた男なんやぞ」
そう言ったのは新東宝時代からの悪役、沼田曜一であった。そこで愛人の話を持ち出してどうなるとも思ったが、この難癖によって窮地に陥った国分は、みんなの前で指を詰めることによって筋目を通した。
この国分の姿を前にして帳元衆は、従来通り観音寺一家に裸祭りを委ねるということを決めたのだった。面白くない的場と石堂は、その場をあとにしたのだったが、正攻法で裸祭りの利権を奪えなくなると、以前にも増して、嫌がらせを仕掛けてくるのだった。
観音寺一家の事務所の電話輪が鳴る。
「なにい!荷物が裸祭りに間に合わないい!」
さらに別の電話では大阪、浪花升一家の加藤嘉が死んだという知らせが届いた。事務所には荷物がなければ商売をできないという露天商たちが詰めかけ、パニック寸前の状態になっていた。
裸祭りになんとか荷物を間に合わせようと急ぐトラック。その行手を遮る石堂の子分たち。
「な、なんやー!あんたらー!」
「おめえらが荷物を持っていくのは、観音寺一家じゃねえ。的場一家に持っていくのよ」
そう言うと子分たちはトラックごと土手の下に落としてしまった。あの辰兄はあれ以来どこに行っていたのかと思っていたが、その散乱したトラックの荷台から姿を現した。
「なんだよお。人が気持ちよく寝ている邪魔しやがって。ひー。ふー。みー。よー。結構いるなあ。めんどくせえから、みんなまとめて面倒見てやるよお」
そう言うと辰兄は子分を一人ずつのしていった。
その頃、葉山は国分を訪ねて岡山にきていた。そこは瀬戸内海が見渡せる場所だった。
「どうだい。お前も花井さんの世話になっちゃ」
「いや。それはあかんわ。ワシは今宮戎の責任を取って、浪花升一家を破門された身じゃ。それより徹のことなんやがな」
「あいつは的場から盃もらったなんて言っているぜ」
「そうなんや。あいつが、あんなになりよったのも全部ワシが悪いんや。子供の時、空気銃で遊んでおってな。それが間違ってあいつの目に当たって。それ以来、ワシはあいつのことを腫れ物に触るように扱ってきたんや」
その徹は的場と石堂に呼び出されていた。徹が的場の事務所に行くと、そこには桜町弘子が監禁されていた。そこには例のTも一緒にいた。
「どうだ。徹。花井をバラすんだ。そうしたらお前を正式な組員にしてやる」
「は、花井をやればいいんやな」
「やめろ!徹!」
そう言って現れたのは葉山だった。
「いい加減に目を覚ますんや!!徹!」
葉山は徹を殴った。
「お前はこの人を連れて逃げるんや!」
「に、にいやん。殴ってもらって嬉しいわ」
そのまま徹は桜町弘子を連れて逃げた。
「T。ワレって奴は」
「そうや。このままワレが消えれば、浪花升一家はワシのものになるって寸法なんや」
葉山に振り下ろされるドス。そして銃弾が炸裂する。葉山も応戦したが、多勢に無勢で彼はその命を落とした。
帳元衆の協力もあって、裸祭りは無事に開催されることになった。西大寺の境内に集まったふんどし姿の男たち。その男たちが塊になって、その塊自体が一つの生き物であるかのように湯気を発している。
男たちは投下される宝木を今か今かと待っている。そして、その宝木を奪える絶好の位置に構えようと、押し合いへし合いをするのだ。テレビの中継社がカメラを構える。
宝木が僧侶によって投下される時、カメラのフラッシュが一斉に炊かれる。そして、宝木を奪い合うために男たちの塊が動き出す。押し合いへし合い。立ち昇る湯気。汗。閃光。男たちの群れは、雪崩を打って移動する。
しかし、どうしてこうも鈴木則文という人は、祭りを撮るのが上手いのだろう。「トラック野郎」においても、唐津くんち、博多祇園山笠などを描くことによって、熱い人間を演出していた。その片鱗はすでにこの時点であったと言える。
そんな男たちの人熱(ひといきれ)の中に長門勇もいた。画面、男たちの動く足。男たちに囲まれている長門勇。足。男たちの中に石堂の子分が混ざっている。足。刃物を取り出す子分。足、と次の瞬間、長門は脇腹を刺され、倒れ込んだ。
だが長門は一命を取り留め、一家に担ぎ込まれ、布団に寝かされた。その布団を取り囲む子分たちの中に辰兄がいて。さらに国分がいた。
「おやっさん。破門の身の俺は、こんなところにいちゃいけねえんだが」
と辰兄。長門勇はゆっくりと身を起こすと言った。
「何を言うとるんじゃ。お前はすでに敷居を跨いでおるじゃろ」
そう言うと長門は事切れた。
「おやっさん!おやっさーん!」
夜の道を二人して長ドスを持って歩く国分と辰兄。
「俺たち、ゴロまくぐらいしか取り柄がないもんな」
「そういうことよ」
ここからは東映Kill Kill Time。二人は的場一家に殴り込みをかけた。まず真っ先に殺されたのがTだったと思う。上がる血飛沫。炸裂する銃弾。辰兄は戦いの場を、屋敷の中から庭へと移す。
その辰兄に打ち込まれる銃弾。だが辰兄は、その革ジャンを血で染めながらも、石堂を討ち取った。
国分に振り下ろされる白刃の数々。その身体から鮮血が迸(ほとば)しるが、国分は一人、また一人と子分たちを血祭りに上げていく。そして最後の一人、的場にとどめをさした。
そこに現れる辰兄は血まみれになっている。そして、彼はそのまま崩れ落ち、息を引き取った。そこに走り込んでくる桜町弘子。国分は彼女の肩にもたれると、そのまま歩き始めた。
その二人の姿に被さる「完」の文字。
鈴木則文は、そのあと東映にやってきた実録任侠映画という、新しい路線には乗らなかった。それはこの作品における、任侠映画の鉄則を踏まえるという作風からもうなずける。だがその中にも、従来の任侠映画から脱しようとする試行錯誤は見て取れる。
あくまで熱い人間を撮ろうとする鈴木則文においては、人間の義理や人情を否定する殺伐とした実録物は、本分とするものではなかったのかも知れないが、その特質はやがて実録物ブームが過ぎ去ったあと、再び菅原文太と組んだ「トラック野郎」にて、大きく開花することとなった。
『関東テキヤ一家 喧嘩仁義』。この作品に、その端緒を見ることができるだろう。
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